A24発の新作『Zola ゾラ』は、まるでダークな『オズの魔法使い』! ドロシーよろしく、青のギンガムチェックの衣装を身につけたストリッパーのゾラは、電撃的に出会ったダンサーのステファニに誘われた出稼ぎ旅で、とんでもない事態に巻き込まれる。Twitterに投稿された実話を元にした本作をブラックユーモアたっぷりに手掛けたのは、〈MIU MIU(ミュウミュウ)〉の女性監督シリーズにも抜擢された注目株、ジャニクサ・ブラヴォー監督(写真右)です。主人公と同じ、黒人女性としてのアイデンティティをふまえた映画作りを行なったといいます。
映画『Zola ゾラ』ジャニクサ・ブラヴォー監督 インタビュー。「この若い黒人女性の物語を私が撮るなら、変化球で」
──この映画では、デトロイトのウェイトレス兼ストリッパーのゾラ(テイラー・ページ)が、ダンサーのステファニ(ライリー・キーオ)から誘われ、フロリダへ出稼ぎ旅に行きます。ステファニの能天気な彼氏や、怪しい“仕事仲間”も加わり、結果的に悪夢のような48時間を過ごすことになるわけですが……。物語の元になったのは、2015年に当時19歳のアザイア・“ゾラ”・キングがTwitterに自らの実体験を投稿した、148ものツイートからなるスレッドだそうですね。
私にとってアザイアのテキストはどこか古典的に感じられて。チェーホフ、イプセン、ストリンドベリといった、偉大な劇作家の戯曲を読んでいるのと変わらない感覚だったんです。最初の一文「あたしとこの女がなんで絶交したか知りたい?( Y’all wanna hear a story about why me and this b*tch fell out? )」なんて、小説の入り口としてもパーフェクト。まるでメルヴィルの『白鯨』やナボコフの『ロリータ』の冒頭みたいですよね? 「このテキストは丁重に扱わなければならない」と思わせる何かがあるというか。
──アザイアのスレッドを読んですぐ、視覚的なイメージが頭に浮かんだと聞きました。
イメージが浮かぶかどうかで、その題材が自分に合っているか分かるんです。最初に連想したのは、写真家トッド・ハイドの作品でした。写真集『Todd Hido on Landscapes, Interiors, and the Nude』に収録されている、がらんとしたアパートの写真とか。単なる写真を超えていて、湿度というか、濡れてベトついた肌みたいなフィーリングが伝わってくるんです。
それから、音も。iPhoneの操作音など、誰もが普段耳にしている電子音が思い浮かびました。実はサンダンス映画祭での上映直前まで、Appleに使用許可を取っていなかったので、代わりの音に差し替えていたんです。そしたらもう違和感しかなくて! その後、許可が取れてホントよかった。あの音は作品世界に不可欠でした。
──たしかにこの映画は音使いもユニークです。音楽を担当したのはロンドンを拠点に活躍中のアーティスト、“ミカチュー”ことミカ・レヴィ。一緒に仕事をするのは初めてだったそうですね。
最初にミカの映画音楽に出合った作品は、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13)です。それから『Marjorie Prime(原題)』(17)、『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(16)、『MONOS 猿と呼ばれし者たち』(21)の順番で観てきました。私はずっとほぼ同じ作曲家(ヘザー・クリスチャン)と組んできて、以心伝心の間柄なんですが、今回は都合が合わずお願いできなくて。音楽は一人のキャラクターに匹敵するくらい重要なだけに、ミカに自分の考えをきちんと伝えられるかが、かなりプレッシャーでした。そこでミカだけでなく、撮影から美術まで全部署のリーダーに、参考にしてほしい絵画を伝えることにしました。それが、ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』です。
──現在はスペイン・マドリードのプラド美術館に所蔵されている、15〜16世紀にかけての美術運動「初期フランドル派」の傑作ですね。
私の全作品に影響を与えているというくらい、『快楽の園』が大好きなんです。大学4年生の1学期をマドリードで過ごしたんですが、少なくとも14回はこの絵を観たはず。ま、それも毎週プラド美術館に行く授業があったからで、別に熱心に通ったわけじゃないんですけど(笑)。この絵は3面1組で、それぞれ「天国」「地上」「地獄」が描かれています。この映画でも旅が進むにつれて、天国から地獄へと移り変わる世界を構築したいと思いました。音楽で言えば、ゾラが地元にいる間は「天国」を思わせる軽やかな響きです。やがて重低音が鳴る瞬間が訪れ、それが「地上」に入る合図。その先の「地獄」に向けて、セクシーで危険な香りが漂い始めます。
