等身大の人間ドラマから抱腹絶倒のコメディまで、35年に及ぶキャリアで幅広い役を演じてきた阿部寛さんが、日本人で初めて、ニューヨーク・アジアン映画祭の「スター・アジア賞」を受賞しました。最新主演作『異動辞令は音楽隊!』では、50歳を過ぎて新しい世界に挑戦する主人公に、自身が重なって見えたと話す阿部さん。7月末、共に映画祭に参加していた内田英治監督も同席する中、現地のニューヨークからその想いを聞きました。
阿部寛さんがNYで日本人初の賞獲得! 現地インタビュー「30代の頃のように、どんな役にも貪欲に挑みたい」

──過去にイ・ビョンホンさんやカン・ドンウォンさんら、名だたる俳優陣が受賞したスター・アジア賞ですが、日本人が受賞するのは阿部さんが初めてですね。おめでとうございます! 映画祭自体も20周年を迎えた上、観客を100%入れての開催がコロナ禍以降初めてとなり、大変な盛り上がりだと伺いました。
阿部: はい。時間が限られているので、あまり多くの方と話すことはできていないんですけど、“人物見物”はたくさんしました(笑)。
──人物見物ですか?
阿部: 日本はまだみんなマスクをしている状態で、周りの人の表情はほとんど見えないんですけど、こっちに来るとみんなマスクをしてないので、ずっと人を観察している自分に気付いて。
──英語で話された受賞スピーチでも、「みなさんの顔が見られて、今ものすごく幸せに思っています」とおっしゃっていましたね。
阿部: 映画祭のお客さんも含め、会う方会う方みなさん表情が豊かで、いい意味でキャラクターが濃いので、街を歩いてるだけでも楽しくて仕方ないんです。早く日本でもマスクをはずせる日が来るといいなと思いましたね。仕事柄かもしれないですけど、人の表情が見えるということは、すごく大事だなと感じました。
──ニューヨーク滞在中はお忙しいと思うのですが、行きたい場所や楽しみにされていることはありましたか?
阿部: 美術館に行きたいんですけど、なかなか時間がなさそうですね。
内田: でも今日、路上で有名な絵を見ましたよね。
阿部: あぁ、バンクシーの絵! 壁に描かれててね。TVロケをした場所がその近くだったので、見られました。
──映画祭では、『異動辞令は音楽隊!』の上映チケットも完売となり、当日券に並ぶ観客の姿も多く見られたそうですね。今作で演じられた成瀬司は、刑事として“犯罪捜査一筋30年”というキャリアから一転、“警察音楽隊”へ異動になるという役どころでした。阿部さんとほぼ同世代の人物でしたが、どのように映りましたか?
阿部: 人間って、何か一つのことに一生懸命になるあまり、周りが見えなくなってしまうこともありますよね。成瀬はずっと刑事畑にいたけど、高圧的な態度が今の時代に合わないという理由から、音楽隊への不本意な異動を命じられる。でもそこに携わる人たちの人生を知ることで、徐々に自分も変わっていく。人生は年齢によっていろんなステージがあるけど、いくつになっても人は新しいことができるんだという勇気を、この映画は与えてくれると思います。
──挑戦といえば、劇中ではドラム演奏に挑まれていましたね?
阿部: はい。僕はこれまで楽器自体にまったく触ったことがなかったので、成瀬と同じように大きな挑戦でした。苦手意識があったから、できたら避けたい役だったんですけど(笑)。でも、監督ご自身も楽器ができないとお聞きして。
内田: はい、全然できないです(笑)。
阿部: だから、(俳優陣の演奏シーンを演出することは)監督にとっても同じように挑戦になるんだなと。それが支えになったし、一緒に作っていくつもりでやりました。
──今回の成瀬もそうですが、ドラマ『結婚できない男』(06、19/CX)での皮肉屋だけどどこか憎めない建築家、映画『譲られなかった者たちへ』(21)での喪失感を抱えた刑事、『歩いても 歩いても』(08)での家族関係に悩む中年男性、さらに『テルマエ・ロマエ』(12)の古代ローマ人でさえ、阿部さんが演じられる役には「人生の積み重ね」が感じられ、その佇まいに説得力が生まれます。役作りにおいて心掛けられていることはありますか?
阿部: 実はそんなに深くは考えていないんです。ただ、本当にその人が一生懸命そこで生きているように見えて、観る人が共感できる瞬間があるといいなとは思っていて。コメディも、笑わせようとして笑わせるものは、僕はあまり好きじゃなくて。その役が一生懸命だから、観ていて顔がほころんだり、ポロッと涙したりしてもらえるんじゃないかなと。
──あらゆる役を演じてこられた阿部さんですが、時代の移り変わりとともに、求められる男性像が変わってきたなと感じられることはありますか?
