青山のど真ん中とは思えない深い緑の中に建つ私設美術館。当代きっての名建築家による和の趣ある建物に身を置くと、静かでゆったりとした空気に包まれます。#東京ケンチク物語
青山の深い緑の中に建つ「根津美術館」:東京ケンチク物語 vol.20

根津美術館
NEZU MUSEUM
吹き抜けた風に枝が揺れ、葉っぱがこすれ合ってかさかさと音を立てる。風の行く先を追いかけるように、のびのびと囀る鳥の声も聞こえてくる……。森の奥深くではなく、人々が行き交う青山での話。表参道から西麻布へと抜けていく坂道の途中にある「根津美術館」。明治の大実業家・根津嘉一郎が蒐集した東洋の古美術品およそ7400件を収蔵する、約2万㎡の庭園に建つプライベートミュージアムだ。
元は、嘉一郎の邸宅を改装するかたちで1941年に開館。以来幾度かの増改築が行われたが、現在の建物は2006年から3年がかりで新築したものだ。設計は隈研吾。東京オリンピック・パラリンピックの主会場として建てられた新「国立競技場」の意匠が記憶に新しい、現在の日本でもっとも名前の知られた建築家の1人である。
館の建物は、緩やかに傾斜する敷地の上側の端に建つ。前の通りから門を抜けると、まず迎えるのは建物の壁沿いに伸びるアプローチだ。右手側は竹の生垣、左手側は丁寧に切りそろえて処理を施した美しい竹材を貼りつけた壁面。庇の落とす影で少しだけ暗い、竹のトンネルのようなこのアプローチを歩くうち、日常がすっと遠のいて、気持ちが静かになっていく。
美術館の全貌が現れるのはこの先だ。地上2階・地下1階建てにして高さを抑え、大きな三角屋根を架けた建物。屋根の形とその上に載る瓦、屋根から続く庇、随所に使われる竹……。昔ながらの日本家屋を思わせるデザインと素材使いなのだが、鉄製の柱、大きなガラス面などモダンな要素が差し込まれてシャープな印象も醸し出す。その印象は建物の内部でも続いていて、特に入ってすぐのホールは見事だ。すっとした直線でつくられた天井の高い空間を、竹の練りつけを用いた天井面のベージュや砂岩を貼った床面のペールグレーなどの中間色が絶妙に和らげ、ガラス越しに柔らかな自然光が巡る。自然素材と工業素材、日本古来の美とモダンの美。建物という人工物と、ガラスの向こうに見える庭園という自然……。
ひとつの建築のなかに相反する要素が共存することで、かえって両方の美しさが引き立ち、調和が生まれた空間。さまざまな国・文化のさまざまな美を集めた美術館にふさわしいうつわだ。