──古典的なハープの音色で幕を開けるなど、音楽がいい意味で物語とミスマッチなのも印象的でした。
音楽だけを聴いたら、劇中の映像とはとても結び付かないですよね。それがある意味、重要でした。この物語は撮り方によっては、女性キャラクターに敬意を払わず、ヌードを見せるだけ見せる、ありきたりな映画にもなりえたと思います。でも私が撮るなら、彼女たちをまた違った角度から観てもらえるようにしたかった。だからこそ、変化球のミスマッチな音楽を採用したわけです。
あと、私はよく主人公を表す音を劇中に取り入れるんですが、ゾラにふさわしいと思ったのは、ヒーリングに使われるシンギングボウルの音。というのもゾラは一見タフなのですが、この旅がきっかけで弱さを引き出されるから。その変化に見合った音が必要でした。
──自身もそうである、黒人女性が主人公の物語を描くのは、今回が初めてだそうですね。何か気を付けたことはありますか?
主な観客としては、アメリカ人を想定しました。なぜならこの映画はアメリカで起こった物語だから。世界的にもそうかもしれませんが、自分の実感から言えることとして、アメリカ社会は有色人種の女性に寛容ではありません。2015年に私が初めてアザイアのスレッドが読んで、最も気に掛かったのは、「二人の女性が自分の体をコントロールできない状況に陥っていたこと」でした。その後すぐ、日刊紙の『ワシントン・ポスト』からエンタメニュースサイトの「TMZ」まで多くの記事が出ましたが、書き手がそろって指摘したのは「この物語が真実かどうか」でした。きっと、書き手が若い黒人女性だったからでしょうね。
──ステファニは白人女性ですが、黒人のような言葉遣いや仕草です。監督はそれを「ミンストレル」(※かつてアメリカで流行した、白人が顔を黒く塗って黒人を演じるショーのこと。20世紀後半に人種差別的だとして廃れた)と表現していました。
そういう設定にしたのは、ゾラのほうがより正しく映りうる状況を作りたいと思ったからです。とはいえ、観客がステファニの言動に惹かれることもありえると思います。「人種差別的だからホントはダメなのに、なんか好き!」と思ってしまう人もいるんじゃないかなと(笑)。つまりそこで観客は、自分が一体何に惹かれているのかを問われるわけです。なぜならステファニの言葉遣いや仕草は、本来は黒人・褐色人女性に特有の属性で、魅力的とはされてきませんでした。でも実際、ステファニのようにそういうペルソナでお金を稼いでいる白人女性もいるんです。
この問題は、アザイアのスレッドにはっきり書かれてはいませんでしたが、私にとっては重要でした。メインキャラクターの一人が黒人女性で、もう一人が白人女性なら、人種差別がテーマに上がらないはずがないんです。
──監督は「アザイアのスレッドに惹かれた理由の一つは、ユーモアだった」「ストレスを多く含んだユーモアに魅力を感じる」と語っていました。でも短編映画『Eat(原題)』(11)では、ある女性が隣人の部屋に軟禁されるというストレスフルな状況が、シリアスなエンディングで描かれていましたね。
『Eat』は最初の映画です。当時はスタイリストとして働きながら、演劇を続けるためにお金を貯めていましたが、そのうち短編映画を撮ってみたいと思うようになりました。『Eat』の脚本を書いたきっかけは、ジュディ・スミスという女性のインタビューを聴いたことでした。彼女はいわゆるフィクサーとして知られ、危機管理のプロとして誘拐やレイプなどの被害者を助けてきました。被害者には男性もいますが、多くは女性です。その全員が、事件が起きる直前に「何かがおかしい」と感じたそうです。でもとりわけ女性は常に礼儀正しくいるべきとされているせいで、自分の心の声を無視した結果、トラブルに遭ったと。私自身にもそういう経験は何度もありました。
──たしかに『Eat』の主人公は、いつの間にか逃げられない状況に陥ります。
女性である自分が最も恐れている事態を表現してみたかったんです。願わくば、そういう目に遭わないようにね。頭で考えるよりも先に、体が感じたことに素直に行動すべきだなって。
──それは今回のゾラにも言えることですね。シリアスだった『Eat』から10年以上経ち、『Zola ゾラ』ではストレスをユーモアで笑い飛ばすという方向に変わったのはどうしてだと思いますか?
