俳優志望の男が、自販機の下に落ちていた1枚の航空券を拾ったことをきっかけに、夢も恋もつかんでいく。個性派俳優・松尾諭さんの、波瀾万丈な半生をもとにつづった自伝“風”エッセイ『拾われた男』が、豪華キャストを迎えて待望のドラマ化! ウソのような強運と縁に恵まれ、持ち前の人を惹きつける魅力で、人生を切り拓いてきた松尾さん。限られたインタビュー時間でも、その愛すべき人間力が存分に伝わってきました。
ドラマ『拾われた男』原作者・松尾諭。人見知りの自分が縁に導かれたわけ「僕は多分がめついんです」
──役者の方が原作者になるというのは、普通あまりない経験だと思うのですが、ご自身の半生がドラマになるということも含めて、『拾われた男』をどう観ていますか?
「自分の役を演じてもらってるのを見て、気恥ずかしくなったりしない?」とよく聞かれるんですけど、それは全然ないんです。(仲野)太賀くんが僕的な役を、「松戸諭」として演じてくれていて、“太賀くんが面白いドラマの主人公を演じている”という感覚で、純粋に楽しみながら観ています。冒頭に、僕が本人役でちょこっと出てる回もあるんですけど、あれが一番気持ち悪いですね(笑)。
──仲野さんとは、撮影前に打ち合わせなどしましたか?
一緒にご飯を食べたくらいですね。そのときに、「俺の真似をする必要はないから」と話しました。『あの頃。』(21)のときも驚きましたけど、関西弁での演技が本当にうまい。関西弁って、実はイントネーションよりも、ノリとかグルーヴ感の方が大事なんですよ。太賀くんはその感覚が抜群というか。音楽もやっていた人だから、耳がいいんでしょうね。
──佇まいや話し方から、「松戸諭」にしか見えなくなってきます。
みなさん、ドラマの太賀くんを見て「松尾さんみたい」とは言うんですけど、誰も僕を見て「太賀くんみたい」とは言ってくれないから、ちょっと損した気持ちもあって……。でも、さっき別のインタビューしてくれた方が、「お兄さん役の草彅(剛)さんと一緒に、アメリカに行かれたんですか?」って、普通に僕と太賀くんのことを間違えていて。ウソみたいな話ですけど(笑)。
──松尾さんのお連れ合いがモデルという、諭の運命の女性・比嘉結を演じているのは、伊藤沙莉さんです。仲野さんと伊藤さんの共演は今回初めてとのことですが、一緒にいるときの空気がとても自然ですよね。
太賀くんと沙莉、二人揃ったときのコンビネーションが最高にいいんです。沙莉のことは昔から知ってるから、近すぎて、“かわいい子”という見方をしてこなかったんだけど、このドラマの沙莉は本当にかわいい。僕の妻も、沙莉が登場するエピソードは最初少し身構えていたけど、今は同じ話を何十回も観るくらいドラマを楽しんでいます。
──脚本の足立紳さんは、『喜劇 愛妻物語』(20)など、夫婦の物語を喜劇として描くのが上手な方ですよね。監督の井上剛さんは、NHK連続ドラマ小説『あまちゃん』や、大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』で知られています。原作からの脚色は、お二人が担当したんでしょうか?。
はい。お二人のことは信頼しているので、「好きにこねくりまわしてください」と。原作では、9割が真実で1割がフィクションだったんですけど、ドラマは半分くらいがフィクションじゃないかな。諭と結のエピソードも、実は足立さん夫妻の話がたくさん含まれていて、観てても「これ足立さんのところの話じゃん!」と(笑)。
──オーディションや撮影現場など、映画・ドラマ制作の裏側を覗き見することができるのも、このドラマの魅力ですよね。柄本明さんや有村架純さんなど、ゲストの方々が本人役で続々登場しますが、なかでも、松尾さんが下積み時代に運転手を務めていた、同じ事務所の先輩・井川遥さんの出演が印象的でした。
井川さんのドラマでのエピソードはかなりフィクションに寄っていましたし、全部が本当ではないんですけど、当時、自分が“癒し系”と呼ばれていたことや、「癒し系ってなんなんだろう?」と考えていたことを、今回思い出したとおっしゃっていて。それを、このドラマが代弁してくれたと。その言葉を聞いて、僕も嬉しかったですね。この前も一緒にお芝居を観に行ったんですけど、20年以上の付き合いになる方って、考えたら今の僕は井川さんくらいなんですよ。妻よりも長いですから。不思議なご縁だなと思いましたね。
──井川さんとのエピソードも含めて、共演者やスタッフの方とすぐに距離を縮め、打ち解けていく諭の姿が描かれていますが、そこに関してはフィクションではなく真実ですか?
学生の頃からよく、「松尾って人の心に土足で上がってくるよね」と言われてました。褒め言葉として受け止めてましたけど(笑)。「え、靴脱いだ方がよかった?」「もうええけど」みたいな感じで。僕は靴脱いでるつもりなんですけど、きっと足の裏が汚いんでしょうね! しかも、土足な上にすぐ服も脱ぐというか、なんでもオープンにしゃべるから、距離が縮まりやすいのかもしれません。
──映画やドラマで、初めての現場に入るときも緊張はしないですか?
