3月21日に最新デジタルシングル「LADY」をリリースした米津玄師。日本コカ・コーラ「ジョージア」CMソングである同曲は、軽快でキャッチーなメロディが耳を捉える。今月22日からは全国11箇所を巡るツアー「空想」がスタート。最新曲の制作エピソードやツアーにかける思いなどをたっぷり語ってくれた。
米津玄師が「LADY」に込めた、倦怠感からの軽やかな脱却
──ピアノのリフから始まる軽快なメロディ、歌詞に選ばれているフレーズや表現が以前の楽曲と比べてストレートに感じました。「LADY」を作られるにあたり、どのようなイメージがあったのですか?
なにか倦怠感を出したかったんです。倦怠感を明るく軽やかに曲にしたいなっていうことを考えながら作りました。遡って話すと、ここ最近本当に暗い曲ばかり作っていて、その現状に嫌気が差すというか。転調を繰り返して、情報量を詰め込んで、いろんなダイナミズムがあった上で、それをギュッと3〜4分にまとめていくことで曲がどんどんどんどん複雑怪奇化して。凝り性なのでそういう作り方になってしまう自分にほとほと疲れ果てるというか。だから、一度それを忘れよう。ピアノのワンループで、とにかく単調なもの。平坦な中に倦怠感があるものを明るく軽やかに曲にしたいな、ということを考えながら作りました。
「KICK BACK」を作っている最中に、やっぱりこういうシリアスで暗い曲が続いているから、1回ここで明るい曲を挟んでおかないと、自分の中でバランスが取れないっていう見通しがあって。ある種一筆書きじゃないですけど、サッと書いてパッと出す。手を抜いたわけではなく、その気負いのなさが必要だった気がします。
──歌詞や曲も悩まずに書けたのですか?
昨年は『シン・ウルトラマン』や『チェンソーマン』など、そもそもまず作品があり、それを生み出した人たちの試行錯誤があるので、それにはやはりリスペクトを持たなければならない。その距離感を測り、自分であればこの作品に対してこういう形ができると提示していたんですが、今回はCMの企画と、いくつか自分の曲のリファレンスをもらって、なんとなくの雰囲気を掴んだら、好きに作らせていただいたという感じでしたね。
──逆に制約がない、ある程度自由にどうぞと言われると戸惑いはないのですか?
時と場合によりますよね。制約があった方がやりやすい場合もあるし。自由に作ってくれと言われて、「自由って何だっけ?」と禅問答になる時もある。今回は今までの自分の流れから逆算してこういう曲が必要であると明確にわかっていたので、あまり迷いませんでした。
──いつもご自分のことを客観視されていると感じるのですが、ストーリーがあるというか、すぐに情景が浮かびます。そのような物語性のある歌詞はどうやって書かれるのですか?
ここ最近ミュージシャンや音楽をやっている友人と話していると、そのうち自分はある意味全くミュージシャン然としていないことに気付かされるんです。要するにすごく客観的なんですよね。音楽、特にポップミュージックは非常に主観的なものが求められる。音楽って言葉があって音があってこれって感情との距離が近いんですよね。瞬発的に感情を揺さぶる音楽って、すごい浪漫というか、主観的な性質が強いと思うんです。周りの友人たちを見ているとそういう人が多いです。でも自分はそもそも漫画家になりかった人間なので、客観というものに比重が大きくあるんじゃないかなという気がするんですよね。だから曲を作るにしても、まずここは一体どこなのか、この登場人物は一体どういう人間で何を考えているのかといった土台から構築していくというか。アニメでいうとイメージボードを作って、その連続で物語を紡いでいく。そういった作り方に近いです。だからすごく情景的になるのかもしれません。自分のまわりのミュージシャンは主観的な価値判断で物事を決定する人が多い気がします。「自分がここにいるぞ。で、お前は誰だ?」と、まず自分から始まって、相手を判断するけれど、俺は、そこに自分がいなくてもいいと思うんです。もちろん主観で作る時もありますが、基本的にはどちらかというと客観的に場面設定する作り方の方が多い気がします。
──ピアノのリフから始まるのは米津さんのアイデアですか?
はい。反復が割と重要なテーマの1つにあって。倦怠感とか日常の繰り返し。同じ日常を繰り返していって、新たな何かに出会ったなと瞬間的には思っても、以前どこかで出会ったことの繰り返しだったりして。真新しさがなくなっていく。だんだん生活に慣れてくる、そういう退屈な反復というものを注視して、メロディーも反復させ、ピアノのリフも基本的に同じ音の運びで緩やかに下がっていくよう形作っていきました。
──サビの韻を踏む歌詞もその発想からですか?
