まずは、自己紹介をお願いします。
韓国で広告とミュージックビデオの撮影をしているイ・ハンギョルです。
映像を仕事にしたきっかけは?
単に好きだったというのが半分で、残り半分は少しの反抗心からです。私は元々他の韓国の平凡な学生のように勉強をしていたのですが、そのロジックに組み込まれるのがとても嫌で、全く違う事をしてみたいという思いで少しづつ映像を撮り始めたところ、流れでこの業界に入ることになりました。
監督と一緒に撮影にあたっている撮影チームは何人ですか?
チームは私を抜いて4人。そこに車を運転してくださっているドライバーまで含めると5人、計6人のチームです。

映像の撮影を担当するのが撮影監督ですが、演出に対する欲が生じる時はありますか?
撮影監督をしてみると、演出との境界は思ったよりありません。映像を初めた当初は、演出についても勉強していたのですが、演出がどれほど辛くて難しいかが身に沁みたので、撮影監督としてのキャリアを始めました。
演出監督とお互いに考えが大きく異なったり、何回も悩んだ末に出てきた結論が思ったより満足できなかったり、そんなときは演出に対する欲が芽生えますね。もちろんチーム作業なのでそういった事があるのは当然なのですが。
これまでの作品の中で最も愛着がある作品は何ですか?
愛着がある作品は、二つあって、一つは、以前にiKONのメンバー、BOBBYのソロで「꽐라(HOLUP!)」という曲のミュージックビデオです。
「꽐라(HOLUP!)」は私がまだとても新人の時の作品で、その当時を振り返るとオム・サンテ(EUMKO)監督※が撮影監督としてデビューする前だったので、映像界で自分が一番若かったんですよ。なので、うまくやらなくちゃ!という気持ちが物凄く大きい時期でもあって。そんな時に幸運にもYGエンターテイメントから仕事が入ってきたんです。当時私のクルーだったDPR Crew(ラッパーのDPR LIVEも所属するクルーで、映像の撮影やディレクションを行なっているグループ)と一緒に作った作品で、気の合う友人らと最も楽しく作業した思い出があるという点でも愛着を持っています。圧迫感を感じることもなく、変な欲もなく、負担も一つもなかった。純粋に面白くて作った作品であり、気に入った形で完成された作品でもあり。公開後もかなり注目を浴びた作品として記憶に残っています。
もう一つはHan Dong Geun(한동근)の「Amazing You(그대라는 사치)」という作品です。もともと私が映画をベースにして映像を始めたので、「Amazing You(그대라는 사치)」のミュージックビデオを撮るときには映画特有の感性やワークフローを多く借用しました。この後にこういった作品を制作する機会も減り、それだけ良い仕事も経験できていないように感じる部分があるので、愛着がありますね。
オム・サンテ(EUMKO)監督 ※
同じくK-POPのMV制作で活躍している若手の撮影監督。(91年生まれ)https://vimeo.com/eumko
日本で作られ昨年ヒットしたミュージックビデオで、Youtubeで再生回数1億を超える作品は2作品だったそうです。ハンギョルさんのこれまでの作品には、「BBoom BBoom」(3億回再生)やEXO「Ko Ko Bop」(2億回再生)、Redvelvet 「Bad Boy」(2億回再生)を始め、再生回数1億を超える作品を数多く手がけている他、最近発表されたBLACK PINKの「Kill This Love」は公開2週間経過していない時点で2億回再生を記録して話題となっていますよね。このように世界中で見られる作品を作る秘訣はどこにあると思いますか?
現在のK-POPの映像クリエイター達は保守的ではないように感じます。実際、クリエイターの年齢が若くなっているし、若いクリエーター達は韓国のMVよりもむしろ海外のMVを好きな人が多い。「作りたいものは海外のようなMVや他のスタイルだけど、仕方なく仕事としてK-POPのビデオを制作しているものの、それが国外でも多くの人に好まれていて不思議な感じだ。」と、こういった感覚で考えている人々が想像以上に多いんです。
そして、私の上の世代、韓国のミュージックビデオの黎明期が育ててきた形式というのは現在も確かに存在していて、それが今のK-POPのMVの成功の起源というのであれば、成功の秘訣は黎明期の世代の方々が作ってきたものだといえるので、私がむやみにK-POPのビデオは、こういうものだと言うのは難しいですね。
とはいえ、黎明期に作られたK-POPの概念と今の若い世代が好む外向的でヒップな何かがどんどん上手く作用しているのが現在なのではないかと思います。
あとは一口にK-POPのMVといっても、映画において俳優の影響が非常に大きいように半分はアーティストの影響が非常に大きいものだと思います。人々は単純に映像だけを見て「良い」を押すものではなく、様々な要素が作用しているのではないでしょうか。
海外に憧れを抱くクリエーターが多いとの事ですが、では、今韓国で映像制作をするという事がどのような意味を持つと思いますか?
うーん。これについては、私も悩んでいるところですね。私は日本でも映画制作の経験があるのですが、日本の場合、劇作のようなものの伝統がとても深いじゃないですか。そういった伝統や昔から守られてきたものが長所であるのと同時に、未だによく守っていることに驚いた部分もありました。外の人間からすると作業の方式もとてもユニークで。良くも悪くも保守的。
そして、反対に韓国の場合は、現在過渡期にあると思います。韓国の映像の仕事の方式の中に、リファレンスを通してコミュニケーションをとるいうものがありますが、リファレンス自体をあまりに参照しすぎると、いつからかクリエイティブが頭から出るものではなく、外部的に発生してしまうと感じる事も多くあります。
しかし、以前画家の友人らと共に作業した時、頭の中にイメージがあって、それをキャンバスにアウトプットしていくというよりは、ある程度思い浮かんだ草案をデジタルで作成・合成をして、下書きを完成させ、それをキャンバスに描く作業をしていたんですよ。私たちは画家というと、てっきり何もない白い白紙に突然線を描き下ろして大作が完成するようなイメージを持っているじゃないですか。でもそれはとても古い方法で、現在のクリエイティブはそうではないですよね。