します、します! なんなら、本当は人見知りなんですよ。この取材でも、実は緊張してるんです。
──え……! そうは見えません(笑)。
そうなんですよ。「人見知りという言葉の意味知ってる?」とよく言われます。でも、自分では人見知りなところもあると思ってて。ただ、それよりも相手と話したいという気持ちの方が勝るんでしょうね。現場では、一緒に作品を作っているという共通点があるし、映画やドラマが好きだという共通の話題もあるから、それはもうほぼ友だちじゃないですか(笑)。
──緊張の方が上回ってしまうことも、ときにはありますか?
すごく好きな俳優さんだと、緊張が上回ります。『仁義なき戦い』シリーズ(73〜74)が好きなんですけど、以前大河ドラマの撮影のときに、喫煙所で松方弘樹さんと居合わせたときは、「本物や……!」と固まってしまいました。かといって、仲のいい人のことを決して馬鹿にしてるわけじゃなくて。例えば高橋一生くんは、仲よくても好きすぎて今でも緊張します。
──実は、人見知りという一面もあるんですね。それでも、巡ってきた運や縁を逃さず、これだけ実人生につなげているのは、やはりすごいことだと思います。
僕は、多分がめついんです。自販機の下に落ちていた飛行機のチケットを拾ったのも、「何か落ちてないかな」と下を見ていたからだし、人とつながっていくのも、貪欲だから。でも、人としゃべって何か利益を得たいというよりも、単純にしゃべりたい、自分のことを知ってもらいたいんです。自己顕示欲というか。子どもが小学校に入るときに「友だちたくさん作るぞー!」と張り切るような、ああいう感じです(笑)。
──ご自身の半生がエッセイやドラマになり、サクセスストーリーとして反響を生んでいることについて、どう感じていますか?
すごくありがたいことなんですけど、真に受けるとすぐ調子に乗っちゃうから、あまり考えないようにしてます(笑)。原作のときからずっとそうですけど、ドラマの主人公を「松戸諭」としたように、僕ではない“誰かの話”として観てほしいですね。監督の井上さんや脚本の足立さん、キャストの方々によって、こんなに面白いドラマが生まれて、日本から世界に発信できるということが、原作者として、いち役者として、何より嬉しいんです。
──今後の放送も楽しみです。小説の次回作も書いているそうですが、役者の仕事と並行して、執筆も続けていくことにしたのはなぜですか?
役者だからといってそこだけを突き詰めて、芝居がよくなるかというと、そうではないと思うんです。僕は、役者以外のことも、なんでもできた方がいいと思うし、なんでもやりたい。でも、書くことは正直言ってしんどい……。かつての文豪は旅館に缶詰になって原稿を書いたといいますけど、絶対書いてなかったと思います(笑)。集中して書こうとするときほど、書けない。でもこの前、途中まで書いたものを妻に見せたら「面白い」と言ってくれたので、まずはこの人のために書こうかなと。頑張ります。
『拾われた男』
金もツテもない……けれども、強運と縁に恵まれた「俳優になりたい」夢だけがあった男が、人に“拾われる”力を手に俳優道を駆け上がり、かつて”捨てた”兄を救いに憧れの地・アメリカへ飛ぶ! 原作・松尾諭(俳優)×脚本・足立紳×主演・仲野太賀で贈る、人生の可笑しみ溢れるヒューマンドラマ。
原作: 松尾諭著『拾われた男』(文藝春秋刊)
監督: 井上剛
脚本: 足立紳
音楽監督/音楽: 岩崎太整
出演: 仲野太賀
伊藤沙莉 / 鈴木杏 伊勢志摩 北村有起哉
要潤 安藤玉恵 前田旺志郎 北香那
松本穂香 岸井ゆきの 片山友希 大東駿介 塚本晋也 六角精児
夏帆 松尾諭 柄本明 ベンガル 綾田俊樹 末成映薫 井川遥
風間杜夫 石野真子 / 薬師丸ひろ子
草彅剛
制作・著作: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社/株式会社NHKエンタープライズ
配信: ディズニープラス「スター」にて毎週日曜日23時より、見放題独占配信中
放送: NHK BSプレミアムにて毎週日曜日22時より放送中
©2022 Disney & NHK Enterprises, Inc.
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松尾諭
1975年、兵庫県生まれ。2000年、映画『忘れられぬ人々』で俳優デビュー。その後オーディションでドラマ『SP 警視庁警備部警護課第四係』(フジテレビ系)のメインキャストに抜擢。その他の出演作に映画『進撃の巨人』(15)、『シン・ゴジラ』(16)、『牛首村』(22)、ドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS系)、『よだれもん家族』(テレビ東京系)、NHK連続テレビ小説『ひよっこ』『エール』など多数。2022年度後期連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK)に出演予定。
Photo: Koichi Tanoue Stylist: Michiko Koizumi Hair&Makeup: Miho Tokiwa Text: Tomoe Adachi Edit: Milli Kawaguchi