そうですね、やっぱり反復していくことを重要視したんですね。韻を踏むことによって、ある種のトランス状態じゃないけれど、没入感というか。日々生きていて、自分の意思で生活してるなって思う瞬間って実はそんなにない。結構オートマティックに生きているなって思うんです。朝起きて、顔洗って歯を磨いて飯食って、外に出て仕事場に向かうっていうことに自分の意思が果たしてあるかと言われると1つもない。非常にオートマティックに生きている。そのオートマティックな反復感を、韻を踏むことで浮き彫りにできたらと思いました。
私的な部分をいかに確保するか
──倦怠感と聞くと少し後ろ向きなのかなと思うのですが、曲はポジティブに感じました。その二面性というか、相反するものの同居はあるのですか?
やっぱり倦怠感からの脱却を願うっていう、そこが軸な気がします。刺激的な何かがあってほしいけれど、それは退屈な日常がないと際立たない。基本的にくだらない猥雑な日常がちゃんと描かれた上でジャンプする感じがないと、音楽として成立しない気がします。
──刺激的な何かに出会ってほしいという思いは歌詞に込められているのですか?
私的な空間がどんどんなくなってきていますよね。近年SNSが当たり前という環境が続き、目に映るものが他人と共有され、インターネットの中では完全にパブリックドメインとして扱われて、本当にくだらないチャラけとか、インモラルな何かがすぐさま道徳的価値観をもって判断されてしまう。本来人間ってそういうものではないというか、もっと混沌としていて、カオスの連続だと思うし、一貫していなければいけないわけでもない。そういう中でインターネットというのは、人間の表層を切り取って、道徳的価値観に照らし合わせる。それは非常に不健康なんじゃないかと思うんですよね。だから私的な空間が減っていき、どんどん公が増えている。混沌とした、剥き身なものに耐性がなくなっていく気がしています。道徳的な枠の中で全てを終わらせるのではなく、そこからはみ出たものがあってもいいじゃないかという、ね。そういうインモラルなものを内に抱いていたとしても、否定されるものではないし、一度口に出したり、わかりやすい形で相手に伝わってしまったら諍いが始まるんですけど、それも踏まえた上で、私は私の人生があるということは、どこかで誰しもが持っていなきゃいけない感覚なんじゃないかな。
まあやっぱり「行方をくらまそう」という歌詞を書いたように、凝り固まって石と石になってしまった関係性というか、お互いのルールで縛りあって均衡を取っている状態は、平和で安穏ではあるけれど、そればっかりだとつまらないという。
お互いみなまで話さないことってあるじゃないですか。何もかも知っていなければいけないわけではないというか、そもそも全部知ることなんて不可能ですし、良い塩梅というのがある。何もかも知っていなきゃとか、肯定しなければといった感覚と共に生きていくって難しいと思うんですね。そういうお互いのズレとか、ある種やましいことや知って欲しくない後ろ暗いことは人間誰しも宿しているわけであって。そのグチャッとしたものが、今ここの表層に出ていたり、次の日になれば前の人間に戻っていたり。そういう一貫性のなさが非常に重要だと思うんですけど、その一貫性のなさも忘れていって一貫性のある話としておく。これは生活の上で大事だと思うけれども、1回グチャッとさせてみようかっていう。
──人生を達観しているというか、人間の真理をついているように感じます。
自分が客観的な人間だからだと思うんですよ。変わらないものってなんだろう?それを探していくのが至上命題みたいになっている部分があって。やっぱり生まれてきた瞬間から自分がすごく変わっている、変だなという自覚があり、どうしてもオルタナティブにしか生きていけない。なんで自分はこうなんだろう?人と違う部分があるけれど、これは一体何なんだ?ということを考えて生きざるを得なかった。じゃあ普遍的なもの、時代が変わっても変わらないものって何だろう?というと、その真理みたいな、そんな大それたものではないけれど、そういうものを紐解いていくのが好き、というか、そうせざるを得なかったというのが、自分の音楽に強く影響を及ぼしているんじゃないかなとは思いますね。
──ジョージアのCMソングとして発表された際に寄せられたコメントで「平坦な生活からほんの少しだけフケられたら」という表現が素敵だなと思いました。
パッと書いたら「フケる」という表現になって。そういうことがあってもいいんじゃないかなと思いますね。
──今回は「毎日って、けっこうドラマだ」というキャンペーンで、みんなが主人公のようなコンセプトですが、15秒や60秒というCMとして聴かれることを意識して作られたのですか?
