ミレニアル世代の男女4人がパリ13区で織りなす人間模様をモノクロームで描いた映画『パリ13区』。北米のグラフィック・ノベリスト、エイドリアン・トミネの短編「アンバー・スウィート」「キリング・アンド・ダイング」「バカンスはハワイへ」を原作に、『燃ゆる女の肖像』(19)のセリーヌ・シアマと気鋭レア・ミシウスを共同脚本に迎え、70歳の誕生日を目前に控える巨匠ジャック・オディアール監督が手がけた最新作だ。4人の登場人物を演じるのは、Instagramから発掘された新星ルーシー・チャン、若手注目俳優のマキタ・サンバ、『燃ゆる女の肖像』で若き画家を演じたノエミ・メルラン、そして、ミュージシャンとしても活動するジェニー・ベス。多様な魅力に溢れる役者たちと2ヵ月にわたるリハーサルを経て、大人になりきれない大人たちの現代の恋愛を浮き彫りにしたオディアール監督に話を聞いた。
巨匠ジャック・オディアールにインタビュー。セリーヌ・シアマらと共に映し出した、『パリ13区』の女性の視点。
©EponineMomenceau
──前回『ゴールデン・リバー』(18)は男らしい西部劇へのカウンターのような男性4人の物語でしたが、『パリ13区』は女性の視点の物語だなと感じました。それをふまえて、女性作家に脚本をお願いしたのでしょうか。
女性の視点の映画を撮るということもあって、無意識に女性の脚本家を求めていたということもなくはないかもしれませんが、それぞれの才能に惹かれてお願いしたというのが正直なところです。最初はこれまで一緒に仕事をしてきたトマ・ビデガンにお願いしようと思っていたところ、彼は別の作品に取り掛かってしまっていたんですよね。そこで、『燃ゆる女の肖像』の監督として知られるセリーヌ・シアマ、『アヴァ』(17年/未公開)を手がけたレア・ミシウスという監督として素晴らしい二人の女性脚本家と一緒に脚本をつくることになりました。
──本作に登場するエミリー、カミーユ、ノラ、アンバー・スウィートの4人は、30代前後の年代で、それぞれに人生が定まっていず、浮遊しているところにものすごくリアリティを感じました。
30歳前から35歳くらいまでの年齢って、それまで生きてきた人生を振り返り、その先の人生を見据えもする。これからどんなふうに生きていけばいいのかを誰もが自問自答するような時期ですよね。登場人物たちも、そういった現実社会から自分を切り離して、青春時代をちょっと延長して、長い迷いの中で生きている。まだ何に対しても責任を持ちたくないんですよね。そういった彼らも最後にはそれぞれに何らかの答えを見つけるわけなんですけど、そのさまよい、漂っているようなところを映し出したかったんです。
──2ヵ月にわたる準備期間では、キャストの方それぞれに、自発的にアイデアを出すことを求められたとか。
メインとなる4人の役者たちのバックグラウンドや経験値が全く違ったので、ひとつの作品を一緒に作るために、それぞれのレベルを合わせていく必要があり、念入りにリハーサルをし、シナリオの読み合わせや、振付師を交えたワークをしました。私から役者たちに伝えたのは、「当てられた登場人物に対して、きちんと責任を持つように」ということくらいです。自分が演じる人物とどのように対峙するのかの立ち位置を、それぞれが決めるようにと。そうすることで、私から言われたからではなく、それぞれの役者が自発的に役に関わっていくようになったのだと思います。
──特に、自然体で美しいセックスシーンは、役者たちがリラックスして行えるように徹底してリハーサルを重ねられたそうですね。
恋愛を扱っている限り、二人が距離を縮めるためのセックスを描くことを避けては通れなかったんですよね。私自身、監督として、目の前でセックスシーンを撮ることが居心地がいいと思うタイプではないんですけど、だからといって、ディズニー映画みたいに、王子様とキスしたら蝶々がひらひら舞うみたいなシーンを撮ったら私の映画ではなくなってしまうので(笑)。
──確かに(笑)。撮影までにどのようなプロセスを経たのでしょうか。
まずは、対話を通して、セックスシーンがストーリーを語るうえで必要なものであることを理解してもらい、それから体の動きを指導する振付師のステファニー・シェンヌと、台詞を指導するコーチを付けました。私が口出しするというよりは自主的につくりあげてほしいと思っていたので、二人の役者とコーチと共に練習をしてもらって。時々電話をして様子は聞きましたけどね。撮影当日に現場に行ってみると、役者たちは私が想像していた以上に役柄、立ち位置、演出の意図を理解していて、私は全く指示をする必要がなく、ただただ役者の動きを記録するように撮影をしたものが、あのセックスシーンです。
──エレクトロニックミュージシャンRONEのオリジナルサウンドトラックがモノクロの映像にモダンさと色鮮やかさをプラスしているように感じました。彼の起用はどうやって決まったのでしょうか?
最初のうちはシューベルトのピアノ・ソナタを想像していたのですが、実際合わせてみたらノスタルジックになりすぎてしまったんですよね(笑)。それで、この映画にはもっと現代的な音楽が必要だと思って。RONEが(LA)HORDEとローラン・プティ・マルセイユ・バレエ団とコラボレーションした作品「ROOM WITH A VIEW」が非常に印象的でしたし、彼が映画『La nuit venue』(19/未公開)で手がけた音楽が素晴らしかったのが決め手になり、オファーしました。
──本作は、マッチングアプリなどで簡単に人と出会うことはできても、愛を育むことは難しい、という現代の多くの人が抱える悩みにも触れていますが、監督自身は現代の出会いをどんなふうに見ているのでしょうか。
この映画をつくるうえで参考にした作品のひとつが、エリック・ロメール監督の『モード家の一夜』(69)でした。男女が一晩中、愛や誘惑、相手を魅了するための行為や会話について語り明かしながら、少しずつ距離を縮めていくのだけれど、身を委ねることはしないんですよね。私はその時代の人間なもので、出会ってすぐベッドインが成立してしまう現代の出会いや恋愛関係においても、愛の会話が成り立つのだろうか、という問いをこの映画で投げかけたかったんです。
──その問いに対しての答えは出たのでしょうか?
私は根がロマンティストなので、答えはイエスです(笑)。映画の中でも、本当の意味で結ばれて愛に辿り着くのは、パラドックスですけどオンライン上で出会った2人であることが描かれます。なので、現代の出会いにおいても、愛の会話は成立する、と私は信じています。
『パリ13区』
コールセンターでオペレーターとして働く台湾系フランス人のエミリーのもと、ルームシェアを希望するアフリカ系フランス人の高校教師カミーユが訪れる。同じ頃、法律を学ぶためソルボンヌ大学に復学したノラは、金髪ウィッグをかぶり、学生の企画するパーティーに参加した夜をきっかけに、元ポルノスターでカムガール(ウェブカメラを使ったセックスワーカー)の“アンバー・スウィート”本人と勘違いされ、学内中の冷やかしの対象となってしまう。
監督: ジャック:オディアール
原作: エイドリアン・トミネ
脚本: ジャック・オーディアール、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウス
音楽: ローン
出演: ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン、ジェニー・ベスほか
配給: ロングライド
2021年/105分/R18+/フランス
2022年4月22日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
(C)ShannaBesson (C)PAGE 114 – France 2 Cinema
Text&Edit: Tomoko Ogawa