ぱつんと切り揃えたショートボブがお似合いの白石麻衣さん。実は子どもの頃から、キャラクターが自由に空高く飛び回るようなアクションゲームに夢中だったという。その理由は「アクロバティックな映像がかっこよかったから」。そんな想いをまっすぐ突き詰め、夢だった映像の仕事に就いた彼女。さらに一児のママにもなった一方、日本代表にも選出された「ドローンレーサー」として、いま注目を集めている。
ドローンレーサー、白石麻衣。30代でドローンに出会い、日本代表に選出されるまで
待ち合わせは中目黒駅前のカフェ。裏地のかわいいトートバッグから、白石麻衣さんが取り出したのは、蛍光グリーンの小さなドローンだ。指先でやさしくなでながら「これ、私のシグネチャーカラーなんです。パーツも、色を合わせるために友達に手作りしてもらって」と、うれしそうに言う。通称「Tiny Whoop(タイニーウープ)」とも呼ばれる、マイクロドローン。手のひらに乗るほど小さいのに、機体のカメラで撮影した映像は、無線でつないだ専用ゴーグルでちゃんと見られるらしい。
フリーランスで3DCGや映像関連の仕事をしている彼女は、そのかたわら、ドローンレーサーとしても活躍している。自身でドローンを操作し、そのスピードや動きを競うドローンレース。2018年11月には、FAI世界選手権(FAI World Drone Racing Championships)にて、日本代表チーム初の女性パイロットに選出された。
だけど、彼女がドローンをさわりはじめたのは、わずか2年前のこと。巷で空撮映像をよく見かけるようになり、それらがドローンで撮影されていると知った。
「はじめは、旅先でドローンを使ってみたいと思ったんです。一人旅が好きなんですが、一人だと自分の写真を撮るのがちょっと大変。でもこれなら建物とか風景もバックにしつつ、いい映像が撮れそうだなって。ちょうどそのころ、『ハネムーントラベラー』と名乗り、ドローンを持って世界一周している夫婦が話題になっていたのも、興味をそそりました。
ほしいと思った空撮向けドローン『Mavic』は15万円ほど。安い買い物ではないので悩んでいたら、当時付き合っていたイギリス人の彼が『クリスマスに買ってあげるよ』と言ってくれたんです。でも結局彼がくれたのは、1万円くらいのおもちゃみたいなドローン(笑)。だけどそれでさらに火がついて、今度はちゃんとMavicを買いました。半額を出してくれた彼は、いまの夫です」
それからは、空撮した映像や自分の機体をInstagramに投稿したりして、どんどんドローンにはまっていった。関連するハッシュタグを追っているうちに「レースドローン」というキーワードを目にする。
「めちゃくちゃかっこよくてアクロバティックな映像を撮っていたのが、レースドローンだったんです。特に小さくて小回りの効く、マイクロドローンが面白そうで。私、小さいころからゲームが大好きなんですね。たとえば『ナイツ』とか『ジェットセットラジオ』(ともにセガ〈現・セガゲームス〉が発売したゲームソフト)とか、空を飛んだり、街中をダイナミックに動き回ったりするアクションゲームが気持ちよくって……レースドローンなら、ああいうゲームみたいに爽快感のある映像が撮れるかもと思った。それが、空撮だけでなくレースに興味を持ったきっかけです」
べつに誰かとスピードや技術を競いたかったわけではない、と言う。だけど、レースの練習をして技術を磨けば、撮影がうまくなる。そのふたつは切り離せない関係なのだ。
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興味を持ってからの彼女は、とにかく行動が速い。すぐにインターネットでレースのことを調べ、日本で活動するレーサーにコンタクトをとった。「生でレースを観たことがないなら、仙台のイベントを手伝いに来ない?」と言われ、すぐさま新幹線に飛び乗る。
「日本でドローンをやっている女の人って、全然いないんですよね。レースになるとさらに減って、本当に1%くらい。でも、その大会にはアメリカ人女性の選手がいて、しかも上手で、すごくかっこよかったんです。私がやりたいの、これじゃん!って思いました。もちろん、なんにもわからないところからのスタート。YouTubeなどに情報はあるけれど、ぜんぶ英語なんですよね。だけど周りに聞けばみんな親切に教えてくれたから、困り果てることはありませんでした」
たくさん練習したいし、もっと技術を高めたい。ドローン愛がさらに加速してきたそのタイミングで、なんと妊娠が発覚した。つわりが辛いときには、ゴーグルをつけただけで気持ち悪くなる。思うように動けないのは悔しかったけれど、それでドローンをやめようとは、一切考えなかった。
