なまずの視点から看護師ユニョンの半径0.5メートルで起こる人間模様が語られる、ポップかつブラックユーモアたっぷりの映画『なまず』。「梨泰院クラス」や『ベイビー・ブローカー』で知られる俳優イ・ジュヨンと「D.P.-脱走兵追跡官-」でブレイク中の俳優ク・ギョファンの恋愛モノと思いきや、裏側には現代を生きる誰もが抱える信頼と不信といったテーマが潜む。本作が初の長編映画となる、韓国インディーズ映画界のニューウェーブ、イ・オクソプ監督と、彼女のプライベートのパートナーであり、本作のプロデューサー兼主演を務めたク・ギョファンが、20代の頃、自分たちが感じていた不安を全編に散りばめたという不条理青春コメディについて語る。
不安を少し軽くしてくれる、韓国映画『なまず』 俳優 ク・ギョファン×監督 イ・オクソプ対談
──本作では、恋人からの暴力や盗撮の恐怖、就職難など、人の数だけ編集された真実と人を信じられない状況があることからくる不安が、突然できたシンクホール(巨大な穴)に落ちるかもしれない恐怖としてユニークに描かれています。これはどんな意図でビジュアル化したものなのでしょうか?
ク・ギョファン 私はこの映画に出演している俳優ですが、プロデューサーでもあるので、私から答えますね。韓国には、映画の製作をしている国家人権委員会というものがあって、当時、僕らのもとに青年たちの人生、暮らしをキーワードに映画を作ってくれないかという依頼が来ました。そこで、私たちが自身が感じている不安を映像にしたらどうか、と考えました。
イ・オクソプ 映画の中では、いま挙げていただいたようなさまざまな悩みが描かれますが、実際に、私たちもそうでしたし、韓国の若者たちはそういった不安を日々感じています。それを例えば友達に話すこともあるだろうし、映画という形で表現したりもする。そのモヤモヤをライトに描写することができれば、その不安がちょっと軽くなるんじゃないかな、と思ったんです。
──物語の中では、嘘みたいな本当のことや本当みたいな嘘が次々と起こりますよね。それも、体験をもとにしていたりするのでしょうか。
イ・オクソプ まあ個人的なことなので、この部分がそうです、とは言えないのですが(笑)、自分たちの身に起こって感じたことが映画に作用はしているという感じでしょうか。
ク・ギョファン 僕は些細なことに対しても、そういう感情を常に感じてしまう方なんです。疑惑が生まれたときの克服法は、とりあえずまずは相手を信じてみること。いろいろあってそういう境地に至ったとか大それたことでなく、信じてみることが少なくとも自分が一番ストレスを回避できる方法だと思うからなのですが。
──ちなみに、ク・ギョファンさんはストーリーづくりにも携わられたのでしょうか?
ク・ギョファン 今回はイ・オクソプ監督のオリジナルストーリーだったので、基本的に私は監督の横でお使いをしていました(監督の肩をマッサージするフリをしながら)。
──マッサージをされたり(笑)?
ク・ギョファン 実際はしてません。ユーモアです、ユーモア(笑)。
イ・オクソプ (苦笑)。実は、序盤の頃はふたりで一緒にシナリオを書いていたんです。それもあって、彼はこの映画がどういう作品であるかを誰よりもしっかりと把握してくれていたんです。
ク・ギョファン (ピースポーズで静止中)
イ・オクソプ 自分が作ったシナリオを撮影し、映像に仕上げていく行為は、常に試行錯誤の連続ですし、自分がこうしたいというビジョンと現場にいる人たちの思いとの折り合いをつける作業は難しいものなんですが、今回はク・ギョファンさんがプロデューサーであり、俳優としていてくれたので、全体の画を描きやすくなりましたし、撮影をスムーズに進めることができたと思います。
──ク・ギョファンさんは、ソウル芸術大学映画学科にて、イ・オクソプさんは韓国映画アカデミーにて、映画づくりを学ばれていますが、学生時代に影響を受けた作品があれば教えてください。
イ・オクソプ 20代の初めだったと思いますが、『ジョゼと虎と魚たち』が本当に好きで。ソウルにある「Sponge House」というミニシアターで、犬童一心監督がトークしにいらしたときも、後を着いて回って話しかけたくらいで。ちなみに、当時、犬童監督が来日したというニュースが出たんですけど、その写真に、一番前の席に座って聞いている私が映り込んでます(笑)。
──『ジョゼと虎と魚たち』のどんなところに惹かれたのでしょうか?
イ・オクソプ こんなに究極に深いところまで感情を映像として捉えることができるんだなと思って。映像を見たことによって、それまで自分が到達しきれなかった感情があることに気づけたような感覚があったんです。私の作品に直接的には反映されていないにせよ、そういった精神が私にインスピレーションを与え、今の自分を作り上げるための大切な要素になっていると思います。犬童監督の作品だと、『メゾン・ド・ヒミコ』もすごく好きです。
ク・ギョファン 彼女が質問に答えている間に、検索していたんですけど、僕は岩井俊二監督の映画『Love Letter』に影響を受けました。作品のテーマと少しシンクロするように、韓国では日本から4年遅れの1999年に公開されたんです。当時の僕にとって初めて観た日本の映画でもありましたし、一緒に観に行った人がとてもよかったという記憶も相まって、とても印象的な体験でした。今も時々、オリジナルサウンドトラックを聞いて眠りにつくことがあります。
──日本の映画に限定した質問ではなかったのですが、おふたりとも邦画を挙げてくださって、やさしさを感じました(笑)。
ク・ギョファン&イ・オクソプ いやいや!本当に好きなんです!
