「この世に小説が存在していることを知らないような愛しい陽キャの小説を書きました」というコメントとともに、金原ひとみさんの長篇『腹を空かせた勇者ども』が届けられた。かつて、デビュー作『蛇にピアス』で「子供の笑い声や愛のセレナーデが届かない場所はないのだろうか」と書いた作家による、10代の少女の視点からみた母と、彼らを取り巻く世界の物語。新たな境地に挑んだ作家の思いをきいた。
デビュー20周年。作家・金原ひとみが見つめる世界
爽快感たっぷりの青春小説『腹を空かせた勇者ども』についてインタビュー

──2021年の春から『文藝』で不定期に連載された「腹を空かせた勇者ども」「狩りをやめない賢者ども」「愛を知らない聖者ども」「世界に散りゆく無法者ども」。連作4篇を単行本でまとめて読むと、疾走感がより増したようにも感じられました。
当初は単発の読み切りのつもりだったんです。『文藝』に小説が掲載されるのは初めてだったのですが、かつてのJ文学ブームの印象も強いですし、今も若者に1番支持されている文芸誌だと思っていて。いわゆる古典的な文学というよりは、そこからちょっと逸脱したものを書けるかな、ポップなことをやってみたいなと構想しました。
──主人公の玲奈は10代半ば。中学2年生、3年生、高校1年生までの3年の時間が小説の中を流れています。玲奈は、抽象的なことや理解が難しいことなどから距離を置くという性質もある。
そうなんです。たとえば自分だったらサクッと言葉で言い表せてしまうようなことでも、おそらく玲奈はこの言葉を知らないだろうな、彼女たちの間でも通じるような言葉にしなきゃ、と考えながら言葉を置き換える。この作業にはかなり苦労しました。
──「彼女たちの言葉」は、どんなふうにストックされているんですか?
娘たちが友達と話している言葉を日常的に耳にしているので、気になる表現があればその都度メモをとっています。私との会話でも、今の子たちの流行りの言葉が出てくるので、参考にさせてもらいました。
──言葉の採集はずっと続けられているんですか?
普段から、そこまで意識的にやっているわけでもないんですけどね。自分からは絶対に出てこない語彙や言葉のつなげ方、表現というのに出合って、わぁ!と思うと、この人でキャラ作りたいなぁと考え始めたり、このセリフは絶対に入れようと決めたり。そういう時には「それ、書いてもいい?」って相手に確認して、メモをとっておくようにしています。
──作中ではコロナ禍も描写されます。時代の記録として書き残さねばという意識も持たれているのでしょうか。
この作品とほぼ同時期に書いていたのが『アンソーシャル ディスタンス』に収録されている表題作と「Technobreak」です。この2作ではコロナ禍の“陰”の部分を書き、反対の“陽バージョン”にあたるのが『腹を空かせた勇者ども』なのだと思います。コロナ禍の設定を完全に無くすということはそもそも考えていなくて、むしろ、ある素材は全部使っていこうという気持ちでした。
──母親が濃厚接触者になって学校を休まされたり、緊急事態宣言という言葉も登場します。
うちの長女の中学入学が2020年の春で、最初、学校に全然通えなかったんです。受験して入った学校だったので、全員が初めましてという状況なのに、チームス(オンライン会議アプリ)で自己紹介したり、午前と午後で半数ずつ分かれての登校だったり。こちらはいろいろ心配していたんですけど、本人たちはガンガン仲良くなっていて、そんなふうに力強く生きる彼女たちの姿を書き残しておきたいという思いはありました。
──この小説に書かれなければ、知り得なかったリアルでした。
本当にすごいんですよ。人の目を気にしたり、しがらみや立場があったりする大人とは別次元というか、本能で、皮膚感覚でコロナ禍を生き抜いているなと感心させられました。それこそ、子どもたちこそが最も個人的にコロナと向き合ったのではないかと思います。
──陽キャの娘さんとは、同世代だったとしたら友達に……
絶対なれない。お互いちょっと苦手なタイプだなって敬遠しちゃうと思います。親子じゃなかったらこんなに仲良くなれなかっただろうと思うと、ちょっと得した気分になりますね。ちっちゃいときから知っていて、正反対な価値観、性格なのに苦手意識もなく一緒に暮らせているんですから(笑)。
気づかされることもたくさんあります。以前は、陽キャの人たちって演じているというか、陽気な自分が好きなんだろうと思い込んでいて、実際にそういう人もいるのだろうけど、もっとナチュラルボーンな人たちも普通にいるんなんだなって。生きていく上でのメンタルが全く違う人たちに対して自分が持っていた、偏見や穿った見方を正していくことができたと思います。
──娘さんとは、似ている感覚や共感する部分もありますか?
坂口健太郎かっこいいね、あのドラマ面白かったよ、みたいなやりとりや共通認識はあります。あと、洋服やコスメは共有しているものも多いので、おかげで流行の移り変わりを彼女を通じて感じ取れるなと思います。皆あんな頑なにローライズしかはかなかったのになあと思いつつ、私もハイライズに移行しました。

Photo: Kaori Ouchi Text: Hikari Torisawa