『セールスマン』(16)
トランプ政権の移民政策への抗議から、監督と主演女優タラネ・アリドゥスティがアカデミー賞外国語映画賞を受賞した授賞式へのボイコットを表明したことが話題となった、アスガー・ファルハディ監督最新作。テヘランで俳優としても活動する教師エマッドと妻ラナ。アメリカの劇作家アーサー・ミラーが資本主義社会に取り残された男を描いた戯曲『セールスマンの死』を演じる彼らは、モダニズムの象徴。だが、引っ越し先で妻が侵入者に襲われ、夫は復讐心に駆られ、妻は女性として人目を気にし始め、厳格なイスラムの教えに囚われていく。急速に近代化する社会で揺れる夫婦の葛藤をスリリングにあぶり出す。
Bunkamuraル・シネマほか公開中
©MEMENTOFILMS PRODUCTION- ASGHAR FARHADI PRODUCTION- ARTE FRANCE CINEMA 2016
『ザ・ダンサー』(16)
シルクの薄いドレスを身にまとって、全身に照明を浴びながら蝶のようにくるくると舞う。19世紀末、芸術家から民衆までを熱狂させたモダン・ダンサーの祖ロイ・フラーの人生を、写真家のステファニー・ディ・ジューストが監督し映画化。初めて電気照明を演出に取り入れたフラーが創案した幻想的な「サーペンタイン・ダンス」は、プロジェクション・マッピングの元祖にも思える。フラーをミュージシャンで女優のSokoが、のちに彼女のライバルとなるイサドラ・ダンカンを、リリー=ローズ・メロディ・デップが好演。今の女性ダンサーたちの礎を築いた2人が放つパフォーマンスは、ため息が出るほど美しい。
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
©2016 LES PRODUCTIONS DU TRESOR- WILD BUNCH- ORANGESTUDIO- LES FILMS DU FLEUVE- SIRENA FILM
『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)
父親の悪ふざけほど笑えないものはないが、それを目の前にした娘は良くも悪くも少女時代に戻ってしまうもの。父は、人間味を欠くほど働きまくる娘のことを心配し、彼女が働くブカレストのコンサルタント会社にアポなしでやってくる。数日後、娘に追い返されドイツへ帰ったかと思いきや、トニ・エルドマンという別人として彼女の元に現れる。入れ歯にカツラの変人が、見栄だらけのキャリア社会をかき回していく様が笑えるし、神出鬼没なエルドマンがとにかくうっとうしくもチャーミング。モデルは女性監督マーレン・アデの父だとか。確かに、おかしな仮面を被って化け物を人間に戻したりするのが、ヒーローだった。
6月24日よりシネスイッチ銀座ほか順次公開
©Komplizen Film