映画『よだかの片想い』の主人公・アイコは、幼い頃に顔のアザをからかわれたことから対人関係に消極的。しかし初めての恋に落ち、彼女の世界は一気に拓けていきます。実は主演の松井玲奈さんは、原作者で作家の島本理生さんの大ファン。その並々ならぬ思いはもちろんのこと、劇中で描かれる「恋と成長」の関係についても、二人に語り合ってもらいました。
松井玲奈×島本理生、恋愛を語る。『よだかの片想い』が描き出す、恋のもどかしさと可能性。

──松井さんは島本さんの大ファンだと聞きました。松井さんが、島本さんの作品に惚れ込んだきっかけは?
松井: 最初に手に取った作品が『よだかの片想い』なんです。もともと小説を読むことが好きでしたが、アイドルグループ在籍時は読書時間を確保することが難しい状況でした。卒業してようやく自分の時間ができたとき、ふと立ち寄ったヴィレッジヴァンガード渋谷本店の「天体」コーナーで『よだかの片想い』を見つけたんです。気になって読んでみたら、言い表せないほどの感動を覚えて。すぐに近所の本屋さんに行き、島本さんの本をあるだけすべて買って帰りました。
振り返れば、島本さんの小説を通じて「初めて」をたくさん経験しました。一人の作家さんを熱心に追いかけることもそうですし、登場人物を通して初めての感情を抱くことも多いです。中でもやっぱり、『よだかの片想い』は特別ですね。
──以前、周りから「映画化したい作品はありますか?」と聞かれたとき、本作の名前を即答したそうですね。
松井: たしか5、6年前だったと思います。主人公のアイコが初恋をして成長していく過程で、大きな決断をする。そのシーンが私には衝撃的で、いつか映像で観たかったし、島本さんには「アイコを演じてみたい」という気持ちを伝えていました。ありがたいことに島本さんからも、「松井さんが演じてくれたら嬉しいです」と言っていただいて……!
島本: 小説そのものへの愛情があるだけでなく、アイコに対する解像度がものすごく高いことが映画からも伝わってきて、感激しました。
松井: もう、思いが溢れてしまって(笑)。
島本: 特にラストシーンには圧倒されました。長いワンカットにはほとんどセリフがなく、風景や光の美しさと共に、松井さんの本来持っている空気感や透明感までもが、すべて映っていることに感動して。アイコと松井さん、両方の“感じ”が溶け合っていて、すごく綺麗なシーンでした。
──恋や遊びに及び腰だった大学院生のアイコは、友人からの頼みで本の取材を受け、社会的に注目を集めます。そして、その本の映画化を希望する映画監督の飛坂(中島歩)と出会い、恋に落ちていく。アイコは素直で凛とした振る舞いが魅力的で、松井さんご自身の雰囲気と相まっていました。
島本: アイコも松井さんも一本筋が通っている女性で、演技だけでは出しきれない、松井さんの内面的な部分も重なっているように感じました。
あと、人物とカメラの距離が近いので、映像から生身の肌の質感が伝わってくるのも魅力だと思います。主人公は学生ですが、すごく大人な映画でしたね。
──松井さんは先ほど「思いが溢れてしまった」と話していましたが、今回タッグを組んだ安川有果監督には、その思いはどのように伝えたのでしょうか?
松井: すべての登場人物全員に愛着があったので、最初のうちは全員にまんべんなくスポットライトが当たってほしくて、監督にはかなり具体的に「どうしてこの場面がないんですか?」などと伝えていました。でも監督やプロデューサーさんの考えを聞くうちに、原作を起点にしながらも、それとはまた別の“映画としての作品”を楽しんでもらえるようにすることが大切なんだと腑に落ちて。
それからは、アイコの気持ちにより集中できたと思います。彼女が次のステップに踏み出すとき、どうすれば感情がつながるのかを考えて、絶対に外せないと思ったセリフは監督に伝えてみたりしました。
──外せないと思ったセリフとは?
