神保町の創業80年老舗古書店「小宮山書店」で働く小宮山ユカが、アートブックを多く取り扱う古書店員経験から、アートとしてのエロスの世界をご紹介。
アートとエロスの世界 ジョン・ウィリーの緊縛写真。小宮山ユカの古書から巡るエトセトラ
「はじめまして、小宮山ユカです」
近頃、インターネット配信が放送の自由度が高く、性表現に対する過激な表現の作品が世間を賑わせていますよね。壁に穴があれば覗きたくなる。それが人間の心理。そんな中、オンラインでは無くオフラインで作られたアートブックのエロスの世界も。禁欲的な新しい価値観、独自の美意識を追求して作られた世界観は、誰をも圧倒する熱量で作られていて思わず見とれてしまう作品があります。今回はエロスの世界から緊縛(ボンデージ)にフォーカスします。
緊縛(ボンデージ)カルチャーと日本
エロスのカルチャーは世界ではアートとして認知されていて、著名な日本人アーティストも多いです。特に緊縛(ボンテージ)は、その見た目の美しさや技術を高く評価されている文化のひとつ。100年以上続く長い歴史を絶やすことなく築きあげてこれたのは、“わびさび ” の日本文化や ”時の美しさ”を尊う美意識が、緊縛の「ほどいては無くなってしまう行為」とリンクしているからではないかと思います。
パーソナルで純粋なボンデージ写真
と言っても正直、緊縛は私の性のサブジェクトではありません。ですが、今からご紹介する John Willie(ジョン ウィリー)の作品を見た時は「なにこれ、素敵 !!」と思って、 ハッ!! としました。なんだろうこのドキドキ、ワクワクする感じは。自分も女性なので、嫌な気分になる緊縛写真や絵を見かけることも多々あります。でも、彼の作品は違いました。
とにかくステキなのです。それは彼が絶対的な美意識で作品を作っていて、その熱量がハンパじゃないから。やはりポリシーを持って一つの事を貫くアーティストじゃないと、人の心を動かすような素敵な作品は作れないんだと思います。
彼が活動した1900年代初期はインターネットなんて勿論なく、性表現に対する検閲はとても厳しかった。そんな中、彼は場所を転々とし、自分の顧客リストを築きあげながら作品を郵便メールで販売して生計を立てていました。(住所を変えたのは足が着いてしまうから)最終的に郵便の検閲に引っかかったのをきかっけに、頭に来て全写真のネガを自分で燃やしてしまったので、彼の写真がリプリントされる事は二度とないんです。(ちなみに彼、大酒飲みな上ビジネスマンでは無かったので貧乏でした。)
そこまで過激な作品の最期を迎えながらも、自分が思い描いた美意識、低俗的では無いパーソナルで純粋なボンデージ写真を追求したジョン・ウィリー。
ジョン・ウィリーと日本の不思議な関係
前置きが長くなりましたが、彼の経歴をここでさらっとご紹介。本名 John Alexander Scotto Coutts(ジョン アレクサンダー スコット コッツ)。イラストレーター、フォトグラファー、エディター。1902年シンガポール生まれのイギリス人。オーストラリア→ニューヨーク→ロサンゼルスと活動の拠点を移し、その土地々々で思考錯誤しながら作品を完成させ、1962年60歳でガンのため死去。第二次世界大戦中には沖縄にいた友人から、日本の緊縛雑誌 ”奇譚クラブ” の切り抜きが送られていたというのも興味深い話。彼の作品は日本の縄目が美しいボンデージスタイルにすごく感銘を受けていたみたいです。
伝説の雑誌『Bizarre Magazine』
下記にて、参考資料画像としても使用している”The Complete Reprint of John Willie’s Bizarre”は一番有名な彼の作品、1946〜56年まで編集長として出版していた『Bizarre Magazine(ビザールマガジン)』を創刊から半世紀を経て1995年に2冊の本にまとめられ「TASCHEN」からリプリティングが出版されたもの。
今ではオリジナル版は貴重で手に入れる事が難しく、その編集の面白さ、ファッション性の高さから今でも探している人が多く、リプリティング版でさえ高値が付いている入手困難な1冊です。ビザールマガジンは読者からのフェチの寄稿や彼らが手がけた写真やSMコミック、ボンテージファッションのデザイン画を編集したボンテージSM雑誌。
ジョン ウィリーの名前は知らなくても、このカバーのイラストに見覚えはある方は多いのではないでしょうか。
彼が描いた美しさとは
ジョン ウィリーが表現したボンデージの美しさとは「拘束された女性」に対するフェティシズムであり日本的な緊縛美、いわゆる伊藤晴雨(イトウ セイウ)による「女の責め絵」では無かったのです。なので、彼が発表する作品の中に男性が含まれる事はありません。彼は作品の美しさの中心に縛りを表現したのでは無く過度なくらいにまで編み上げられたレザーのサイハイブーツ(ビザールブーツ)にレザーロンググローブやカフに身を包んだ拘束された女性の姿の中にフェティシズムを表現する事だったのです。(このハイヒールも彼がデザインしたもの)
ちなみに先程ご紹介した「奇譚クラブ」で彼のボンデージ作品は初めて日本で紹介されたと言われており、そのスタイルは当時の日本ではハイヒールやコルセットなどのアイテムをボンデージとして扱う意識は無く、センセーショナルな事柄として取り扱われていたそうです。今では認知されるようになった、ハイヒールや足に対するフェティシズムも彼が起源と思うと興味深いですよね。
女も惚れる魅惑の女性「ホリー」
参考画像の彼女はHolly(ホリー)といって、彼の2番目の奥さん。ジョンとホリーの関係は約8年間オーストラリアで共に過ごし彼の初のミューズとしてボンデージモデルにもなり、私生活をも共有し彼の創作意欲を湧き上がらさせた彼女。無垢な少女のような笑顔から娼婦のような色っぽい表情は同じ女性でもドキッとしちゃいますよね。はっきり言って女性としてこの振り幅、憧れます。
見逃せない当時のファッション
彼の作品はボンデージ写真が素敵なだけでは無く、40’~60’sの当時のファッションスタイルも見逃せないんですよ。例えば、バックシームのストッキングにブルマとスカーフを合わせていたりなど彼が抱くフェティシズムの美意識が沢山詰まっています。(バックシームのストッキングがこの時代からある事に私は驚きました。)
最終的に何が言いたいって、スタンリーキューブリックのロリータもそうなんだけど、オシャレなの。結局やっぱりそこが一番大事。女の子が憧れる、花柄の壁紙にお人形さんみたいにくりくりした可愛い顔、すっごい高いハイヒールとか、どんな変わった多種多様な性癖であろうと、それがオシャレにまとまってればもうザッツオールですよね。結局。直感で感じて、“素敵!” の一言で納得できるのは女の子の強みじゃないかな、と思います。
今回ご紹介したジョン・ウィリーの作品はほんの一部で、他にもたくさん小宮山書店に彼のヴィンテージ写真やアートブックがあり、おそらく今世界で一番彼の作品が集まっているお店だと思います。彼についての企画展示も今後開催予定です。もしアートブックのエロスの世界に興味を持ってもらえたらぜひお店まで遊びに来て下さいね。新しい世界に出会えるかもしれません。
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小宮山 ユカ
1986年生まれ。東京メンズファッションブランド BEDWIN & THE HEARTBERAKERS に5年勤務後、アメリカカルチャーを体現すべく2年間ニューヨークに留学。アメリカでアートブックの世界に魅せられ現在 神保町老舗古書店、小宮山書店に勤務。元々メンズブランドにいた事もあってディグってなんでも突き詰めたいタイプ。