70代の女性カップルのラブストーリー『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』。南フランスの静かな町で、人知れず愛を育んできたカップルのうち一人が病に倒れてしまい……。何もかも失って初めて、一番大切なものが分かる。そんな究極の愛の物語を紡ぎ上げたのは、新鋭のフィリッポ・メネゲッティ監督です。長編監督デビュー作となるこの映画で、主人公たちが自分を肯定するまでの道のりを描きたかったと話します。
映画『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』監督にインタビュー。70代女性カップルが「感情に逆らわず生きる姿を見せたい」
──アパルトマンの同じ階の隣人同士として暮らすニナとマドレーヌは、実は長年密かに愛し合ってきた70代の女性カップル。まるでティーンのように、無邪気にお互いを愛し合うさまが自然に描かれているのに驚きました。
そういう印象を持ってくれて嬉しいです。世間的には「年老いた」と言ってもいいほどの年齢設定ですが、歳を感じさせないようにしたいと思っていましたから。ステレオタイプな物語では、高齢のキャラクターが登場する場合、人生の終わり方がどうとかいう話題になりがちです。でも私が二人の姿を通して描きたかったのは、「生きている限りは、力強く生きる。そして、誰かを愛することもある」ということでした。
──ニナとマドレーヌを演じたのは、バルバラ・スコヴァとマルティーヌ・シュヴァリエです。バルバラ・スコヴァは近年ですと、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『ハンナ・アーレント』(12)で、実在のドイツ出身の哲学者、ハンナ・アーレントを知的でクールに演じていましたね。
バルバラは舞台で役者としてデビューしましたが、その後ドイツのインディペンデント映画をはじめ、各国の名作映画に出演してきました。フォン・トロッタ監督はもちろん、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督のミューズとしても有名ですよね。私は、役者の演技にはその人自身の内面や、それまでの人生が出ると考えています。ニナというキャラクターはバルバラ同様にドイツ出身で、ツアーガイドとして単身さまざまな国を回った末、南フランスの小さな町・モンペリエへやってきました。彼女のそういうところに、マドレーヌはいい意味でエキセントリックさを感じ、惹かれるわけです。
──一方のマルティーヌ・シュヴァリエは舞台役者として知られているそうですね。
フランスの名門国立劇場、コメディ・フランセーズの団員として、ほぼ舞台一筋でやってきた大女優です。舞台で培われた、表情や仕草だけで十分魅せる演技力が、マドレーヌ役に合いそうだと思いました。というのは物語の後半で、マドレーヌは病気で体の自由が利かず、言葉を話せなくなってしまうからです。バルバラもマルティーヌもエネルギーに満ち溢れていて、二人の間にどういう化学反応が起きるか楽しみでしたね。
──監督は本作を、恐怖から来る「自己検閲」についての映画だと話しています。そのテーマはマドレーヌに、顕著に反映されていたと思います。
マドレーヌが暮らしているのは小さな町ですし、子どもたちも近くに住んでいますから、よそ者のニナと違い、常に世間の目にさらされています。それに、私たちは成長する過程で、「(世間的に見て)何が正しいのか」ということを教え込まれますよね。つまり社会的な制約により、物事に対する見方が条件づけられていく。世間の目は自宅のドアを閉めればシャットアウトできますが、自分が自分に向ける目線からは24時間ずっと逃れることができません。こうした自己検閲で、マドレーヌは苦しんでいるんです。
──マドレーヌはなかなか二人の関係を家族にカミングアウトすることができず、ニナはいらだちを募らせますね。しかしマドレーヌが脳卒中で倒れるという悲劇が起きてから、物語は大きく動きます。
ニナは孤独に生きてきた分、当初はそれほど周囲の目を気にしていません。でも映画が進むにつれ、いわば二人の立場が入れ替わるというか、ニナもマドレーヌが抱えていた恐怖を感じ始めるんです。
──ニナはマドレーヌに会いたいがあまり、彼女の家族にバレないよう、夜中にこっそりマドレーヌの部屋に合鍵で忍び込み続けます。そういった瞬間に感じる恐怖を通して、マドレーヌの気持ちを理解していくんですね。
マドレーヌはというと、もともと自己検閲に怯えていたわけですが、最終的には自分を肯定できるようになります。皮肉にも病気で言葉を失ったせいで……、いえ、おかげで、と言いましょうか、かえってマドレーヌは解放されたんですよね。原題の『Deux』はフランス語で数字の2を意味しますが、二人の入れ替わりを指して、「対称」という意味合いも込めています。いわば鏡の中の自分を見るときのように、お互いに見つめ合い、感情を分かち合っていくイメージです。
