毎作品、社会問題を織り込みつつ、極限状態に表れる人間の本質を鋭く描きながら、唯一無二の「エンタテインメント」に仕立て上げるポン・ジュノ監督。最新作『パラサイト 半地下の家族』ではその最高潮に達した。カビ臭い半地下に住む貧しいキム一家と、高台の大豪邸に住む裕福なパク一家が、ある仕掛けによって出会い、想像を絶する怒涛の展開にもつれこむ。世界中で深刻な問題となっている格差を皮肉り、ケラケラと笑わせながら、最後には観客自身の胸に鋭い問題を突きつける手腕は鮮やか。韓国映画で初めてカンヌ国際映画祭のパルムドール賞に輝き、先日はゴールデン・グローブ賞・外国語映画賞を受賞した。どのようにして作品が生まれるのか。来日したポン・ジュノ監督に話を聞いた。
『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ監督インタビュー「人間は、愚かなもの。わかっていても過ちを繰り返す」
──『パラサイト 半地下の家族』(以下、『パラサイト』)はたくさん笑い、ドキドキさせられ、後半はボクシングのストレート・パンチを受けたあとに、柔道で背負い投げをされたような衝撃を受けました。
ジュウドー?素敵な比喩ですね(笑)。アリガトウゴザイマス。
──富める者と貧しい者、住む世界は違っても共存できるものと頭で理解しているはずなのに、無意識下、肉体レベルでは受け入れられないものなのだろうか、と鑑賞後は忸怩たる思いにかられました。
それはこの映画の主題でもあると思います。この物語にはわかりやすい悪人や悪魔は登場しません。誰一人、悪い人はいない。けれど、複雑に入り組む関係のなかで、予期せぬ悲劇が起きてしまいます。悪意を抱いているわけではないのになぜ、このような悲劇になるのか。資本主義社会のなかで、共に生きていくことの難しさを考えさせられるストーリーなのだと思います。
──現実には交わるはずのない2つの階級の人々が、息を感じられるほどの距離まで近づいたら?というところから着想されたと伺いました。脚本に4年かけたそうですが、次々に起きるエピソードを繋げて紡いでいったのですか?それとも登場人物を追いかけるうちにこのような物語に広がったのでしょうか。
2013年に最初のアイデアが浮かび、4年近く構想しましたが、実際にパソコンでシナリオを書いたのは4ヶ月くらいなんです。貧しい家族が一人ずつ裕福な家に侵入するという、物語の前半部分がまず浮かびました。そのあとに何が起きるのか、明確な答えは出ず、曖昧なままアイデアを持ち続けていたんです。それが最後の4ヶ月で、渦のように後半に巻き起こる騒動、エンディングのクライマックスが、あるとき、まさに降って湧いてきました。
ですから、ほかの作品に比べて、『パラサイト』の執筆期間は短かったと思います。これまで8本の作品を撮りましたが、シナリオを書くアプローチは毎回違います。『パラサイト』の場合は設定が先に生まれて、どのような人物かというのは、あとから入れ込んでいきました。その都度、人物のとる行動をみながら、なぜ、このようなことになったのかを追いかけていったような形です。
──『パラサイト』を執筆中もほかの作品を手がけておられたと思います。いつもどのくらい同時進行で制作されているのですか?
複数の作品が絶えず重なり合っています。『殺人の追憶』(03)を撮りながら『グエムルー漢江の怪物―』(06)を構想していましたし、『グエムル』を撮影中には『母なる証明』(09)のシナリオを共同脚本のパク・ウンギョさんが書いていました。『グエムル』を撮る直前に『スノーピアサー』(13)の原作のフランスの漫画を読んでいましたから、『グエムル』と『母なる証明』を撮っているときには、すでに『スノーピアサー』の物語が頭のなかで進行していました。また、『スノーピアサー』を撮影しながら、『パラサイト』の構想を練っていました。いまも新作を2本準備していますが、その物語は「オクジャ/okja」(17)を撮っているときから頭のなかにありました。
──混乱しないのでしょうか?
アハハ。別の作品が混じり合ったり、混乱するということはありません。頭のなかに仕切りがあるのです。お弁当箱の仕切りのようなものです(笑)。お弁当箱の中のおかずは混じり合わないでしょう?
──脚本はどんなふうに執筆されているのですか?
主にカフェで書いています。コンドミニアムやホテルにこもって書く方もいらっしゃいますが、僕は自分ひとりしかいない場所では、つい横になってしまうんですね(笑)。カフェでは横になれないので、適度な緊張感を維持することができます。お客さんのいる席には背を向けて、店の隅でノートパソコンで書いています。『パラサイト』もよく行く3軒くらいのカフェを回って書いていました。
──カフェに行けば、執筆中の監督にお会いできるかもしれないのですね!