たしかに『Eat』は当初、自分でもシリアスな作品だと思っていました。でも、この映画に出てくれたキャサリン・ウォーターストンとブレット・ゲルマンは、脚本を読んで「ウケる!」と笑ったんです。キャサリンとは友だちで、ブレットとは当時付き合っていて同棲中だったんだけど、すごくムカついたのを覚えてます。「はぁ? 私はドラマチックなアーティストなのに!」って(笑)。でも彼らが何を面白がっていたのか理解したくて、その後も脚本が書き上がるたび、ブレットに読んでもらっては「笑える」と言われ続けるうち、「作品を真剣に受け止めてほしい」という制約から解放されてきて。気付いたら『Zola ゾラ』のようなユーモアに引き寄せられるようになってたんです。
──第三者の反応を通じて、物語におけるストレスの扱い方がよりユーモラスになっていったんですね。
もしかしたら生い立ちも関係あるかもしれません。私はアメリカ生まれですが、その後パナマに移り、10代で再びアメリカに戻ってきました。当時は英語になまりがあって、みんなにからかわれたんです。それでアクセントを矯正して、今ではすっかりアメリカンな発音になりました。いろいろな街に住んできましたが、いつもよそ者感を覚えていた気がします。そのよそ者感がストレスフルなコメディに変換されたというか、自分の中からしみ出てきたユーモアなのかなと思います。
『Zola ゾラ』
ウェイトレス兼ストリッパーのゾラはレストランで働いていたところ、客としてやってきたステファニと「ダンスができる」などの共通点があったことで意気投合し、連絡先を交換する。すると翌日、ステファニから「ダンスで大金を稼ぐ旅に出よう」と誘われ、あまりに急なことで困惑するも結局行くことに。これが48時間の悪夢の始まりだとは露知らず……。
監督: ジャニクサ・ブラヴォー『アトランタ』
撮影: アリ・ウェグナー『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
音楽: ミカ・レヴィ(ミカチュー)『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』
出演: テイラー・ペイジ『マ・レイニーのブラックボトム』、ライリー・キーオ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』他
配給: トランスフォーマー
2021年/アメリカ/英語/ビスタ/カラー/5.1ch/86分/原題:Zola/R18+
8月26日(金)新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイント他全国ロードショー
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ジャニクサ・ブラヴォー
1981年生まれ、アメリカ・ニューヨーク出身。人生の半分をパナマで、半分をブルックリンで過ごす。ニューヨーク大学のプレイライツ・ホライズンズ・シアター・スクールで演出と演劇のデザインを学び、ニューヨーク、ロサンゼルス、マドリードで演劇を上演。キャサリン・ウォーターストンとブレット・ゲルマン主演の初の短編映画『Eat(原題)』(11)はSXSWでプレミア上映された。2016年、ドナルド・グローヴァーが主演・制作総指揮・監督・脚本を務めるコメディードラマ『アトランタ』の1話を監督。2017年、中年俳優アイザック(ブレット・ゲルマン)が主人公の風刺コメディ『Lemon(原題)』にて長編デビュー。本作はサンダンス映画祭で上映された。その他の監督作に、ドラマ『ミセス・アメリカ~時代に挑んだ女たち~』(20)や『イン・トリートメント』(21)など。本作の成功により一躍脚光を浴び、人気ブランド〈MIU MIU(ミュウミュウ)〉の女性監督シリーズに抜擢され、待機作も多数。現在、ハリウッドで最も注目される若手監督である。
Photo © Pat Martin
Text&Edit: Milli Kawaguchi