自分でも考えがまとまらないですが、韓国で映像を作る事自体には、伝統的な文脈なしに漂う烏合の衆になっているように感じる事が多いです。クリエイティブ的にもシステム的にも何かをする人々が仕事や自分のポジションに誇りを持って自分の席を認知しながら仕事をするという感じは少なく、彷徨っているように感じます。
※リファレンス=参考画像や参考映像の意。韓国のMV制作においてクライアントが制作者に対して希望の雰囲気などを伝える際にリファレンス映像を何本か送ったりするのが通常。
韓国のミュージックビデオといえば、華やかでカラフルなセットが定型化されているイメージがありますが、このような部分についてはどうお考えですか?
屋外や室内空間を有効活用できるスペースが多かったら良いのですが、韓国には良いロケーションがありません。自然が守られていたり、審美眼良く建てられた建物があれば、そのまま映像でスタイリッシュに表現することができるのですが。歴史まで話すと長くなってしまいますが、韓国という国自体、こうした部分に気を使わずに無計画に作られた都市が多いです。その中でロケーションを探すのが難しいというのが最大の理由の一つだと思います。その次にアイドル産業という性質上、神秘主義というのが挙げられます。アーティストが自分の日常生活を持ってしてファンに会うのではなく、徹底的に分離され、隠されていて、当然ミュージックビデオの制作をするときにもファンが簡単にアクセスすることができない空間がセットになるんです。あとは、先ほどもお話した韓国のMV制作の黎明期の世代がセットを作って、そこにアーティスト本人のビジュアリティー(visuality)を実装しようとする作り方が現在まで上手く受け継がれてきたという部分もありますね。それについては勿論良い部分であると思います。

制作を続ける中で最もやりがいを感じた瞬間は?
昔は作品に対するリアクションを見る事がすごく好きでした。なぜなら、以前映画の仕事をしていた時は、制作期間だけでも6ヶ月から長ければ2〜3年程かかり、作品が仕上がるまでがあまりにも長かったんです。ミュージックビデオの場合、制作周期がとても短いので自分が制作した作品についての世の中のリアクションをすぐに感じることができる。良ければ良い。違うなら違うと。
最近は自分が気に入るか、気に入らないかという事がとても大事に感じられるようになりました。やりがいを感じたり、良い瞬間を感じるというのは一緒に仕事をする人が一番重要です。チームワークが良いかどうか、何事もなく終われるようにお互い応援や励ましをする事が出来るかなどです。もちろん、3億・4億回再生を記録するような作品が撮れたり、私と作業したアーティストが成功すれば、そういった部分にもやりがいを感じます。
一緒に作業してみたいアーティストをあげるならば?
エイサップ・ロッキー(Asap Rocky)ですね。彼が毎回一緒に仕事をしている監督達は、上手な方々がそろい踏みなんです。撮影者の立場として人々が見落としていることの一つとして感じるのが、映像において被写体の感情や表情を強くほとばしらせる事がとても重要だということ。撮影フォーマットをいくら変えてみても、そこにどんな人が出てきてどんな事をするのかに応じてイメージ自体が大きく変わると思います。
今後挑戦したい事はありますか。
私はクリストファー・ドイル(Christopher Doyle)という、王家衛(ウォンカーウァイ)の映画のほとんどを撮影した撮影監督が好きなんです。王家衛監督の「重慶森林」で使われた撮影技法は撮影からカットまで完全に彼によって作り上げられたものでした。しかし、最近では撮影技法というものが演出の後付けとして扱われる場合が多いです。私がやってみたい撮影技法があるからといって、そこから何かが生まれるというよりも、最終的には演出を含めた相乗効果がより一層重要になってくる部分が多いので答えるのが難しい。当然何か挑戦したい技法があったとしても、これは私の営業秘密なので。(笑)最近は、カメラだけで何かを作り上げるというよりは、ますます撮影と演出のシナジーが強くなっていると感じています。
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イ・ハンギョル
広告、MVの撮影監督
Vimeo vimeo.com/hanbago
Mudaeruk
ソウル特別市麻浦区土亭路5キル12
11:00~26:00
www.mudaeruk.com
interview & translation : Erinam, Kim Nayoung edit: Aguri Kawahsima