(笑)。僕はいつも空いているコーヒーショップに行きます。『母なる証明』を書いていた店に、映画が公開されたあとに行ってみたら、なんと潰れてなくなっていました。僕が好きなのは静かなカフェ。静かということは、お客さんがあまりいないということですから、僕が店に現れたら、店の主人にとっては不吉な兆しかもしれません(笑)。
──『パラサイト』に出てくる裕福なキム社長の豪邸や、『スノーピアサー』の雪原を走る列車の長く連なる車両。『吠える犬は噛まない』(00)の団地、『TOKYO! 〈シェイキング東京〉』(08)の香川照之さんが演じた引きこもりの家など、監督の作品には、病的なまでに美しい「垂直」や「水平」の構図が出てきますね。
僕は間違いなく、空間フェチです(笑)。自分の気に入る空間を発見すると、必要以上に興奮してしまいます。『パラサイト』では、裕福な家、貧しい家、貧しい街並みは、すべてセットで撮りました。物語の9割が裕福な家と貧しい家の2つで展開するので、家の構造は精巧に準備をしました。ここで話している様子は、あちらからは見えないなど、ストーリーテーリングに関わる構図がいくつも出てくるので、家のなかで起きるできごと、人物の動線はシナリオ段階から決め込み、書き終えてすぐに美術監督とそれが実現できる家の設計を相談しました。
──それは大変な作業です。監督はもともと漫画家になりたかったそうで、『殺人の追憶』のパンフレットに掲載されている絵コンテも非常に綿密で驚きました。漫画ならば、思いついた物語を自由に、思い通りに描けると思うのですが、映画だからこその醍醐味は何でしょうか。
僕は以前、短編漫画を描いたことがあります。大学生のときには新聞に風刺漫画の連載もしていました。また、人形アニメーションの短編を作ったこともあります。どれもとても面白く、楽しい作業でした。でも、実写映画の場合は、ソン・ガンホさん(『パラサイト』ほかポン監督の4作品に出演)やティルダ・スウィントンさん(『スノーピアサー』「オクジャ/okja」)といった名優に出会えます。シナリオ段階で、自分が思い描いていたものとは違う、想像以上の表現、俳優の醸し出すエネルギーに遭遇したときには本当にゾクゾクします。これは漫画やアニメでは得られない快感。実写映画にしかない魅力ですよね。
『パラサイト』のストーリーボード(絵コンテ)はiPadで描いていたのですが、これが本になり韓国とアメリカで出版されたんです。ちょっと漫画家になったような気分になれて、とても嬉しかったです (笑)。絵はイマイチですけど。
「これは貴重ですね!昔を思い出します」と机に置かれた、『殺人の記憶』など過去作の日本版パンフレットを夢中で写真に撮る監督。
──ポン・ジュノ監督の作品の魅力のひとつに、人間を多面的に描いている点があると思います。あえて一言で言うとしたら、人間は哀しいもの、残酷なもの、滑稽なもの……どういうものと捉えていらっしゃいますか?
人間は“愚かなもの”だと思います。わかっていても過ちを繰り返します。
──最後に。『GINZA』はファッション誌なのですが、ファッションお好きですか?
僕は“ファッションテロリスト”なので、雑誌の完成度をおとしめてはいけないと心配になります……(*ファッションテロリストとは、韓国では服のセンスの残念な人のこと)。太ってしまって、上着のボタンが留められません(笑)。
──食べることが好きなんですか?
はい。1日のほとんどの時間を食べもののことを考えながら過ごしています。火曜日の朝に金曜日の夜は何を食べようかなと考えているくらいです(笑)。妻と一緒にいろんな店のシェフを訪ね歩いているのです。昨日行った、「渋谷 三心」という店もすごく美味しかったですよ!
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ポン・ジュノ
1969年生まれ、大韓民国・大邱広域市出身。2000年『吠える犬は噛まない』で長編映画デビュー。『殺人の追憶』(03)は韓国動員520万人を超える大ヒット。『グエムルー漢江の怪物―』(06)は当時の韓国動員歴代1位に輝いた。『TOKYO!〈シェイキング東京〉』(08)ではミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックスとともに東京を舞台にした3部作に参加。09年『母なる証明』は国内外で20以上の賞を受賞。ほか、ハリウッドの俳優らを起用した『スノーピアサー』(13)、Netflixオリジナル映画「オクジャ/okja」(17)など。『パラサイト 半地下の家族』は2019年カンヌ国際映画祭パルムドール賞、2020年ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞を受賞。