長いお休みはお家でゆっくりしたい。そんな時はハリウッドのロマコメ映画を観ましょう。たった2時間で胸がキュンキュンできるのはもちろん、 恋愛観や家族観についてもとことん考えられるんです。さて、結局のところ21世紀のロマコメとは⁇
現代を生きる女のヒントが詰まった至極の一本とは?21世紀のロマンティックコメディ案内vol.6

21世紀のロマコメ。
とまぁ、テーマごとにいろいろと紹介してきたわけですが、「こんなにたくさんの作品を観るのは無理ですよ」という意見もあるかもしれません。そこで、以上のような傾向をギュッと凝縮したような作品を最後にひとつだけ紹介しましょう。『ワタシが私を見つけるまで』という4人の女性の群像劇です。1人目は、同棲中の恋人との結婚に踏み切れず、自分を見つめ直すために彼と距離を置き、1人暮らしを始めたアリス。彼女が「やっぱり彼を愛している」と思って彼のところに戻ったときには、新しい婚約者がいたとわかるからには、これは再婚コメディと思わせて離婚コメディのバリエーションだといえます。2人目は、パーティに行って泥酔することを生きがいにしているようなロビン。ロビンは毎晩のように別な男性とワンナイトラブを楽しんでいるわけですから、彼女のパートはセフレものを担っていると言えるでしょう。3人目のルーシーは、運命の男性とめぐりあえなさすぎて、出会い系アプリで知り合った男を片っ端から運命の男と思い込もうとする行動派ですから、彼女の担当は〝脱「シンデレラコンプレックス」もの〟ですね。そして、最後はアリスの姉であるメグ。彼女は40をすぎて急に子どもが欲しくなって人工授精で妊娠をしますが、そんなタイミングで年下のいい男にめぐりあってしまうんですから、これはもう完全に人工授精ものですね。しかも、その年下の彼は彼女の妊娠を知っても、怒ることも怖気づくこともなく、ただ「僕の愛する人の子どもなんだから一緒に育てたい」と言ってのけるのですから、血のつながらない家族ものの気配すらも漂わせています。という具合に、『ワタシが私を見つけるまで』は、21世紀ロマコメのエッセンスを存分に取り入れた入門編的作品なのです。
いかがですか?21世紀のロマコメが、いかに多種多様な女性の生き方を肯定してきたかわかってもらえましたか?ん?「わかったけど、しょせんは映画の中のお話でしょ。現実にはそんなにうまくいくわけがない」って?言いたいことはわかります。実際、『ステイ・フレンズ』のジェイミーは「ときどき私は自らの人生が映画であればいいと思うの」と、『小悪魔はなぜモテる?!』のオリーヴは「私は自らの生が80年代の映画のようになることを望んでいるけれど、私の生はジョン・ヒューズ監督作じゃない」と、それぞれ嘆いていましたしね。しかし、2人は最終的に映画を信じ、自分の人生を「映画みたいに」することに成功していたではありませんか。哲学者のジョルジョ・アガンベンは動物と人間の違いをこう説いています。いわく、動物も人間も虚像に関心を示す。しかし、動物はそれが虚像だと知るや否や関心を示さなくなる。たとえば、オスの魚にメスの魚の虚構(魚の模型なんかのことです)を近づけると、オスは精子を放出するが、それは騙されていることに気づいていないからであって、虚像だと気づいたら関心を失う。対して、人間はそれが虚像だと知っても関心を持つ。むしろ、それが虚像だと知るや否や関心を示す、と。ということで、「人間とは映画を見に行く動物」であるとアガンベンは定義するのです。言い換えるなら、人間とは「映画を信じられる唯一の動物」なのです。信じられてしまうからこそ、悪いプロパガンダのマネキンになってしまうこともあるのは、かつてのシンデレラたちが証明しています。けれども、その信じる力をポジティブなロマコメに発揮すれば、きっと人生を「映画みたい」にできるはず。ハードボイルド作家の矢作俊彦は『フィルムノワール/黒色影片』の中で主人公にこんなセリフを言わせています。「どれほどバカな夢でも、夢は捨てちゃいけないんです。百万本の映画が百万回繰り返し教えている。映画のいいところは、そこだけだ。何しろ、人生と夢は同じものからできているそうだから」。映画も恋も信じるものは救われるのです。
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文・鍵和田啓介
ライター。「POPEYE」「GINZA」「BRUTUS」など雑誌を中心に活動。著書に「みんなの映画100選」。来春、インディペンデントファッション雑誌「PENDING MAGAZINE」を立ち上げる予定。
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絵・カナイフユキ
イラストレーター、コミック作家。エッセイも交えたzineの創作を行っており、過去3年間のzineをまとめた書籍『LONG WAY HOME』の発売に合わせ、SUNNY BOY BOOKSで個展を開催中(1月10日まで)。fuyukikanai.tumblr.com