躍進中のタイエンタメ界において、バズ・プーンピリヤ監督は一際見過ごせない存在です。前作『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)は、アジア全域で異例の大ヒットを記録。これを観た名匠ウォン・カーウァイ監督から「一緒に映画を作ろう」とラブコールがかかり、出来たのが最新作『プアン/友だちと呼ばせて』。親友同士の若者が現在と過去、タイとニューヨークをまたいで人生を辿る、壮大なロードムービーです。実は心に残るラストは、バズ監督とウォン監督、新旧の才能が影響し合って生まれたそうです。
映画『プアン/友だちと呼ばせて』バズ・プーンピリヤ監督にインタビュー。ウォン・カーウァイがラストの撮り直しを求めた理由
──劇中には、車のタイヤ、カセットテープ、バンコクのロータリーなど、ぐるぐる回るモチーフが多く登場しますね。人生の比喩のようにも感じました。
そのとおりです。それらは撮影監督(パークラオ・ジラアンクーンクン)が考えたビジュアルだったんですが、「回る」というモチーフ自体は「人生は完全な円(Full Circle)だ」という自分自身の考えに基づいています。
──「人生が完全な円」というのは、もう少し具体的に言葉にすると?
つまり、人生というのはどこで始まったとしても、1周して原点に戻ってきて終わるんだというふうに考えているんです。その過程で、必ずしも望みがすべて満たされるとは限らないんですけどね。少し説明が難しいんですが、自分はずっとそう考えているし、実際にそう感じています。例えば、自分が知らず知らずのうちに両親とそっくりになってきたこととか。
──この映画の主人公は、余命間もない若者ウード(アイス・ナッタラット)と、その友だちでNYにてバーを営んでいるボス(トー・タナポップ)です。共同脚本のノタポン・ブンプラコーブさんのインスタグラムで知ったのですが、ボスのファーストネームは太陽を意味し、ウードの苗字は月に関係しているそうですね。
彼らは背景も社会階級も全く違いますよね。そんな二人があるいっときを共に過ごすことを、月と太陽が出合う瞬間になぞらえました。その瞬間から、物事が一気に動き出すんです。
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──二人の出会いはNYです。それから数年ぶりに、死を目前にしたウードはボスに連絡し、タイ各地の元カノたちを訪ねる旅の運転手を頼む、と。二人の宿命的な出会いを日食になぞらえたんですね。
映画作りの面白さはまずストーリーテリングにありますが、それ以外にも映画の中に隠しておいたアイデアに観客が気づいてくれると、映画製作者としてはまるでボーナスをもらったような嬉しい気持ちになります。
──他にも隠された秘密はありますか?
たくさんあるので全部挙げるとなると時間がかかっちゃうんですけど(笑)、人の名前だったり、場所だったり、カクテルのレシピだったりは、各キャラクターに潜んでいるテーマにちなんでいる場合が多いです。あとほら、(手元にあった映画のフライヤーを見せながら)ここにも写っている、ボスとウードが乗り回すヴィンテージのBMVのナンバープレートに、タイ語のアルファベットが2文字ありますよね。英語では「WK」と書いてあって、「ウォック」って読むんですけど、タイ語で「戻る(Return)」っていう意味なんです。
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──じゃあやっぱり「ぐるっと1周して戻ってくる」みたいなモチーフが全体に敷き詰められているということですよね。
人生は常にまっすぐに進んでいるものですが、ときにはウードのように過去の出会いを振り返ったり、原点に戻らざるをえないこともあると思うんですよね。
──ウードはモデル出身のアイス・ナッタラットさんが、ボスは人気者のトー・タナポップさんが熱演していました。それぞれキャスティングの理由を教えてください。
オーディションにはかなりの時間をかけました。タイのあの世代の役者、ほぼ全員に会ったと言ってもいいかもしれません。まずアイスから選びました。もともと彼のことは頭になかったんですが、オーディションで演技を2テイク見せてもらったら、想像以上にウードを体現してくれているなと思って。続けてボス役を選ぶ上では、アイスと化学反応が生まれそうな役者がいいなと思っていて、トーはまさにそういうタイプ。いかにも魅力的な若者でありながら、繊細さも持ち合わせている感じがボスにぴったりだと思いました。
──二人が訪ね歩く元カノたちにも惹きつけられました。彼女たちのストーリーは、NYが舞台の回想パートと、タイが舞台の現代パートと、二つの時間軸を行き来する形で描かれますね。
元カノたちはそれぞれ自分をしっかり持っていて、キャラクターが際立っていますよね。言うなれば、ウードとボスと観客は、彼女たち一人一人の世界を訪れて観察するゲストみたいな立場なんです。私は前作の『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)然り、映画を撮るときはいつも最初に世界観を固めて、アートディレクションや照明など、撮影の全体像を厳密に決めておきます。でも今回は例外的にほとんど即興で、それぞれのキャラクターの感情に呼応するように撮影しているんです。
──ダンサーのアリス(プローイ・ホーワン)、役者のヌーナー(オークベープ・チュティモン)、写真家のルン(ヌン・シラパン)、バーテンダーのプリム(ヴィオーレト・ウォーティア)と、4人とも何か夢がある女性たちでした。
ユニークな個性を持った元カノたちということで、役作りに関しては、役者を信用して任せた部分が大きいです。特にヘアメイクや衣装は、役者が脚本を読んで考えてきて、私にいろいろ提案してくれました。女優陣には感謝しかないです。
──じゃあNYパートのアリスの真っ赤なヘアカラーも?