あまり意識はしなかったですね。いいことなのか悪いことなのか自分でもまだ結論は出ていないんですけど、どう聴かれるかということに対して、執着がどんどん無くなってきて。要するに、先程話したことと近くなりますが、私的なものをいくつ持てるかっていう。どう聴かれるかという目線はポップソングを作るにあたり絶対に必要なことですが、拘束されて、そこから一歩も動けないというのは健全ではないなという感覚がどんどん大きくなっていって。今の個人的なモードとして、私的な部分をいかに確保するか、他者の目線を抜きにして、いかに自分の中だけで価値を構築できるか、そこに時間を割いていることが多いです。
──ところで、コーヒーはお好きですか?
子どもの頃は全く飲まなかったのですが、昨年個人的にコーヒーブームが始まったんです。自分のスタジオにエスプレッソマシンを導入したりして。中でも缶コーヒーがすごく好きです。なんかノスタルジックな印象があるんですよね。缶コーヒーを買って開けて飲むという行為自体に楽しさと生理的な納得感があり、ガバガバ飲んでいた矢先にこのお話が来たので、巡り合わせ的なものがあるのかなぁと思います。行為としてのコーヒーってグッとくるものがある。そういうものを通して生活することで、ちょっと視点が変わったりするじゃないですか。新しい服や、髪を切って出かけることって、生物学的には何も変わっていないけれど気分が変わる。それは、こじつけですが、「毎日って、けっこうドラマだ。」というコピーと似つかわしいことなんじゃないかなと。
──「LADY」のジャケットも米津さんが描かれているそうですね。
足ってすごく人間性が出るので、足を描きたかったんです。ファッションでも1番人間性が出るのが靴と言われたりしますが、自分は、靴下が嫌いなんです。締め付けられるのが耐えられなくていつも裸足なんですよ。このジャケは、翼のような指っていう、そういうイメージで描きました。
Illustration by 米津玄師
──「LADY」というタイトルは?
歌詞を書いていくにつれて、サビの頭で「レディー」って歌う気持ちよさがあったので、最後の最後にこれしかないという感じで決めました。
──新しいアーティスト写真も話題ですね。映像作家・写真家の奥山由之さんが撮影されたそうですが、どういった掛け合いを?
奥山さんは狂気的な集中力の持ち主で、やっぱりすごいなと思います。今回の撮影に関してはもう俺はマネキンに徹して(笑)。多重露光なのであまり動いちゃいけなくて、永遠に固まった状況で撮られ続けるという感じでした。「KICK BACK」のMVも奥山さんが監督ですが、あんなに熱意のある人は本当にいないので、やっぱり刺激的ですよね。全力疾走とか筋トレとか、たとえ面倒なことが起こったとしても、それはそれで納得がいく。そう思わせてくれる稀有な人です。
──4月22日からは神戸ワールド記念ホールを皮切りにツアーが始まりますね。昨年2年半ぶりのツアー「米津玄師 2022 TOUR / 変身」を経て、今回の「米津玄師 2023 TOUR / 空想」はどんな内容になりそうですか?
基本的にライブはファン感謝祭だと思っています。だから、ライブでどうしても何かやりたいことがあるかというと、正直特にないんです。自分にとって音楽はすごく個人的なものだったし、狭い部屋の中のパソコンやスピーカー、イヤホンから流れてくるものという意識なんですよね。なので、ライブでたくさんの人が集まって、そこで気持ちが1つになる、みんなで一斉に盛り上がって作り上げるみたいなことにあまり馴染みがなくて。ただ淡々と自分にとってやるべきことをやる。そして一方的でいいと思うんですよね。自分はこういう風に投げかけます、あなたはどうしますか?って。ワーっと腕を振って盛り上がってくれてもいいし、じーっとしているだけでもいい。私は私でここにいます、あなたはあなたでそこにいてください。そういう関係性が自分にとって一番心地いいと前回のツアーで感じたんです。なので、今回もそういうツアーにしたいと思っています。
『LADY』
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米津 玄師
ハチ名義でボカロシーンを席巻し、2012年より米津玄師として活動をスタート。2018年リリースの「Lemon」で300万セールスを記録し、日米初となるBillboard JAPAN 2年連続での年間ランキング首位獲得など、数多くの記録を樹立。DAOKO「打上花火」、Foorin「パプリカ」、菅田将暉「まちがいさがし」などアーティストプロデュースも手がける。以降、「馬と鹿」「感電」などヒット曲を連発。2020年にはアルバム「STRAY SHEEP」を発売し、ゲーム「FORTNITE」での革新的な全世界バーチャルライブを開催し大きな話題に。昨年は「PlayStation」CMとして「POP SONG」、映画「シン・ウルトラマン」主題歌「M八七」、TVアニメ「チェンソーマン」OPテーマ「KICK BACK」を書き下ろし、2年半ぶりのツアー「米津玄師 2022 TOUR / 変身」を完走。今年4月22日から7月2日まで「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催予定。