ヌーヴェルバーグを代表する、トリュフォー、ゴダールなどの作品から、グザヴィエ・ドラン監督のような若い才能とも勢力的にコラボレーションを続ける俳優ナタリー・バイ。役者として50年以上のキャリアを持つ彼女が主演するのは、ディオールのアトリエを舞台に、境遇も年齢も正反対のふたりの女性の人生が交差していく様を描く、映画『オートクチュール』だ。『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(22)など話題作に出演するリナ・クードリ扮する移民2世の少女・ジャドと名前をつけない関係性で連帯することになる、引退を目前に控えたアトリエ責任者のお針子を演じるナタリー。現在73歳の彼女が、自身の人生哲学について語る。
「自分を不幸せにしないために、やりたくないと思ったらやめること」 『オートクチュール』主演ナタリー・バイ インタビュー

──エステルを演じるにあたり、今回衣装監修を担当するディオール専属の1級クチュリエール、ジュスティーヌ・ヴィヴィアンのもとでお針子の仕事を体験されたそうですが、いかがでしたか?
オートクチュールは私にとって、未知の世界でした。もちろん、セザールの受賞式などでドレスに触れる機会はありますが、舞台裏に入っていくのは今回が初体験。とても興味深かったです。基本的には完成したものを見せるショーの裏側にまで、スタッフとして特権を持って入っていくことができ、制作の現場をこの目で見ることができたことは、私自身を豊かにしてくれる体験でした。
──伝承というテーマに興味を持たれて、この作品に参加したそうですが、ご自身でも技術や能力を伝承していくことを意識されているのでしょうか。
私自身、素晴らしい巨匠監督たちと仕事をしてきて、それを伝承することは俳優として重要だなと考えています。でもちょっと見方を変えれば、これは危ないとかしちゃいけないと子どもに教える母親の役割とも似ているなと思うんですね。また、伝承・継承って、寛大にシェアするということでもありますよね。つまり、愛がないとできない。なので、愛をもって、私が経験したことを次の人たちにもシェアして、糧にしていってもらえたら、と考えています。
──シルヴィー・オハヨン監督とのお仕事で、印象的だった部分があればお伺いできますか?
まず、私はいつも声に出して読み合わせをすることを、必ず監督に頼むんです。オハヨン監督は、指導するのがお好きな方で(笑)、あまりにも自信を持って発言されるので、意見が違う部分に関してはきちんとお伝えして、映画のために一番良い方に持っていけるように議論しました。それによって、信頼を築き上げられて、お互いにいい仕事ができたなと思っています。
──リナ・クードリとの共演はいかがでした?
彼女とは、本当に素晴らしい関係を築くことができました。すぐにコミュニケーションが取れましたし、一緒に仕事をする上で、一種の共犯関係を結べたような喜びがあって。私自身、共演できてすごく楽しかったですし、多分彼女もそう思ってくれているんじゃないかなと思います。本当に素晴らしい出会いだったので、またいつか共演したいですね。
──あなたが演じたエステルもただ優しい先輩というわけではなく、怒ったり、罵倒したりします。若い世代をエンパワーしてくれる先輩たちが、決してパーフェクトではなく、人間らしい複雑さのあるキャラクターとして描かれていたのはリアリティがあるなと思いました。
私もバレエ学校で規律を学んで、素晴らしいレッスンを受けていたましたが、先生方はすごく機嫌のいい日もあれば、すごく厳しいときもあり、ジェットコースターのように上下する機嫌に振り回されたものです。これはどんな仕事にも当てはまるでしょうけれど、そういうときは、自分自身が強い精神力と柔軟性を持つことに務めるのみなんですよね。でも、あまりにも嫌だなぁと思ったら、「その人は今、不幸せなんだな」と思うようにしたらいいんじゃないですかね。いつもいつも穏やかで機嫌がいい、という状態ではいられないのが人間ですから。
──本編では、仕事に子育てにと忙しい女性の生きづらさについても触れられていますが、ナタリーさんは母業と仕事をどのように取り組まれてきましたか?