──イ・オクソプ監督の最新作も楽しみですが、どこで観ることができるのでしょうか?
イ・オクソプ 直近だと、ク・ギョファンさんと一緒に共同演出したのが、韓国でも国民のアイコンであり、絶大な人気を誇るイ・ヒョリさんと一緒に作った映画。今まさに編集中なので、そのうちオンラインでみなさんにも観ていただけるんじゃないかと思います。
ク・ギョファン この記事がアップされる頃には、僕らのYoutubeチャンネルで公開されていると思います。タイトルは『人の匂い(スーパースター イ・ヒョリ』(原題/7月2日よりYoutubeにて公開中)。
──おふたりが最近ハマっていることはありますか。
イ・オクソプ イ・ヒョリさんですね。彼女は活動期間がすごく長いので、私が全く見たことのない番組がたくさんあって。編集しながら毎日のようにずっとイ・ヒョリさんを見ているわけですけど、にも関わらず、休んでいる時間もYoutubeの映像を拾っては、ああ、こういうイ・ヒョリさんもいるんだと感じる。イ・ヒョリさんという人物を、可能な限り立体的に捉えられるようあれこれ見ています。と今もっともらしく言いましたが、仕事と関係なく、見てるとただただ楽しくて、気分が良くなるので、時間があれば映像を検索しています(笑)。
ク・ギョファン 僕はク・ギョファンですね。自分自身にハマっているので、服を買ってあげたりもするし、美味しいものを食べさせてあげたりしています。ハイ。
──独特のユーモア・センスでも注目のク・ギョファンさんですが(笑)、話題のドラマや映画に続々と出演されて、大ブレイク中ですよね。その人気は実感されていますか?
ク・ギョファン いや、日本のみなさんが、僕のことを知っているというのが不思議な感じです。こうやってインタビューしていただいたりすると、ちょっと実感します。
──最後に、おふたりがなぜ映画を作るのか、その理由についておうかがいできますか?
ク・ギョファン 自分がしたいことや考えていることはあまりうまく言葉にできないじゃないですか。なので、その気持ちを映像にして、映画にしているんじゃないかなと。
イ・オクソプ 韓国で『なまず』を公開したとき、自分たちが不安に思っていたことを一度吐き出して、観てくれた人たちと映画を通じて対話することができました。なので、現実の状況はあまり変わっていないと思うのですが、以前よりは自分の不安は少なくなったんです。そのために映画を作っているんだと思います。
『なまず』
病院内で、性行為を隠し撮りしたレントゲン写真が流出し、看護師ユニョン(イ・ジュヨン)は自分と恋人ソンウォン(ク・ギョファン)の写真だと誤解。イ副院長(ムン・ソリ)は写真の主をユニョンと決めつけ、自宅待機を命じる。同じ頃、都心で巨大な穴(シンクホール)が出現する怪現象が発生し、無職のソンウォンは埋め戻し工事の職にありつけたが、仕事中に大切な指輪を無くしてしまう。そんな留まることのない疑いの連鎖を、病室の水槽のなまず(声/チョン・ウヒ)は見つめていた……。
監督: イ・オクソプ
脚本: イ・オクソプ、ク・ギョファン
出演: イ・ジュヨン、ク・ギョファン、ムン・ソリ、チョン・ウヒ(声の出演のみ)
配給: JAIHO
ノルウェー、フランス、スウェーデン、デンマーク/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/128分
2018年製作/89分/G/韓国
7月29日(金)日より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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イ・オクソプ
1987年5月生まれ。自由な発想とユーモア、そして奇抜な演出と独特の映像美で、韓国インディーズ映画界のニューウェーブとして知られる。韓国映画アカデミーを卒業後、『RAZ on Air(英題)』(12)で注目を集め、その後『四年生ボギョン』(13)、『監督!僕にもDVDをください!』(13)、『フライ・トゥ・ザ・スカイ』(15)などの短編映画を主に演出、独自の世界観を構築し、ファンを獲得していった。 『なまず』は、初の長編映画デビュー作で、新しい独創的なアイディアを持った作品という賛辞と共に、第23回釜山国際映画祭 CGVアートハウス賞、KBS独立映画賞、市民評論家賞を受賞。さらに、第44回ソウル独立映画祭観客賞、第14回大阪アジアン映画祭グランプリなど国内外の映画賞を席巻した。
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ク・ギョファン
1982年12月生まれ。製作から監督、脚本、演技まで全てをこなす多才なアーティストとして注目され、韓国インディーズ映画界で独自の地位を築く。『監督!僕にもDVDをください!』(13)、『フライ・トゥ・ザ・スカイ』(15)などの作品を通じて、個性あふれるユーモアと時代を読む深い洞察力で若い観客の共感を得た後、 『夢のジェーン』(16)、『Beaten Black and Blue(英題)』(16)など多くの作品に出演。ヨン・サンホ監督の『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)、リュ・スンワン監督の新作『モガディシュ 脱出までの14日間』(21)にキャスティングされるなど、映画界からラブコールが絶えない今最も旬な俳優の一人に成長。本作『なまず』では製作、主演、脚本、編集を務める。