ジャコメッティといえば、極端に細長い人間の彫像を思い出すはず。他の誰も真似ができない、唯一無二のスタイルを作り出したジャコメッティの大回顧展が六本木の国立新美術館で開催中だ。
ジャコメッティを代表する、この細長い彫刻。けれど、意外にもこのスタイルになるのはキャリアの後半。今回の展示では、初期から晩年までのジャコメッティの作品が見られる。
1920年代、パリに出てきたばかりの頃の作品には、私たちがイメージする彫刻とは違う一面が。博物館で見たアフリカやオセアニアの民族による彫刻にも影響を受けたという。ずんぐりした丸いかたちや、擬人化した造形は、確かに民俗的。同時代に活躍したアーティストで、卵型の彫刻などでも知られるブランクーシにも共通する同時代性が感じられる。
その後、同じパリで生まれたシュルレアリスムにも参加したけれど、数年で決別。その後、新たな造形を求めて空間と人体の関係を探るうちに、彫像はどんどん小さくなり、台座はどんどん大きくなっていった。しまいに、彫像自体の大きさはマッチ箱に入る程度にまで小さくなる。見るうちに遠近感がどうにもおかしくなる、不思議なオブジェだ。
戦後になると、ジャコメッティを代表する細長い彫刻の制作が始まる。ごく小さな彫像から高さを取り戻した代わりに、肉がそぎ落とされ、ひたすらに細長くなっていった彫刻。現実に近づけようとするほど、細長くなってしまったそう。これらの細長い彫刻は、一人のもの、複数の人物が林立するもの、動物などのバリエーションで展開されていく。
なかでも印象的なのが、この犬の彫刻。これを作った頃、ジャコメッティは友人のジャン・ジュネに「ある日、通りでこんな風に自分のことを想像した。僕は犬だった」と語ったそう。やせ細って頭を垂れた悲しそうな犬に、自分を重ねていたのだろう。そんな孤独感がひしひしと伝わってくる。
ジャコメッティは、見えるものをそのまま彫刻にしようとして、こんなかたちを作り出した。これがリアル?と頭をかしげたくなってしまうけれど、思い出してみよう。例えば、夕日を背にして輪郭がおぼろげになった人影。道行く人や走る動物の動きや、目の裏に残る像。ジャコメッティの彫刻は、そういうリアルが、時間も空間も止まった彫刻にもあるってことを気づかせてくれる。ジャコメッティの言葉に、「「もの」に近づけば近づくほど、「もの」が遠ざかる。」というのがある。近いようで届かないもの。遠くにあると思ったものが、すぐ近くにあったこと。詩的でロマンチックな思いを、芸術家は実直に追求し続けた。会場に足を運べば、その情熱がきっと伝わってくるはず。
そういえば、シャンソン歌手の石井好子さんは、ジャコメッティとの交流をエッセイ集『私の小さなたからもの』に書いている。巨匠になってもなお、オンボロ小屋に住み続け、日々作品制作に没頭し、友人と他愛のない会話を楽しんだ作家のちょっぴりナイーブなエピソードも書かれていて、ストイックな芸術家に親しみが湧く。
国立新美術館開館10周年 ジャコメッティ展
会期:2017年6月14日(水)~9月4日(月)
会場:国立新美術館 企画展示室1E
開館時間:10:00-18:00 金・土曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで。)
休館日:火曜日
観覧料金:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円、中学生以下無料