阿部: あぁ、なるほど。難しいですね……。何か強く意識してきたわけじゃないけど、多分、自分も知らないうちに、順応してきているんだろうなと思います。現場にいても、時代の流れを感じますから。若い世代の俳優さんと一緒にやっていると、自分の頃ともう全然違うんですよね。
──どういうところが違うんでしょうか?
阿部: 情報社会なので、いろんなことがすぐに見えるし、知ることができる。だから今の若い人たちはみんな、10代のうちから「いろんな役をやって自分の幅を広げよう」という意識が強くあるような気がします。同世代が意識の高い人たちばかりというのも、なかなか大変だろうなと思うんですけど(笑)。僕は、そういう役の幅みたいなことは、30代から意識し始めたことなので。
──2021年のインタビューで阿部さんは、「役者を続けていくためには、30代の頃のような仕事の仕方に戻って、がむしゃらにやるのがいいと思っている」とおっしゃっていましたよね?
阿部: 年齢が高くなるほど、「こういう役じゃないと阿部さんが困るんじゃないか」とか思われやすいんですよ(笑)。だけど、僕自身は「どんな役でもやりたい」という貪欲さがあるんです。だから、「こんな役をお願いしたら断られるんじゃないか」とか、まったく気にしないでほしいんです。そういう意味でも、今回の役は嬉しかったですし、完成した映画を観て「ここで泣けるのか」と自分で驚いたシーンもありました。挑戦した甲斐があったなと。
──今回のスター・アジア賞は、阿部さんが日本映画のみならず、日中合作映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』(17)や、マレーシア映画『夕霧花園』(19)などで活躍されてきたことも評価されての受賞だったとお聞きしています。阿部さんにとって、海外作品への出演はどのような刺激がありますか?
阿部: 海外は、撮影システムが日本と違ったりするから、すごく発見がありますね。
内田: 以前、タイ映画を観ていたら、阿部さんが出てきてびっくりしました(笑)。
阿部: あ、『チョコレート・ファイター』(08)ですね(笑)。国は違えど、向いている方向はみんな一緒なので、撮影現場でも“言葉を超えた言語”というか、そういう共通の思いが感じられるのも安心するんです。今回の映画祭のように、海外でお客さんの反応を見るのも楽しみですし。
──まさに取材中の今、『異動辞令は音楽隊!』が映画祭で上映中なのですよね……!
阿部: そうなんです。監督が冒頭の10分くらい、お客さんの横で一緒に観てきたんですけど、みんなとにかくよく笑っていたと。映画をすごく楽しみに来ているのが伝わるんですよね。僕も、いつかお客さんの横で最後まで観てみたいですね。
『異動辞令は音楽隊!』
犯罪撲滅に人生のすべてを捧げてきた鬼刑事・成瀬司(阿部寛)。だが、コンプライアンスが重視される今の時代に、違法すれすれの捜査や組織を乱す個人プレイ、上層部への反発や部下への高圧的なふるまいで、周囲から完全に浮いていた。ついに組織としても看過できず、上司が成瀬に命じた異動先は、まさかの警察音楽隊! しかも小学生の頃に町内会で和太鼓を演奏していたというだけで、ドラム奏者に任命される。50代でキャリアチェンジを余儀なくされた成瀬の運命やいかに!?
原案・脚本・監督: 内田英治
出演: 阿部寛、清野菜名、磯村勇斗、高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、見上愛、岡部たかし、渋川清彦、酒向芳、六平直政、光石研、倍賞美津子
配給: ギャガ
8月26日(金)全国公開
©2022『異動辞令は音楽隊!』製作委員会
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阿部寛
1964年生まれ、神奈川県出身。『テルマエ・ロマエ』(12)で第36回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞。第38回日本アカデミー賞では『ふしぎな岬の物語』(14)で優秀主演男優賞、『柘榴坂の仇討』(14)で優秀助演男優賞をダブル受賞。『護られなかった者たちへ』(21)で第45回日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞。TVドラマ『結婚できない男』(06、19/CX)、『新参者』(10/TBS)、『下町ロケット』(15、18/TBS)、『ドラゴン桜』(05、21/TBS)、『DCU』(22/TBS)などで主演を務める。その他の映画出演作は、『トリック 劇場版シリーズ』(02~14)、『歩いても 歩いても』(08)、『麒麟の翼』(12)、『テルマエ・ロマエⅡ』(14)、『海よりもまだ深く』(16)、『祈りの幕が下りる時』(18)、『HOKUSAI』(21)、『とんび』(22)、外国映画では、チェン・カイコー監督の日中合作『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』(17)、マレーシア映画でトム・リン監督の『夕霧花園』(19)など多数。
Text: Tomoe Adachi Edit: Milli Kawaguchi