国内外のアーティストへの取材を通じて世界を見つめてきた林 央子さん。新連載では、今まさに何かが沸き起こりつつある磁場(Magnetic Field)を彼女が訪れ、作品に接し、アーティストの声を聞きます。林さんのフィールドワークの見立てはいかに?
林央子のMagnetic Field Note〜金氏徹平に会いに行く
第2回 金氏徹平 「tower(THEATER)」
「タワーの昼と夜」
金氏徹平さんの「tower(THEATER)」が六本木アートナイトのアリーナに展示されると聞いた数ヶ月前から、アートナイトの二日間をスケジュール に書きこんでいた。他の予定を入れないようにしていたのだが、運悪く子どもの運動会が土曜日に入ってしまった。その日は運動会を見るのはお昼までにさせて もらって、夜に備えて休憩をとってから出かけていった。
公演の4日前。六本木ヒルズアリーナに、建ったばかりのtower。
京都と大阪で2017年秋に初演された「tower(THEATER)」は、私たちをとりまく環境にあふれる日用品を素材にしたコラージュ作品で知られる彫刻家の金氏徹平さんが、「人」も「コラージュ」の素材に取り込んで「舞台」にするという新たな試みの具現化である。関西の友人からすごく面白かった、という評判が耳に入っていて東京での体験を心待ちにしていた。
六本木アートナイト2018では島地保武、柴田聡子、オオルタイチなどを新たに向かえ、昨秋の京都&大阪公演からよりパワーアップ。初の屋外での公演になった。「これからも土地や機会によってさまざまに形をかえるtowerをつくり出していきたい」と金氏さん。
演目の数日前、制作のため東京に来ていた金氏さんに取材の時間をもらって、アリーナに会いに行った。5月のさわやかな風が吹きぬけるアリーナに、この場所で見るがゆえにあまり大きくは見えない、でも実際は高さが6mもある、大きなタワーが建っていた。あたりに人は誰もいなくて、静かな午後。タワーは建ったばかりです、と話す金氏さんはとても嬉しそうだった。それもそのはずで、この木造のタワーは夢で見る建物のような、摩訶不思議な美しさをたたえていると、後から写真を見てあらためて思った。
高さは6m、すこし不安定な構造物は、金氏さんが建物全般にたいして抱くことの多い違和感が、出発点にあるという。「建築について建築家が話したり書いていることに興味があってよく読んでみるのですが、文章への感動がある一方で、実際に建った建築を見にいくと、がっかりすることがすごく多いんです」。この「tower( THEATER)」は6章にわかれた演劇・パフォーマンスで、そのうちの一つの章には、60年代に建築家・原広司さんが発表した難解な「有孔体」理論を、女優の青柳いづみさんが 演じ語る「レクチャーのオバケ」シリーズのひとつが含まれている。だが今回のアートナイトではそれは深夜に上演されるため、私は見ることができない。いつか遭遇できる機会を、楽しみにしたい。
私が体験したのは大観衆につつまれたオープニングアクトで、柴田聡子さんが丸い穴から身を乗り出してギターをひき歌うシーン(大観衆の人波のなか、澄んだ声が響いた)。そしてその後Contact Gonzoや和田晋侍さんなどが出演した、熱気とエネルギーあふれる舞台と、翌日昼間に行われた参加型の彫刻ワークショップ。週末の二日間、六本木ヒルズのアリーナ付近をうろうろしたけれど、舞台の前も後ろも、オンタイムもオフタイムもそれぞれにtowerの別な顔をみることができた。
日曜日のワークショップ「オバケのスカルプチャー」でインストラクターをつとめたのは、書籍としての作品『tower(THEATER) 金氏徹平とthe Constructions』(SHUKYU+金氏徹平発行)をデザインした若手デザイナーの小池アイ子さん。衣装は金氏さんにより支給されたCosmic Wonder Light Sourceのツナギ。
なにより驚いたのは、ドラムセットを背負った人が現れたとき。この後披露されるドラム演奏のcoolさと好対照をなす、忘れられない入場シーン。towerは「重力に抗う」プロテストの場でもあった。
和田晋侍さんのドラム演奏。京都在住の金氏さんは90年代から、ボアダムズを筆頭とする関西のオルタナティブ音楽シーンに精通しており、ミュージックシーンの人脈も豊か。
異なる場にいるもの同士をつなぎ合わせるコラージュの手法を彫刻作品に応用する金氏さんの周囲には領域横断的な表現者が自然とあつまっている。大阪ベースのContact Gonzoは格闘技とパフォーマンスアーツが交錯するアーティストユニット。身体をはげしくぶつかりあわせるかとおもえばtower壁面に垂直にぶらさがり、独自の流儀で重力に抗った。
ステージの横に展示されていた金氏徹平さんの彫刻作品。バランスをみながらものを積み上げていき、最後に上から白い液体をかける。翌日はこの手法による彫刻制作のワークショップがアリーナで行われ、親子や友人同士のグループなどが参加していた。
音響をつとめた小松 千倫(Madegg)さんも京都から参加したアーティスト。音楽や空間を扱い、PUGMENTファッションショーなどでも音響で関わる。
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1 / 3こうやって出し入れしていたんだ、と納得の舞台裏。舞台からみえない場所にいる人たちが身体にぴったりした衣装をみにまとい、舞台上にいる人たちがワークウエアをきているという逆転の発想。こちらは意外にも快適そうな作業場だった。
たくさんの人が「tower(THEATER)」の制作にかかわっている。その場をつくりだした金氏さんはいつも人に囲まれているアーティストなのだろうか?「その逆です。僕は横浜美術館で2008年に個展をしたのですが、その少し前には自分のつくるものが、孤独で閉じた造形になりかねないことに、危うさを感じていた時期がありました。しかしそのうちに、孤独をまるごと切り抜いて手にとれるものにして、外に持ち出してみる。というように、孤独から生まれたものを外に持ち出してみると、他者にとって価値のあるものになったり、機能することもあることを発見できたんです。その気づきのきっかけには、舞台の人とのコラボレーションの仕事がありました。他者というコントロールのできないものと向き合うという点において、コラボレーションには現在も重きをおいています」
学生時代は友人が少なかった。人と交わるかわりに、物を見つめていたという金氏さんが、こうして六本木ヒルズで大きな舞台を動かしている。そのさまをみてひそかに、励まされる人も多いのではないだろうか?
日曜日の昼下がり、ワークショップ「オバケのスカルプチャー」が上演されているあいだ、客席には昨夜エネルギッシュな舞台に出演していたパフォーマーたちが一列に座っていた。夜通し舞台があったので、なかには寝ている人もいれば、ワークショップに熱心に見入っている人もいる。巷にはほかにもたくさん展示があるが、関西から六本木に出演しにきたアーティストたちは、この場でしかみせないtowerの姿に見入っているようだった。たくさんの人が一緒になにかにむかっている場を見ていると、そこに美しさを感じることがたびたびある。この日の客席もまた、私にとってはそんな美しさのある風景としてうつった。
林 央子
Nakako Hayashi
資生堂で『花椿』の編集に携わったあと、退社してフリーランスに。2002年3月に、個人出版プロジェクト「here and there」をスタート。7/10に新作『here and there』vol.13 HYACINTH REVOLUTION issueを発売。
問い合せ先: ユトレヒト
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