ブロンドヘアとチャーミングな笑顔が目を引くのは、2019年1月に日本人で初めてダーツの世界選手権〈レイクサイド〉を制した鈴木未来選手。圧倒的な強さで快挙を遂げ、国内外から注目を集めている。そんな彼女がプロに転向したのは、出産をした後のこと。子どもを産んでからも働き続ける女性が増え、社会の理解や制度が広がりつつある一方、まだまだ課題も多いのが現実。そんな時代に挑戦を続ける、鈴木選手にロングインタビュー。
二者択一じゃなくていい。ダーツ世界チャンピオン鈴木未来選手の生き方
〝終わりがない〟ダーツとの出会い。
「ダーツを始めたのは26歳のときでした。それまでは遊びでもやったことがなくて。友だちにたまたま連れていってもらい、投げてみたら全然思うようにいかなくて、かろうじて的に届くくらいでした。そのとき、友だちはハマって結構やり込んでいたので、狙ったとこにいくんですよ。なので、自分にもできないはずはないと思いました。それから〝ここまで上手くなろう〟と目標を立てて、毎日練習するようになり、気が付いたらだいぶ上手くなっていて。始めてから数ヶ月したころ、もっと投げたくて仕方なくなり、上京してダーツバーで働き始めたんです。お客さんとしていまの夫がそのお店に来ていて知り合い、そのあと彼と結婚して、出産をする直前まで練習していました。ある程度強くなってきたところで子どもができたので、もっとやりたいなぁ……と思っていたら〝それなら本気でやってみたら?〟と夫がいってくれたので、出産を終えてからプロを目指すことにしたんです」
ふとしたきっかけで始めたにも関わらず、その熱意と行動力には驚かされる。しかし、意外にもそれまでは何事にも熱しやすく冷めやすいタイプだったという。
「形から入るのが好きで、それまではいろいろとやりました。高校生のときはスケボーに夢中でしたし、メイクに凝っていたことも。いまは日本から撤退しちゃったんですけど、〈スティラ〉っていうアメリカのコスメブランドが好きで、そこの制服を着て商品に囲まれたいという理由で、美容部員としてデパートで働いていたこともありました」
ほかにも、アパレルブランドで服の販売をするなど、幅広いジャンルに興味があった鈴木選手。しかし、ダーツと出合ってからはその奥深さに魅了され、その道一筋で猛進することに。
「ダーツってキリがないんですよね。自分が100%納得するプレーは絶対にできないから、もっとできるんじゃないかなっていまだに思えるというか。終わりがないから続けられる、まだ限界じゃないから、まだまだ上手くなれる気がするんですよね」
過去の感情は引きずらない。
考え方ひとつですべては好転していく
出産2ヶ月後に復帰し、2011年にプロ資格を取得。その後、2014年に日本一、2019年には世界一に輝いた。キャリアを歩み始めたのは決して早くはなかった彼女がここまで強くなったのは、もともとタフなタイプだったのだろうか。
「ぜんぜんですよ。始めの頃は、〝知ってる人が応援してくれているからがんばらないと〟とか〝プロだから入れられないと恥ずかしい〟みたいな気持ちがどこかにあって。実力はついたのに、勝てない時期が2〜3年間ありました。それを見ていた夫が〝メンタルが原因なんじゃない?〟といって、彼がスポーツ心理学を勉強し始めたんです。それから1年くらい経って試合で結果が出始めて。それをきっかけにメンタルトレーニングの話をいろいろ聞いて、よいときはこういう状態なんだとわかったら、それをどうやったら作れるかを考えるようになりました。わたしの場合は、過去と現在と未来があったら、必要なのは〝現在〟だけで、過去に投げ終わったものに関しては、感情といっしょにすぐ忘れるよう心がけました」
ダーツという競技において勝負強さというのは、試合中なにも考えず、頭が真っ白な状態でいられる〝平常心を保つこと〟だと彼女は話す。
「試合中にいろんなことを考えてしまうときはどうしてもあるんですけど、そういうときは斜め上のあたりに目標物を決めておいて、そこを見て深呼吸をすると頭が真っ白になる、という暗示みたいなものを自分にかけます。上を向くこと自体が精神的にもポジティブになるから、深呼吸をして落ち着くっていうのをいっしょにやるイメージです。それを考えてやるのではなくて、そうなったときに体が勝手に反応するようになるまで練習しました。ルーティンの中に入れて根付かせたら、試合中でもできるようになった、という感じです」
それでもどうしたって上手くいかないときもあるのが、人生の常。
「調子が悪い日はあるので、そういうときは〝しょうがないな〟って思うようにしています。試合には必ずどちらかの選手が勝って、どちらかが負けるしかない。50%の確率なんだから、負ける試合があって当たり前だと思うので、やれることをやって、ダメだったらあんまり気にしないようにしています」
技術力だけではなく、そのときの運も大きく作用するところが、この競技のおもしろさでもあり、残酷さともいえるだろう。しかし、彼女はついてないと思う場面でも、気の持ち方ひとつで好転させることができるという。
