正規の住宅を失った低所得者層が転がり込む、農業施設のビニールハウスに暮らす、40代のシングルマザーを主人公に据え、貧困と孤独、高齢者をめぐる介護や認知症といった社会問題を扱った映画『ビニールハウス』。そのスリリング且つ予測できないストーリー展開が話題を呼び、韓国での封切り後1週間で、観客動員1万人突破するなど、インディペンデント映画としては異例の大ヒットを達成し、第27回釜山映画祭で3冠を獲得した。主演俳優のキム・ソヒョンは、本作が長編監督デビューとなる1994年生まれのイ・ソルヒ監督によるオリジナル脚本に魅了されたという。無限競争社会における綱渡りのような人生の苦しみや孤独を体現した彼女が、負のスパイラルに陥る女性の物語に惹かれた理由を語ってくれた。
映画『ビニールハウス』主演キム・ソヒョンにインタビュー
「綱渡りのような人生を、強く生き抜いていく」

──イ・ソルヒ監督のストーリーテリングの力強さとは? 演出についても一人の俳優として対峙して感じたことについて教えてください。
脚本を読んだときに、「いったいどんな監督なんだろう?」と、とても気になりました。「新人監督であることに対して、懸念はなかったのか」という質問をインタビューで受けることが多かったのですが、私は新人であるといった理由で、心配はしないタイプなんですね。私自身も新人だった頃があり、私の演技を知らずに仕事をした方も多いので、そういう物差しで相手を見ることはありません。これまで私が作品に臨む際と同じように、相手を信頼し、一緒に取り組むところから始めれば、その仕事はうまくいくという経験が多かったので。実際にご一緒して、これが初めての長編とは信じられないほど卓越した力で現場をリードしていく姿を見て、本当に遠くない将来、イ・ソルヒという名前は世間に広く知られることになるだろうと確信しました。
──イ・ソルヒ監督がインタビューで一番聞かれた質問は、「何歳ですか?」だったそうですが、韓国は儒教思想が強く根付いていはいるものの、映像の現場においては、年齢はあまり関係ないものなのでしょうか。
今、このように年齢についての話をしているのは、もちろん、韓国の特有の文化や儒教的な背景に由来すると思うのですが、私には20代の友人も含め、 同年代の友人だけでなく、さまざまな年齢層の友人がいますし、少なくとも私個人には当てはまらない部分だと思います。普段から、年齢で上下を区別することがあまり好きではなくて。とはいえ、私も最初に台本を読んだ時には、1994年生まれの若い方がこれだけの作品を書くなんて、本当に信じられない気持ちでしたが、実際にお会いしたときに、監督がむしろ私より、ある種の欠落感を経験値として持っているようで、全く年齢を感じさなかったんですよね。私の方が長く生きてきているわけですが、実際の経験以上に、生まれつきの傾向もあると思います。潜在しているものがちょっと似ている気がして、お互いを見抜いたような感覚があったんですよね。
──確かに、経験値の説得力は、年齢だけに関わるものではないかもしれないですね。
監督がどう思っているかはわかりませんが、何か似通ったものを感じることができたので、それが信頼につながりました。どんな細かい演技をしているときも、監督には全てわかってもらえているような安心感があったので、あまり具体的に演出されることはなくて。だから、とてもやりやすい現場でした。年代の壁を感じることはありませんでしたし、これまで30年間仕事をしてきて、情熱や夢を逃したくない、枯渇したくないという思いがあるので、 いい映画を作りたいという夢を持って集まったチームのスタッフそれぞれから熱量を強く感じることができた、そんな現場でした。仕事をする上でも、夢の前でも、誰もが平等であるべきだと思っていますし、自分が成長していく中で、年齢という数字は重要なことではないと私は思っています。 現場では、私は多くのスタッフやキャストの方より年上ではありましたが、自分が先輩であるという意識が全くなくて。どんな現場であっても、いつも俳優キム・ソヒョンとしての出発点、デビュー作であるかのような心構えで望んでいます。

Photo _Masumi Kojima Text&Edit_Tomoko Ogawa