松井: 正直に言うと、ほぼすべてといっても過言ではないんですけど(笑)、特に後半で飛坂さんに電話をかけるシーンのセリフは「絶対に言いたい」と伝えました。島本さん原作の作品に出ることも、書かれたセリフを口にすることも夢だったので、ただただ思いが強かったんです。
島本: 嬉しいです。映画は尺が限られているので、どうしても原作から削らなければいけない場面が出てきます。ですが、登場人物に対する理解があれば、細かい設定が削ぎ落とされたとしても物語が成立するんだと、今回の作品で感じました。
──アイコの魅力を、お二人はどのように捉えていますか?
島本: 彼女は違う世界に生きている人に恋をして、たとえ傷付いても、そこから自分を発見して成長できる。いい意味で揺らがない、真面目で真っ当な女の子というイメージです。
松井: 芯が強いけれど、人間らしい弱さもありますよね。普段はやりたいことがはっきりしていて、自分の足でしっかり立っているけれど、恋愛はまったくの初めてだから幼い部分が垣間見えて。
──飛坂さんに想いを伝えるシーンも印象的でした。あまりに唐突で、言葉選びも直球で。
松井: 恋愛においてトライアンドエラーをしたことがない分、経験則で動けないので、思ったことをそのまま言ってしまうんですよね。
島本: 恋愛経験者だったら、もう少し駆け引きをしたり遠回しに言ったりするところですよね。
松井: 恋愛以外では、周りからどう見られているか冷静に理解しているし、その場の空気もよく読めるのに、恋愛に関しては思いのままにしか進めない。その思いきりのよさが人間らしくて素敵だなって。
島本: 今回意外だったのは、約10年前に小説を書いたときの私はアイコの気持ちに寄り添っていたけれど、今はどちらかと言えば飛坂さんの感覚に近いと感じたこと。冒頭で、飛坂さんがアイコを偶然見掛けるシーンがありますよね。クリエイターとして、特別な人を見つけて胸が高鳴る感覚はすごく分かる。説得力があるシーンでした。
あと、アイコが不安になって、頼まれてもいないのに飛坂さんの部屋を掃除するシーン。若い頃の自分を振り返って身につまされるのと同時に、「もし今そんなことされたらめんどくさいだろうな」とも(笑)。大人になって逆転した視点に気付かされました。
松井: 忘れもしないのですが、アイコが作り置きした唐揚げを、飛坂さんはたった一つだけつまむんですよ。
島本: そうそう、ちょっとどうでもよさそうな感じで。
松井: そうなんです。アイコの気持ちを思うといたたまれなくて。……今、思い出しただけで悲しくなってきました(笑)。あのシーンの撮影に私はいなかったので、完成した映画を観て、飛坂さんの表情がものすごくショックで。「わざわざ作ったのに、そんな感じなの?」って。
島本: 飛坂さんがアイコの真っすぐさに惹かれる気持ちと、真っすぐすぎて持て余してしまう気持ち。両方分かってしまうのがリアルでしたね。
──本作はラブストーリーでありながら、アイコの成長物語でもあります。彼女のように、人との出会いを通じて自分の世界を拓いていくためには、どんな心持ちが大切だと思いますか?
島本: 最近思うんですが、若い頃は男性に対して「恋愛対象か/そうでないか」ばかりに気を取られ過ぎていた気がします。私自身、「若い女性」というカテゴリーで見られることに不自由を感じていたのに、恋愛の優先順位が高かったあの頃は、相手をカテゴリーでしか捉えていなかった。人間同士として対峙していれば、同じ悩みや葛藤など、恋愛以外の部分でもっといろんな人とつながれたかもしれない。まずは相手のことを知ろうとすることが大事だと実感しています。
松井: 何かで読んだのですが、短期間で集中的に会うと、恋愛に発展しやすいらしくて。その人と毎日会うことで「好きかも?」と錯覚してしまうそうなんです。なので冷静になるためには、相手と一旦距離を取るのも手かもしれない。
──でも、アイコはしばらく飛坂さんに会えない期間もあったのに、それでも憧れを募らせていましたよね?