「自分は、運がない方だと思います。強い選手と当たることが多くって。でもそれって逆に〝この人を倒せたらいけるんじゃない?〟って考えるようにしています。物事っていろんな方向から捉えてみたら、いいことも必ずあると思うんです。それを見つけられたらどんなことでもラッキーになっちゃうんじゃないかなって。女性は気持ちがぶれることも多いし、嫉妬心も強いと思うんですけど〝ずるいな〟って思うんじゃなくて〝がんばってみよう〟って思えたら、人生が楽になるかもしれません。それでも落ち込むときはあるんですけど、そういうときはカラオケに行って、大好きなアニソンを歌うと結構すっきりします(笑)」
セルフプロデュースは
大好きなアニメをモチーフに。
願掛けなのか、ポジティブマインドを引き出す秘策なのか、髪型やネイルにも、こだわりが光っている。
「2014年に初優勝する少し前から、精神的にもいろいろ改善していったのですが、まず自分という存在をアピールするにはなにがいいか考えました。そこで、髪型を派手にしたら会場で見つけてもらいやすくなるかなと思い、それから始めたらやめられなくなっちゃって。この色にしたおかげで、わたしを知ってくれた人が多いんです。ブリーチは月に一回美容院へ行ってリタッチして、色は基本的にセルフカラー。紫や緑とか寒色系のパステルカラーを選ぶことが多いです。最近は海外遠征が増えて、特にイギリスに行く機会が多いので、〈マニックパニック〉というブランドの染色剤がスーパーマーケットに行くと日本よりもいろんな種類が置いてあって、それを買ってきて試すのが好きです」
Twitterで髪を「クリィミーマミ色にした」と投稿していたことも。幼少期からたくさんのアニメに親しみ、いまも大好きだという。
「クリィミーマミは幼稚園のころ再放送で少し見たくらいなんですけど、初めてどハマりしたアニメはセーラームーンですね。2〜3年前まではずっとセーラームーンとかの痛ネイルをしてたんです(笑)。海外にはあんまりいないから〝ネイルかわいいね〟と褒められたり。いまは黒のショートネイルが多いです」
仕事と夢と、家庭を持って生きていく選択。
プレーにおいても、ファッションにおいても、独自のスタイルを貫いているからこそ、唯一無二の選手になることができたのではないだろうか。そんな彼女が目指す、これからの目標とは?
「果てしなくあるんですけど、日本の女子の中で一番、世界の女子の中で一番、日本の男女の中で一番、世界の男女の中で一番っていう順番でなりたいです。1月に〈レイクサイド〉というイギリスで行われた女子の世界一になれる大会で優勝したので、やっとまたひとつ進んだかな、というところです」
次なる挑戦は、男子選手がいても優勝すること。あまり腕力や体力によって結果が左右される競技ではないはずなのに、どうしても男女差が生まれてくるから不思議だ。
「男性は狩猟民族だけど、女性はもともと狙う行為が苦手だという説があります。将棋のような頭を使う競技でも、男女差って結構あると思うんです。集中の仕方なのか、男性とは闘争心が違うのかもしれないですけど、でも明確な理由がないんだったら、それはいつかカバーできるんじゃないかなって思いながらやっています。だからこそやりたいなって思うんですよね」
女性らしいチャーミングさと、男性顔負けのたくましさを兼ね備える二面性が彼女の魅力を倍増させているのだろう。そんな彼女は小学3年生の男の子の母親という顔も持つ。子どもがいながら、自分の目的のためにチャレンジすることを難しく感じている女性は少なくないし、鈴木選手もその例外ではない。
「日本にいるときは、月に一週間くらいは家にいるんですけど、海外に出てしまうとほとんどいられないので、仕事と子育ての両立はなかなか難しいです。息子にとって、たぶんわたしは出張の多いお父さんみたいになっています(笑)。出張がないお父さんと父親が2人いて、義母が母親役をやっているような。やっぱり、子育てをしていない負い目はあります。夫も、人から〝すごいね!〟と言われる反面、〝家のことどうなってるの?〟と聞かれることもあるらしいので。ただ、女の人が家事や育児をするって誰が決めたの?っていう話で、それぞれできることをみんなでやればいいと思っています。義母は〝いまは挑戦したいことがあって、それでお金を稼げてるんだったらがんばったらいい〟と応援してくれています。夫は夫で、わたしが結果を出せなくても〝食べていけるよ〟っていってくれていて。息子はすごく我慢してくれていることがあると思うから、やっぱり精神的に辛い部分もあるけど、家族にきちんと理解してもらえたら支えになるというか。少し甘えているところはありますけど、結果をしっかり出していこうっていうモチベーションになっています」
そんな彼女は、今年残り2つの世界大会へも出場し、タイトルを狙う。悩みながらも自分のスタイルを貫き、躍進を続けていくのだろう。
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鈴木未来
1982年2月5日生まれ。大阪生まれ、香川県在住。ニックネームは〈Miracle MIKURU〉。今年の目標は、ダーツ3大世界タイトルの制覇を目指すこと。趣味はカラオケ(アニソン・BABY METAL)、好きな食べ物はとにかくサムギョプサル。
Blog:https://www.suzukimikuru.kagawa.jp/
Facabook: @mikuru.suzuki.prodartsplayer
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