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〈シャネル〉のフレグランスライン「チャンス」に、新たな一本が仲間入り。キャンペーンには歌手のアンジェルが起用され、喜びやときめきを歌う。広告のクリエイティブ全体を統括するトマ・デュ=プレ=ドゥ=サン=モーに、創作のプロセスや〈シャネル〉がつなぐ価値について話してもらった。
〈シャネル〉新作フレグランスの物語の伝え方
「チャンス オー スプランディド」の世界を可視化する仕事とは

ガブリエル・シャネルが残した「チャンス、それは私の魂」という言葉には、自ら手を伸ばして幸運に触れようとする大胆なエスプリが溢れている。「チャンス」と名付けられたフレグランスはこれまでに4種生まれ、それぞれに弾ける自由や可憐さを感じさせるものだった。そこに2025年、「チャンス オー スプランディド」が加わった。ヴァイオレットのボトルには、軽やかな魔法が詰まっている。明るく魅惑的というシリーズ共通のキャラクターを、まばゆいフルーティ フローラルの香りで表現。ラズベリーとローズ ゼラニウムがからみ合い、その奥に生き生きとしたウッディ ノートも潜む。
新たな「チャンス」のメッセージを運ぶのは、ベルギー出身のシンガーソングライター、アンジェル。彼女との協働や、フレグランスの魅力について、〈シャネル〉フレグランス&ビューティのグローバル クリエイティブ リソース ディレクターのトマ・デュ=プレ=ドゥ=サン=モーに尋ねた。
──トマさんは2015年から「チャンス」シリーズのキャンペーンビジュアル作りを統括しています。今回、「チャンス オー スプランディド」の香りに初めて触れたときどんな印象を受けましたか。
「外向的」ですね。そして、笑顔。とにかく軽やかで、たくさんの要素を持っている。複雑だけど、それはややこしいという意味ではない。ぱっと見て想像されるものとは違う奥行きを持っている。興味をかきたて、驚きをもたらす香水だと思いました。
──そこからどのようにキャンペーンを構想されたのでしょうか。
私の仕事は、プロダクトの物語を伝えることです。今回の物語、「チャンス オー スプランディド」のエッセンスとは、若々しさ、どこかへ出かけたくなる気持ち。両肩に運命を背負っているけれど、喜びに溢れた人物像。「チャンス」とは人生の賭けにまつわる物語ですが、勝つと確信している賭けなんです。そうしたマインドを表現するのに相応しいのは誰だろうと考えました。
──そこでアンジェルの起用に至ったのでしょうか。彼女はフランスやベルギーを中心に絶大な支持を得るポップアイコン。〈シャネル〉とも以前から強い繋がりを持っていますよね。
数年前にマスカラのキャンペーンに出演してもらったことがあり、そこからまた彼女と仕事をする機会を窺っていたんですよ。私の仕事のやり方として、まず「この人と何かしたい」というアイデアが来ます。今回はそれこそ幸運が巡ってきて、アンジェルと一緒にできることになりました。さらに、この香りは彼女にぴったり。アンジェル自身もよく「自分は音楽に招かれるようにして歌手になった」と話しています。運命に導かれたという彼女の物語が「チャンス オー スプランディド」と重なり合った、というわけです。
──ムービーで流れる『A Little More』は彼女が特別に書き下ろした曲だと聞きました。
普段キャンペーンの音楽はインストゥルメンタルなものも多いですが、今回は作詞作曲する人とのコラボレーションですからね。歌詞は英語で、リフレイン部分にはフランス語も出てくる。この英仏ミックスは、今時のフランスの若者のスタイルそのもの。それからこの曲のメロディは、一度聴くとずっと心に残る。まるでフレグランスのように、ね。
──映像もとても素敵です。
ジャン=ピエール・ジュネは素晴らしい監督ですから。私がしたことと言えば、ジャン=ピエールとアンジェルをつなげただけ。私の仕事は才能と才能を出合わせることであり、主役ではない。カメラの後ろにジャン=ピエール、前にアンジェル。その状況をうまく作り出すまでが領分です。制作の思い出では、アンジェルが緊張していたのがかわいらしかった。映画監督に撮られるのは初めてだったそうです。あんなに有名な人気者でも、緊張したり不安になったりする…フランス語の表現で「おなかにボールがある」と言うんですが、そうなっているのが印象的でした。でも、謙虚でいるというのは、すごく大切なことだとも思います。
──制作のコア部分はクリエイターを信頼して任せているのですね。
才能ある人たちから、「これをしたい」と意欲を引き出す。それが自分の職能だと理解しています。オーケストラの指揮者ですね。楽器同士を調和させるのが仕事です。
──〈シャネル〉というブランドのキャンペーンを作っていく上で意識していることはありますか。
欲望を与える物語を描くこと。その点は一貫しています。欲望とは人間を生かすエネルギーであり、プロダクトは経験を創出するものです。〈シャネル〉が持ち続けている精神を、いかに現代風に仕立てるか。メッセージはずっと変わらないんです。ただ、その時代時代で受け入れられやすい形にパッケージングしていかなければならない。フランス文化の古典的価値をアップデートした方法で伝えること、とも言えるかもしれません。
──フランス文化の古典的価値、とは?
“フランス的精神”ですね。これを本気で語るには、数年は必要(笑)。でもまず言えるのは、「文明が抱く理想」ということでしょうか。絶対的調和です。それから、普遍性。全員同じということではなく、全ての人が自分自身をそこに見出せる存在を描き出す力。これは、ガブリエル・シャネルが語った「リトルブラックドレスはあらゆる女性に似合う」との言葉に通じます。だから、私もキャンペーンを作るときにはそのストーリーに真実があるかを重視します。物語を見る人が自己を投影できる、何かしらの真実があるか。
──重要なことですね。
はい、とても。ドイツの哲学者ニーチェは、フランス的精神について「軽く、生き生きとしていて、整理されている」というような描写をしました。この形容は〈シャネル〉にも当てはまる。そして、「チャンス」的でもあります。軽やかで生命力に溢れ、でも乱雑ではなく、秩序を持っている。それは美しいことだと私は思うのです。
新作の日本発売に際して、4月に特別なローンチイベントが開催。弾けるような香りの中、メゾンにゆかりのある多くのゲストが集った。
「チャンス オー スプランディド」が見せるのは、自由に跳躍する意志。その香りをまとった瞬間に、未来への確信が満ちてくるはず。
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Photo_Wataru Kitao (Portrait) Text_Motoko KUROKI
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