ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展は、イタリア、ヴェネチアの各所を会場とし、2年に一度開催される現代美術の国際展。昨年開催された第58回の日本館の展示は「Cosmo Eggs|宇宙の卵」というタイトルのもと、4名の作家とキュレーターがチームで取り組んだ。現在、その帰国展がアーティゾン美術館で開催中だ。
人間同士、そして人間と非人間の「共生」を考える展覧会「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」

帰国展の展示風景 Photo:ArchiBIMIng 写真提供:アーティゾン美術館
日本館での展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」は、キュレーターの服部浩之を中心に、美術家、作曲家、人類学者、建築家という4つの異なる専門分野のアーティストが協働し、人間同士や人間と非人間の「共存」「共生」をテーマに構成された。今回アーティゾン美術館での帰国展は、このヴェネチアでの展示——映像・音楽・言葉・空間の4つの要素が共存するインスタレーション——に、ドキュメントやアーカイブなどの新たな要素を加えて再構成している。
再現部の壁。「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」のために書かれた創作神話が彫られている Photo: ArchiBIMIng 写真提供: アーティゾン美術館
まず、「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」という耳慣れない言葉。これは、人類学者の石倉敏明がこのプロジェクトのために書いた神話のタイトルでもある。言うまでもなく、現在、私たちは様々な自然災害や人災に見舞われている。その背景に、成長志向の社会に限界がきつつあることがあるのは、私たちもなんとなく意識しているだろう。「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」(ヴェネチア・ビエンナーレと帰国展の両方)には、私たちが、地球という時空間においていかに動植物や土地と関わり生きていくことができるかを問う姿勢が貫かれている。
展示風景 Photo:ArchiBIMIng 写真提供: アーティゾン美術館
展示の構成は、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館を再現した中心部とその周りで構成されている。まず驚くのは、再現部の舞台裏感だろう。いわゆる舞台の書割の裏側のようなベニヤ板の囲いがドーンと見えてくる。けれど、中にすぐには入れない。いわゆる世界的に権威があるヴェネチア・ビエンナーレの再現……?とびっくりしてしまう、この設え。
壁にはこの展示の説明や、これまでの日本館の歩みといった資料や、展示のための調査資料、本展の起点となった、下道基行が2015年から続けている映像作品「津波石」のシリーズなどが並ぶ。津波石は、大津波により海底から陸上に運ばれた巨石で、世界各地に散在するもの。災害の記憶を留める自然石でありながら、時には地域の信仰の対象となり、地域に様々な物語が伝えられ、渡り鳥のコロニーや昆虫の棲家となって、自然と文化が混ざり合った独特の景観を形成してきた。下道さんは、隕石や巨大な卵のようにも見える津波石を広場、あるいはモニュメントに喩える。
展示風景。壁一面にプロジェクトのプロセスが掲出されている 筆者撮影
角を曲がると、大きく掲出されたタイムライン。ヴェネチア・ビエンナーレ日本館は、これまではコンペによって案が選出される形式だった。このタイムラインには、そのコンペ参加のタイミングから現在まで、詳細なプロセスが記載されている。最近は、世界的にもプロジェクト型のアート作品が増えつつあり、それにチームで取り組むコレクティブの形式に注目が集まっている。それぞれが個人でも作家として活動しながらも、あるとき集まって取り組むコレクティブ的な活動は、社会の動向とも連動している傾向だろう。その場合、こういった資料のようなものも、プロジェクトにとっては重要なパーツとなる。
安野太郎による音楽「COMPOSITION FOR COSMO-EGGS “Singing Bird Generator”」のスコア 筆者撮影
ぐるりとまわったところには、作曲家の安野太郎の膨大なスコアや、日本館の模型、フロッタージュの作品が。そして、やっと再現部の入り口が見えてくる。
再現といっても、書割的な部分が丸見えの状態をぐるりと周らせる動線や、明らかに段ボールでできている階段など、再現しきれなかったことがわかるようにできている。こういった設えが、帰国展という名のもと、絵画や彫刻のように作品を持ち込んで別の会場に展示し直すことができないインスタレーションの再現の難しさをあえて投げかけている。それこそ、この帰国展のねらいのひとつだという。
展示風景 Photo: ArchiBIMIng 写真提供: アーティゾン美術館
再現部の展示は、それぞれ固有の作品と、建築家の能作文徳による再現した日本館が有機的に混じるものとなっている。下道の映像作品《津波石》に、安野太郎が作曲し、空気を送り込まれる形で鳴る12本のリコーダーが鳴らす音楽が重なる。そして、石倉敏明が創作した神話が、壁に刻まれている。静かで穏やかな視覚世界に音楽と言葉が響き合う空間となっている。ぜひ会場で体験してほしい。
再現部の入口 Photo:ArchiBIMIng 写真提供: アーティゾン美術館
キュレーター・アーティスト近影 左より: 下道基行、能作文徳、服部浩之、石倉敏明、安野太郎 撮影: 高橋希