1990年代生まれの川和田恵真監督と、2000年代生まれの嵐莉菜さん。お互いにこれが商業長編作デビューというフレッシュなコンビで臨んだのが、新作映画『マイスモールランド』。日本の難民政策の問題に切り込む骨太さと、感情を丁寧に拾うエモーショナルな物語性を合わせ持った1作です。ともに在日クルド人の少女の物語を自分ごととしてとらえ、初めての映画に誠実に向き合った日々について聞きました。
映画『マイスモールランド』川和田恵真[監督]×嵐莉菜[主演]インタビュー。「いろんなルーツの人を心に思いながら作りました」
──この映画は、嵐さん演じる在日クルド人(※1)の高校生・サーリャの物語です。父・妹・弟との4人暮らしで、幼い頃から日本・埼玉で生活してきました。在日クルドというテーマを映画にしたのには、どういうきっかけがあったんでしょうか?
川和田 明確な瞬間があったというより、時間をかけてどうにか成立を目指したという感じでした。自分が今知りたいことですし、伝えたいことだなと。私が映画を作るモチベーションは、「世界を知りたい」ということにあります。
※1 「在日クルド人」:クルド人は、中東に住む山岳民族。かつてオスマン帝国の領内に居住区があったが、第一世界大戦でオスマン帝国が敗れると、居住区がトルコ・イラン・シリアなどに分断され、事実上「祖国」を失う。以来、トルコやイラクでは分離独立を求め、政府との間で武力闘争が発生。一方で各国に逃れたクルド人も多く、日本では川口市など埼玉県南部にコミュニティがある。しかしながら、在日クルド人の難民申請はとりわけ認定されづらいという。
──2015年頃、イスラム過激派組織・IS関連のニュースを通じてクルドに興味を持ったそうですね。当時、シリアでクルド人勢力がISと戦っているとして注目されていました。
川和田 はい。そこからスタートして、日本で難民申請をして暮らすクルド人がいることを知って。逃れてきた日本でも居場所を求めて苦しい思いをしていることに衝撃を受けました。
──日本にもクルド人が少なからずいると知り、その過程で少しずつ映画にしたいと。
川和田 自分自身もミックスルーツで、「自分の国ってどこなんだろう」「自分って何人なんだろう」という疑問は幼い頃から、大きくなったり小さくなったりしながら心の中にずっとありました。(政治的事情から国を持たない)クルドと出合ったときに、あくまで私の視点ですけど、何か通じるものを感じたんです。私というフィルターを1枚通すことで、フィクションとして伝えられることがあるんじゃないかなと考えるようになりました。
──劇中でサーリャと家族は、難民申請が不認定になり、「仮放免」という状態に陥りますね(※2)。仮放免中は「仕事をしてはいけない」「居住する都道府県から許可なく出られない」など、厳しく自由を制限されます。嵐さんはサーリャを演じるにあたり、どんなリサーチを?
嵐 オーディションのお話を聞いて、まずクルドについてネットで調べました。撮影前のワークショップではクルドの文化に触れる機会をいただいて、その中で難民申請中のクルド人の女の子にも会いました。その子といろんなお話をしたんです。何気ない趣味のことから、今どんな不自由な生活をしているかまで。胸が苦しくなるような話もあり、ネットでは分からない実情を知るきっかけになりました。
──ネットや本で調べる以上に、同年代の当事者の子と話したほうが、より入ってくるものが多かったと。
嵐 脚本に書かれていたことが実際にあるんだと知って。事前に調べたときは脳に入ってきたのが、その子からお話を聞いて全身で感じられたというか。サーリャが仮放免になったことで大学の推薦を取れなかったと分かるシーンや、埼玉と東京の間にある橋を自転車で渡るときに一旦止まって、でも「行こう」と漕ぎ出すシーンは、お聞きした話を思い出しながら演じました。
※2 「難民申請が不認定になり、仮放免に陥る」:「仮放免」とは、外国籍の非正規滞在者が出入国在留管理庁(※略称・入管)への収容を一旦解除される措置のこと。現在の日本では、外国人がたとえ政治的な理由から日本に逃れてきたとしても、難民申請中を除き、難民認定されない限りは仮放免でいるか入管に収容されるかの二つに一つ。近年の日本の難民認定率はわずか1%にも満たず、この状況を非人道的だと疑問視する声も少なくない。
──主人公が女性なのは、川和田監督が在日クルド人についてリサーチする中で、何かジェンダー的な問題を見出したということでしょうか?