「いっときの体調不良で、好きなことをやめなくてもいいかな、と思って。レースや練習に行けないなら、べつの方法で関わればいいんですよね。だから、クラウドファンディングで資金を集めて、マイクロドローンのコミュニティ『Wednesday Tokyo whoopers (WTW)』をつくりました。毎週水曜日の夜にわいわい集まってドローンを飛ばしたり、詳しい人が初心者に教えたり、飲みに行ったりもして、みんなで楽しむ場です。私は妊娠してたから飲めなかったんだけど(笑)」
娘が生まれてからも、そのスタンスは変わらなかった。仕事や育児が忙しくても、それはやめる理由にならない。できる形で続けていくし、続けていくための方法を真摯に探った。
「大会や練習には、自分と同世代のお父さんやキッズレーサーのお母さんが結構きているんです。すると、そういう人たちが『娘さんは抱っこしてるから、ドローン飛ばしてていいよ!』って言ってくれる。大会の打ち合わせなどに『子連れでもいいですか?』と聞いても、断られたことはありません。礼儀を尽くして周りに頼んでみれば、意外とみんな、やさしく協力してくれるんですよね。勝手にあきらめるのが、一番もったいないと思います。
夫や両親に対してもそう。夫も私と同じ映像の仕事をしていて、格闘技など趣味の多い人だから、私がやりたいことにも理解があり、普段からよく家事や育児をしてくれます。それでも大会前で手が足りないときは、私の両親を熊本から呼ぶこともある。そういうときにはもちろん、ちゃんと交通費を渡すようにしています」
自分のやりたいことをやるからには、周囲としっかりコミュニケーションをとって、家族にもきちんと筋を通す。この春からは娘が保育園に通いはじめて、すこし時間に余裕ができた。日が暮れてから野外で、許可なくドローンを飛ばすのは法律で禁止されていることもあり、練習は昼間だけ。フリーランスで受けている仕事は、娘が寝静まった夜に進める。
「悩むことは、もちろんありますよ。ドローンをはじめたばかりの子にも、3か月後には練習量で負けてしまうから。だけど、それを悔しいと思うってことは、やっぱり私はいまドローンがやりたいってこと。じゃあ、くよくよしていても仕方ないですよね。小さいドローンなら家の中でも飛ばせるから、キッチンでオリーブオイルのボトルを飛び越えたり、自作の輪っかをくぐりぬけたり、地道に練習しています。はじめたてのころはまず『(大会で使われる)ゲートをくぐれるかどうか』みたいなレベルだったけれど、最近は『もっと速くくぐる』『さらに美しく回転する』みたいな挑戦もできるようになってきて、すごく面白いんです」
たくさんの練習を重ねて大会に出る魅力は、技術が磨かれたり、成果を残したりすることだけではない。たくさんのプレイヤーに出会えること自体、大きな楽しみなのだという。
「大会で交流する人たちは、年齢も性別も、ドローンをはじめたきっかけもばらばら。それこそ子どもからおじいちゃんまでいますから。出会うはずのなかった人たちと出会えることがなんだか尊いし、楽しいですね。学生時代を振り返ると、自分と同じようにゲームを好きな女の子なんて、周りにはいなくて。だけどゲームセンターで出会ったり、ネットのメッセンジャーやチャットを介して友達をつくったりしていたから、ちゃんと趣味をわかちあえる居場所はあったんです。いまはインターネットが発達して、交流の場がさらに近づいたし、好きなことを深めやすくなりましたよね。そうやってつながりあうことで、ドローンを楽しむ人がどんどん増えていけばいいなと思います」
最後に、これからチャレンジしたいことを聞いてみた。
「いま、娘は1歳になったところです。3歳くらいになったらいろんなことがわかってくるだろうから、その時期までに、レースで1位をとりたい。興味がありそうなら、一緒にやるのもいいですね。そうして自分の背中を見せることで、ドローンじゃなくてもいいけれど、娘がいつか何かをやりたいと感じたときに、臆せず『私はこれがやりたい』って言える人になったらうれしいな、と思う」
ドローンをしていると、機材で荷物が重くなる。炎天下で練習すれば、化粧も落ちる。だけど好きだから、簡単には手放さない。続けていればこそ、道も拓ける。白石麻衣はそうやって、自分の世界を広げてきた。
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白石麻衣
ドローンレーサー、ドローンカメラマン、ドローンイベントの企画運営、3DCGのデザイナー/ディレクター。2017年11月にマイクロドローンコミュニティ「Wedenesday Tokyo Whoopers(WTW)」を立ち上げ、毎週水曜日は都内近郊でマイクロドローンイベントを開催。2018年11月にはドローン選手権“FAI 1st World Drone Racing Championship in Shenzhen”にて日本代表チーム初の女性パイロットに選出される。
@namaikifpv
Photo: Ryo Kawanishi Text: Sakura Sugawara Edit: Milli Kawaguchi