──ニナとマドレーヌは共に型破りなキャラクターですが、特にニナはまるでやんちゃな少年のようですね。他人に「年寄りのレズビアンだからって何か問題ある?」と詰め寄ったり。マルティーヌが倒れてからは、彼女に表立って会えないフラストレーションから、車を壊したり、石を投げて窓を割ったり。ちょっと不謹慎かもしれないですが、そこにパンキッシュな魅力を感じました。
この映画では、ニナとマドレーヌが感情に逆らわずに生きる姿を見せたかったんです。二人がとった行動はすべて、たとえ一見過激なことや、観客が共感しづらいことでも、感情に従った結果です。たとえば、ニナがマドレーヌの介護士・ミュリエルにした仕打ちも、道徳的に正しいとは言えません。でもニナがなぜそんなことをしたのかというと、それは愛ゆえです。理由あっての行動だからこそ、観てくれる方の気持ちを引きつけるのではないかと思います。
──ミュリエルも一癖ある人物で、ただやられっぱなしではなく、ニナに一杯食わせますよね。
私はキャラクターの中に、犠牲者を作ってはならないと考えています。現実世界でも、誰にだって影の部分があるし、ときに悪いこともしますよね。この映画が人生そのもののようにあってほしいということが、一番の狙いでした。
──監督がこの映画を撮るきっかけは、学生時代に知り合った、二人のレズビアンの親友の存在だったそうですね。
10代の頃に彼女たちがいろいろな映画を教えてくれたおかげで、私はこの道への情熱を持てたんです。自分の人生におけるキーパーソンの二人へ、なんらかの形でオマージュになる映画を撮りたいと思っていました。ただこの映画はフィクションなので、二人が実際にニナとマドレーヌのように生活しているわけではありません。
もう一つ、この映画のヒントになったエピソードがあります。知り合いが住んでいるアパルトマンの上の階に、二人の70代になる未亡人の女性が暮らしていて。1フロアには2部屋しかないのですが、ドアを開け放ったまま生活していたそうなんです。恋人同士だからではなく、孤独感を解消するためでした。この二つのエピソードをコラージュしながら物語を作り上げました。
──親友のお二人から映画の感想はもらえましたか?
ええ。二人が観てくれただけでも感動的でしたが、「素晴らしかった」と絶賛してくれました。自分にとっても彼女たちにとっても、この映画を撮ることは正しい行いだったなと感じています。
『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』
南仏モンペリエを見渡すアパルトマン最上階、向かい合う互いの部屋を行き来して暮らす隣人同士のニナ(バルバラ・スコヴァ)とマドレーヌ(マルティーヌ・シュヴァリエ)は、実は長年密かに愛し合ってきた恋人同士。マドレーヌは不幸な結婚の末に夫が先立ち、子供たちも今は独立、家族との思い出の品や美しいインテリアに囲まれながら心地よく静かな引退生活を送っている。二人の望みはアパルトマンを売ったお金で共にローマに移住すること。だが子どもたちに真実を伝えられないまま、時間だけが過ぎていく。そして突如マドレーヌに訪れた悲劇により、二人はやがて家族や周囲を巻き込んで、究極の選択を迫られることになる……。
監督: フィリッポ・メネゲッティ
脚本: フィリッポ・メネゲッティ、マリソン・ボヴォラスミ
出演: バルバラ・スコヴァ、マルティーヌ・シュヴァリエ、レア・ドリュッケール、ミュリエル・ベネゼラフ、ジェローム・ヴァレンフラン
配給: ミモザフィルムズ
2019年/フランス=ルクセンブルク=ベルギー/フランス語/95分/カラー/2.39:1/5.1ch/原題:Deux
4/8(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
© PAPRIKA FILMS / TARANTULA / ARTÉMIS PRODUCTIONS – 2019
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Filippo Meneghetti
1980年、イタリア・パドヴァ出まれ。ニューヨークのインディーズ映画サーキットで初めて映画の仕事に携わる。映画学校を卒業し、ローマで人類学の学位を取得した後、ステファノ・ベッソーニ監督作『Imago Mortis』(09)の脚本の共同執筆を手掛けた。ファーストアシスタントとして数年間キャリアを積んだ後、短編映画『Undici』(11/ピエロ・トマセッリ共同監督)、『L’intruso』(12)を監督し、これらはイタリア国内外の映画祭で上映され賞に輝いている。2018年にフランスに拠点を移し、次の短編映画『La bête』を制作。本作は、2019年サウス・バイ・サウスウエスト映画祭のMidnight Shortsコンペティション部門で上映され、その他の国際映画祭でも上映されている。長編監督デビュー作となる『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』で、2021年セザール賞の新人監督賞に見事輝いた。
Text&Edit: Milli Kawaguchi