川和田 はい、ジェンダー的観点から思うところがありました。在日クルド人は、男性は解体の仕事に就くことができている。ただ女性の場合、解体の仕事は難しいので家にいるしかない。となると、結婚して主婦になるしかなくて、(高校生の)莉菜さんと変わらないような歳の子も結婚しています。
──劇中にも、お父さんがサーリャをいずれ仕事仲間のクルド人の青年と結婚させたいとほのめかし、ムッとしたサーリャがその場を立ち去るシーンがありました。
川和田 本人が望んで選択していればいいと思うのですが、そもそもそれ以外の選択肢がない中での結婚になっている。同じ日本で暮らしていて、私たちにはあらゆる選択肢が広がっているのに比べ、彼らはどうしてこんなにも選択肢を狭められてしまうんだろうと疑問に思って。
──あと印象的だったのが、サーリャが洗面所の鏡を見ながら、ヘアアイロンで髪をストレートにする姿です。でも物語を通じて、ウェーブがかったナチュラルな髪になっていきますよね。
川和田 すごくよく観ていただいて(笑)。当初、サーリャは自分と周りを比べ、他の子たちと一緒になりたいという意識があり、隠れてヘアアイロンをかけています。そうやってクルドらしくなくなることは、お父さんが望んでいないこと。みんなと一緒になりたいし、親への反抗心もあるんですけど、一方でお父さんを悲しませたくはないという、そのはざまにいる子なんです。でも徐々にそんなことにとらわれている余裕がなくなり、彼女本来の姿になっていくんだと考えていました。
──皮肉にも余裕がなくなったときに、ありのままの姿になっていくんですね。サーリャの悩みには自身の経験も反映されていますか?
川和田 私は父の言語を話せないんです。それはやっぱり反抗心があったからで。みんなと一緒になりたいから、お父さんには教えてもらいたくない!みたいな感じ。今思うと父にひどいことをしたし(笑)、もったいないなとも思いますけど、そのときの自分にとっては必然だったというか。サーリャにとってもそのときどきで必然である描写を考えました。
──洗面所はヘアアイロンのシーンだけでなく、ラストシーンに至るまで何度も登場する象徴的な場所ですよね。それらのシーンを通して、サーリャの変化が如実に伝わります。
川和田 莉菜さんのまなざしには力があるので、大事に演出しなければと思っていて。洗面所のシーン一つ取っても、最初の不安げな様子から、最後の意志を持つまでの変化は制作当初から考えていました。
嵐 映画が進むにつれて、サーリャは感情を表に出すようになっていきます。中盤、洗面所の鏡の前でリップを塗るシーンでは、好きな人(※奥平大兼演じる、サーリャがバイト先で知り合う聡太)に会いに行くのでワクワクしながらも、それをお父さんに見られて「どうしよう」という戸惑い。それからラストシーンでは、ある決心をする。どのシーンも、自分だったらどういう感情になるかを監督とお話しした上で演じました。
──お二人でディスカッションを重ねたんですね。
川和田 本番前の段取りで一度リハーサルをしてから、そこで莉菜さんが感じたことを話し合うのにかなり時間をかけました。ちょっとした動きやセリフの言い回しを「ああ、こっちもいいかもね」なんて言いながら、いろいろ試して。本当に一緒に作っていったというか。
──だからか、フィクションとドキュメンタリーの間のような感じもありますよね。
川和田 莉菜さんがサーリャとして感じたことを大事にしたかったので。私もデビュー作だし、莉菜さんも初めての映画。だからこそできたことかなと思います。ちなみに、サーリャはもっと反抗的な子にするつもりだったんです。でも莉菜さんが妹や弟と接する様子を見て、お姉さんとしてバランスを取るタイプなんだなと思って(※サーリャの家族役は、実際に嵐さんの家族が演じている)。その印象を役にも反映させました。
嵐 (少し恥ずかしそうに)途中からは、自分が“サーリャに入り込んでいる”ような感覚があって。本番前に「私がサーリャだったらこうすると思います」と、感じたことを監督にお伝えする時間を設けてくださったことが、演技につながった気がします。
──役に入り込んで、精神的に辛い瞬間ってなかったですか?