そうなんです。ある日アリス役のプローイさんがスマホで、髪を赤く染めていたときの写真を見せてくれて、「アリスはこの色がいいんじゃない?」って。その瞬間に「ああこれだ」と思いました。自分ではとても思いつかないので、役者の解釈はすごいなと。
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──ヌーナーを演じたのは、前作『バッド・ジーニアス』主演のオークベープ・チュティモンさんですね。
今回も出てくれて本当にありがたかったです。なぜかというと、ヌーナー役は助演ですよね。彼女は『バッド・ジーニアス』をきっかけにすっかり有名になって、今や国内外からたくさんの出演オファーを受ける立場なんです。そんな中で、私の映画だったら「どんな役でも引き受けます」と言ってくれて。実はもともと別の役のオーディションに参加してくれたんですが、背筋がスッと伸びた感じがヌーナーにぴったりだと思ってお願いしました。
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──彼女が主演作『ハッピー・オールド・イヤー』(19)などで経験を積んだ上での再タッグはいかがでしたか?
『バッド・ジーニアス』のときは、彼女にとって初の長編映画だったので、「新人としてこれから学んでいくんだろうな」という感じでした。それからたった3〜4年しか経っていないのに、演技が格段にうまくなっていて驚きましたね。正真正銘プロの役者になったなと。
──先ほど話していたように、前作とは演出の仕方が全然違ったと思います。その点でもオークベープさんは堂々としていましたか?
ええ。役を演じるにあたり、今のオークベープさん自身の愛に対する気持ちを取り入れてくれました。『バッド・ジーニアス』のときはまだ若くて恋愛経験は少なかったと思うんですが、それから恋に落ちたり、別れを経験したり、そういう記憶を掘り起こして役に反映してくれたんです。……こんなことを話していると、なんだかまるで自分が父親になったような気分です。オトウサン(笑)。
──(笑)。最後にもしよかったら聞きたいのが、ボスを演じたトーさんのインタビューによれば、一度撮影が完了した後で、本作の製作総指揮を務めたウォン・カーウァイ監督から撮り直しを求められたシーンがあるとのことですね?
別に内緒じゃないので全然話せますよ(笑)。最後のほうで、ボスの母親(ラター・ポーガーム)がNYにある彼のバーを営業中に訪ね、ウードがボス宛の音声メッセージを残したスマホを渡すシーンのことです。そのラッシュを観たウォン・カーウァイさんから「フィーリングがちょっと違うと思う」と言われました。演技は全く問題なかったんですが……。
──では「フィーリングが違う」というのは、どういう部分だったんでしょう?
脚本上では、ボスと母親は閉店後のバーで二人きりで話すことになっていて、そういうふうに撮ったんです。でもウォンさんに言わせれば、「それだとストーリーが完結しすぎてしまう」と。この親子にはお互いに葛藤があり、二人きりで話すとすべてが明確になってしまう。でも開店中のバーなら周りに人がたくさんいて、その場で気持ちを100%は伝えきれないから、どこか余韻が残りますよね。たしかにそのほうが、かえって二人の関係性がエモーショナルに映るし、母親の「ごめん」というセリフも意味を持つなと納得しました。グッといい作品になったなと感じています。
『プアン/友だちと呼ばせて』
NYでバーを経営するボスのもとに、タイで暮らすウードから数年ぶりに電話が入る。白血病で余命宣告を受けたので、最期の頼みを聞いてほしいというのだ。バンコクに駆けつけたボスが頼まれたのは、元カノたちを訪ねる旅の運転手。カーステレオのカセットテープから流れる思い出の曲が、二人がまだ親友だった頃の記憶を呼びさます。 かつて輝いていた恋への心残りに決着をつけ、ボスのオリジナルカクテルで、この旅を仕上げるはずだった。だが、ウードがボスの過去も未来も書き換える〈ある秘密〉を打ち明ける──。
監督: バズ・プーンピリヤ『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』
製作総指揮: ウォン・カーウァイ『花様年華』『恋する惑星』
脚本: バズ・プーンピリヤ、ノタポン・ブンプラコープ、ブァンソイ・アックソーンサワーン
出演: トー・タナポップ、アイス・ナッタラット、プローイ・ホーワン、ヌン・シラパン、ヴィオーレット・ウォーティア、オークベープ・チュティモン
配給: ギャガ
2021年/タイ/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/129分/原題:One For The Road
全国にて大好評公開中!
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バズ・プーンピリヤ
1981年、タイ・バンコク生まれ。シーナカリンウィロート大学の芸術学部で舞台演出を学び、修士号を取得。テレビ広告業界で働いた後、ニューヨークに渡り、プラット・インスティテュートでグラフィックデザインを学ぶ。2011年にタイに戻り、MVの監督を務めた後、2012年に初の長編映画であるホラー・スリラー『COUNTDOWN』(未)を監督。その後、2作目の『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)が、アジア全域で大ヒット。本作は第27回スパンナホン賞(タイのアカデミー賞)で12部門を受賞し、2017年のタイ映画で最高の興行収入を記録した。また、中国を含むアジア数カ国のタイ映画の興行収入記録を更新し、3,000万ドル以上を稼ぎ出し、国際市場においてタイ映画史上最も成功を収めた作品となった。これからの世界的な活躍がますます期待される俊英監督である。
Photo: Yuka Uesawa Text&Edit: Milli Kawaguchi