多くの時間を仕事に打ち込む人もいれば、仕事が終わったらすぐ家に帰って子どもの面倒を見なきゃいけない人もいるように、人によって状況が違いますよね。子どもの有無、人数にもよりますし、どれくらいのお給料を稼いでいるかも関係してきます。私の場合は、俳優としてかなり特権的なキャリアを送ってきたと自覚しています。娘を育てるときにも助けてくれる人が周りにいました。でも、私が思うに、自分として開花できるような仕事を持てていることは、人生においてすごく大事なことなんじゃないかなと。なので、仕事とプライベートをどう両立させるかは気を配るべきだなと思います。
──さまざまな年齢の、出自も異なるスタッフと仕事をする映画の世界で演技を続けるうえで、一番のモチベーションとなることはなんでしょうか?
本当にさまざまな要素がありますよね。才能のある監督と一緒に仕事ができるのは素晴らしい経験ですし、かつシナリオもよければ言うことなし。やりたくないという気持ちが芽生える余地はありません。私はラッキーなことに、非常にクオリティの高い仕事をさせていただき、そういった作品を選ぶことができてきたんだなと思っています。
──最後に、素敵に歳を重ねられているナタリーさんが、指針としてきたことがあれば教えてください。
何をするにしても最大限の真摯な態度で取り組むこと。でも、時には嫌だなぁとか、したくないなと思う場面もありますよね。そう思ったら止めること。そうしないと、幸せではなくなってしまう。私自身も、そういうふうに生きてきました。ですから、これまでヒットするだろうとか、お金のためにという理由で作品を選んだことはありません。それが私にとっての指針で、この人と仕事したい、この役柄を演じたいというものを選択してこられたことは、すごく贅沢なことだとも自負しています。
──真摯な態度で、心から求めるものを選んでいくということですね。
そう。仕事も恋愛と一緒だと思うんです。好き放題して何にも考えないで受け身でいてはダメ。できるだけ誠実に、相手のことも考えながら自分の行動を選んでいくことが大事なんじゃないでしょうか。
『オートクチュール』
ディオールのオートクチュール部門のアトリエ責任者であるエステルは、次のコレクションを終えたら退職することが決まっていた。準備に追われていたある朝、地下鉄でひったくりに遭う。犯人は、郊外の団地に過干渉な母と暮らす、移民2世のジャド。ある日、ジェドはエステルのもとにハンドバッグを返しに来る。警察に突き出すこともできたが、エステルは見習いとしてジェドをアトリエに迎え入れる。時に反発しながらも、美の真髄を追い求め濃密な時間を過ごす二人だったが、ある朝エステルが倒れてしまう……。
監督・脚本: シルビー・オハヨン
出演: ナタリー・バイ、リナ・クードリ、パスカル・アルビロ、クロード・ペロン、クロチルド・クロー
配給: クロックワークス、アルバトロス・フィルム
3月25日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国公開。
© PHOTO DE ROGER DO MINH
🗣️

Natalie Baye
1948年、フランス生まれ。父親は画家。失語症のため14才で学校を中退し、モナコのダンススクールに入学。17才でニューヨークへ渡り、ロシアバレエの修行を積む。帰国後、コンセルヴァトワールで演技を学ぶ。フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、モーリス・ピアラなど偉大な監督たちの作品に出演、セザール賞を始め受賞多数。90年代以降は『アメリカン・ビューティ』(99)や『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(02)などハリウッド作品に抜擢され、その後も『わたしはロランス』(12)、『たかが世界の終わり』(16)にオファーされるなど第一線で活躍を続けている。2015年にはフランスの大ヒットドラマシリーズ『エージェント物語』で娘ローラ・スメットと初共演、その後『田園の守り人たち』(17)で映画初共演を果たす。
Text&Edit: Tomoko Ogawa