嵐 入管のシーンは辛かったです。オーディションのために、最初に台本を読んだときから涙してしまって。本番では、私の実の父がお父さん役を演じたせいもあるかもしれないですけど、もし自分の身に起きたらと想像して、感情がすごく出ました。あとはコンビニでのバイト中、レジでおばあさんのお客さんに何気ない言葉をかけられるシーン。
──「日本語がお上手ね」と。もちろんおばあさんに悪気はないんですが、サーリャが幼い頃から日本で育ってきた可能性にまったく想像が及んでいないという……。
嵐 あのシーンは、ミックスルーツがある人みんなが絶対に経験することで。メンタル的に辛いとかではないんですけど、私自身も経験したことがあったので、そう言われたときの感情は出しやすかったなと思います。とにかく、自分のことのように演じていました。
──撮影監督は『ドライブ・マイ・カー』(21)も手掛けた四宮秀俊さんです。川和田監督はカメラワークについてどういう話をしましたか?
川和田 私からお伝えしたのは、「主人公を見続ける映画にしたい」ということです。それに対して四宮さんは、「お邪魔させてもらっている感覚で撮っていこうと思う」とおっしゃって。「在日クルド人の生活が先にあって、そこに自分はいさせてもらっている。そういう感覚で考えてみたい」と提案していただきました。
──すごく面白いですね。嵐さんは『ViVi』の専属モデルなのでフォトシューティングは慣れていると思いますが、映画初出演の今回、四宮さんとの撮影はどうでしたか?
嵐 撮影前は「映像の世界のカメラマンさんってどんな方なんだろう」とドキドキしていました。でも四宮さんにお会いしたら、みんなを笑わせて場を盛り上げてくださる方で、もちろん本番では切り替えて集中されるんですけど。完成した作品を観たときに、「こんなに綺麗に撮れていたんだ!」とか、「あのカメラワークでこう映るんだ!」とか、もうびっくりしました。
川和田 端正で美しい光の中の絵なんですけど、一方ですごくエモーショナルで力強い。
嵐 引き込まれました。とりこになりました(笑)。
川和田 みなさんとの出会いによって、この映画はとても大事なものになりました。サーリャというキャラクターには、私だけじゃなく莉菜さんだったり、クルド人の少女や少年だったり、オーディションで会ったミックスルーツの方たちだったり、みなさんの感覚を自分なりに落とし込んだつもりです。いろんなルーツの人のことを心に思いながら作りました。
『マイスモールランド』
17歳のサーリャ(嵐莉菜)は、生活していた地を逃れて来日した家族とともに、幼い頃から日本で育ったクルド人。数年前に母が亡くなり、現在は父・妹・弟との4人暮らし。埼玉の高校に通い、親友と呼べる友だちもいる。夢は学校の先生になることだ。進学のため家族に内緒で始めたバイト先で、サーリャは東京の高校に通う聡太(奥平大兼)と出会い、やがて初めて自分の生い立ちを打ち明ける。そんなある日、サーリャたち家族に難民申請が不認定となった知らせが入る。さらに追い打ちをかけるように、父が入管の施設に収容されてしまい……。
監督・脚本: 川和田恵真
出演: 嵐莉菜、奥平大兼、平泉成、藤井隆、池脇千鶴、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデー、韓英恵、サヘル・ローズ
主題歌: ROTH BART BARON「N e w M o r n i n g」
配給: バンダイナムコアーツ
2022 年/日本/114分/5.1ch/アメリカンビスタ/カラー/デジタル
5月6日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
©2022「マイスモールランド」製作委員会
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川和田恵真
1991年生まれ、千葉県出身。イギリス人の父親と日本人の母親を持つ。早稲田大学在学中に制作した映画『circle』が、東京学生映画祭で準グランプリを受賞。2014年に「分福」に所属し、是枝裕和監督の作品等で監督助手を務める。2018年の第23回釜山国際映画祭「ASIAN PROJECT MARKET (APM)」で、アルテ国際賞(ARTE International Prize)を受賞。また2022年、商業長編映画デビューとなる本作で、第72回ベルリン国際映画祭のアムネスティ国際映画賞のスペシャルメンションを受賞。
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嵐莉菜
2004年生まれ、埼玉県出身。「ミスiD 2020」でグランプリ&ViVi賞のW受賞。2020年より『ViVi』で専属モデルとして活躍中。日本とドイツにルーツを持つ母親とイラン、イラク、ロシアのミックスで日本国籍を取得している父親がいる。本作が映画初出演にして初主演となる。
Photo: Kaori Ouchi Stylist: Rina Uchida (Lina Arashi) Hair&Makeup: Tsukushi Tomita (TRON / Lina Arashi) Text&Edit: Milli Kawaguchi