島本: それには、一つ説があって。近藤聡乃さんの『A子さんの恋人』というマンガに描かれていたのですが、相手に自分のことを考えさせるのに、贈りものは効果的だそうなんです。そのプレゼントを見ては日常的に相手のことを考えることで、「あれ? 私はあの人のことが好きなのかな?』と思わせるのだと。「どうりでミュージシャンはモテる」と書かれていて、なるほど、と納得しました。音楽を聴くことで、ファンは常にミュージシャンのことを考えますから。
松井: 飛坂さんがアイコにプレゼントした手鏡はそういうことですか! なかなかの戦略家ですね(笑)。手鏡は物語におけるキーアイテムですけど、まさかそんな人物造形もあったとは。さすが島本さんです。
『よだかの片想い』
理系大学院生・前田アイコ(松井玲奈)の顔の左側にはアザがある。幼い頃、そのアザをからかわれたことで、恋や遊びには消極的になっていた。しかし、「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにしたルポ本の取材を受けてから状況は一変。本の映画化の話が進み、監督の飛坂逢太(中島歩)と出会う。初めは映画化を断っていたアイコだったが、次第に彼の人柄に惹かれ、不器用に距離を縮めていく。しかし、飛坂の元恋人の存在、そして飛坂は映画化の実現のために自分に近付いたという懐疑心が、アイコの「恋」と「人生」を大きく変えていくことになる……。
原作: 島本理生『よだかの片想い』(集英社文庫)
監督: 安川有果
脚本: 城定秀夫
主題歌: 角銅真実『夜だか』(ユニバーサル ミュージック)
音楽: AMIKO
出演: 松井玲奈、中島歩、藤井美菜、織田梨沙、青木柚、手島実優、池田良、中澤梓佐、三宅弘城
配給: ラビットハウス
9月16日(金)新宿武蔵野館ほか全国公開
©島本理生/集英社 ©2021映画「よだかの片想い」製作委員会
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松井玲奈
1991年生まれ、愛知県出身。2008年デビュー。主な映画出演作に、『はらはらなのか。』(17)、『21世紀の女の子』(19)、『女の機嫌の直し方』(19)、『今日も嫌がらせ弁当』(19)、『幕が下りたら会いましょう』(21)など。またNHK連続テレビ小説『まんぷく』(18)や『エール』(20)、TBS火曜ドラマ『プロミス・シンデレラ』(21)にレギュラー出演。映画・ドラマ・舞台などで役者として活躍するだけでなく、短編集『カモフラージュ』(集英社)にて小説家デビューを果たし文才も高く評価される。その後もエッセイ集『ひみつのたべもの」(マガジンハウス)、小説『累々』(集英社)などを執筆。
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島本理生
1983年生まれ、東京都出身。1998年、15歳のときに『ヨル』が『鳩よ!』掌編小説コンクール第2期10月号に当選、年間MVPを受賞。2001年に『シルエット』が第44回群像新人文学賞優秀作に選ばれる。2003年には『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞を史上最年少で受賞。2005年『ナラタージュ』が第18回山本周五郎賞候補となるとともに、「この恋愛小説がすごい! 2006年版」(宝島社)と「本の雑誌が選ぶ上半期ベスト10」で第1位を獲得しベストセラーに。さらに2015年に『Red』で第21回島清恋愛文学賞を受賞。2018年に『ファーストラヴ』で第159回直木三十五賞を受賞。近年の主な著書に『よだかの片想い』(13)、『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』(17)、『あなたの愛人の名前は』(18)、『夜 は お し ま い』(19)など多数。2022年秋に『憐憫』を刊行予定。