東京の街を舞台に、人が恋に落ちる瞬間をスクラップしたショートストーリー。
江本祐介が東京の恋を描く『QUIET TOWN OF TOKYO Vol.2』

「K君いつ髪黒くしてくるの?」
Kは事務所の曇った窓からキッチンの方をチラチラ見ている。
「今日、暇っすね」
「ちゃんと聞いてる?あと新メニュー。覚えといてね」
「はい、ちょっとバックヤードの在庫確認してきます」
「もう時間なんだから早く上がりなね」
「あーこれだけやったら上がります」
バインダーをパタパタと振りながらバックヤードへ向かうKを見送るとまたPCに日報の続きを打ち込み始めた。
4年間続けたOLを辞め、このファミレスに再就職した。OL時代は毎日残業で1日の記憶のほとんどがPCの中だった。あの時はあんなに辛く感じてたPCでの作業も今では気分転換にすら感じるようになった。店長になり配属されたこの店は初台駅から歩いてすぐの甲州街道沿いにあり昼はサラリーマン、夜は家族連れのお客さんが来る繁盛店だった。給料も安くなったし大変な仕事には変わりないけど前の仕事と比べたら店長とはいえだいぶ楽になった。それになによりバイトのみんなとは休憩時間も仲良く話してるつもりだったけど未だにK君だけは休憩が一緒になっても目も合わせてくれないままだった。
「店長!手伝ってください!」
我に返り、急いでホールに出るとさっきまで静かだった店内が動き出していた。あまりの忙しさにオーダーを取るのも追いつかず空いたテーブルを片付けることすらもできなかった。キッチンも今日は人が少なく全員自分の仕事をこなすのでいっぱいだった。
突然店内に大きな音が鳴り響き、急いでそちらに駆けつけるとさっきまで注文の料理を運んでいたバイトの女の子が割れた皿とミートソースパスタと一緒に床にうずくまり泣いていた。
「ごめんなさいごめんなさい……」
「いいよ、あとやっとくからちょっと事務所で休んでな」
床に散らばる皿とパスタを片付ける間も無く
「おい!早くサラダ持ってこいよ!」
怒鳴るお客さん、ドリンクバーでジュースをこぼす子供、店内に鳴り響く呼び鈴、お客さんに頭を下げてるうちに溢れそうになった涙を必死に堪えキッチンへ向かった。キッチンに着くとオーダーされた料理が綺麗にカウンターの上に並んでいた。カウンターの向こうを見るとだらしなくエプロンを着たKが手際よく指示を出しながら冷蔵庫から食材を取り出していた。
「K君もうタイムカード切ったでしょ?」
Kは焼き上がったハンバーグを皿に盛り、次のオーダー表に目を向けながら 「好きでやってるだけなんで」 とだけ答え綺麗に盛られた皿をカウンターに置いた。
ようやく注文も落ち着き一旦事務所に戻るとエプロンを脱いだKが新メニューをメモしていた。
「さっきはありがとね。でもキッチン入るならちゃんとエプロン着なきゃだよ」
「すんません」
「今回は大めに見るけど。でも助かったよ」
メモをカバンにしまうと突然立ち上がったKは真っ直ぐ目を見て
「好きで……やってるだけなんで」
とだけ言い事務所を後にした。
江本祐介
Yusuke Emoto
1988年生まれ。作曲家。ENJOY MUSIC CLUBでトラックと歌とラップを担当。7インチレコード『願いに星を』発売中。emotoyusuke.com