このビルをまったく知らない人を探すのが難しいほどの表参道のランドマークが今回の目的地。建築として眺めると、見慣れた景色が更新される面白さが見つかります。
渦巻きながら上っていく螺旋を思わせる複合文化施設「スパイラル」:東京ケンチク物語 vol.23
スパイラル
SPIRAL
「スパイラルの場所は?」と聞かれたらほとんどの人が表参道駅のすぐそばと答えられるはずだし、立ち寄ったことがある人も多いだろう。歩道から見えるポップアップショップに誘われて、展示やイベントを見に、カフェで打ち合わせに……。立地も相まってとても身近な複合文化施設だ。
では、この建物の名前の由来を知っているだろうか? 答えを探して、ビルの前の246号線を渡って大通りの反対側へ。建築全体がこの名前を体現しているのを理解できるだろう。1985年完成のこの建物、設計は槇文彦。現在92歳になる槇は、代官山の「ヒルサイドテラス」や千葉の「幕張メッセ」なども手がけた、世界の建築界の巨匠にして最古参のひとりだ。
さて「スパイラル」の通り側の外観は、主にアルミパネルとガラスで構成されている。右下にあるガラス面が左へ向かってだんだんと上がっていき、左端で真上に上ったら、今度は左から右へと徐々に上がる。さらに右の上部には円錐形の小さな塔。アルミパネルのテクスチャーの違いなどもあって、渦巻きながら上っていくスパイラル(螺旋)を思わせる。
さらに螺旋がただの装飾ではなくて、空間の動線や建物自体のあり方に行き渡っているのも、この建築の醍醐味。たとえば外観のガラス面は、1階と2階をつなぐ大階段やホールの待ち合いなどからゆったりと通りを眺めるためのものだし、1階奥の円筒形のアトリウムをぐるりと回り込んで2階のショップへ至るスロープにも、もうひとつ螺旋状の動線が隠されている。さらに言うと「スパイラル」は、女性ならアンダーウェアでなじみの深いワコールが、生活とアートを結びつけるための場としてつくった建物。
「いろんな良質の物事を吸収して、外見だけではなく内側から素敵な人へとステップアップしてほしい」。さまざまなカルチャーと出合うことのできるこの建物には、そんな願いも込められているというわけだ。外観と内観、そして建物の目指すすべてのものを「スパイラル」という名前がまとめ上げる。そしてそれが35年にわたって街行く人々にも愛されている……。東京の人々に身近なこのビルは、実は稀有なほどに幸福な建築なのだ。