世田谷区の環状八号線沿いに広がる砧公園。深い緑の中に在り、人々を自由に迎え入れる美術館が、地元の健やかで文化的な暮らしを見守り続けています。
深い緑の中で人々を自由に迎え入れる「世田谷美術館」
東京ケンチク物語 vol.63
世田谷美術館
Setagaya Art Museum
世田谷区にある砧公園は、地元の人々にとって豊かな恵みだ。40ヘクタール近い広大な敷地は深い緑に覆われ、四季折々の変化を見せる。春には桜が咲き誇り、夏には大樹の影を涼風が吹き抜け、秋の紅葉そして木々が落葉した冬景色もまた美しい。散歩にピクニックにと、毎日の暮らしに直結した楽しみをもたらすこの公園を、さらに身近に引き寄せるのが「世田谷美術館」の存在だ。地域社会に根差した文化施設として1986年に開館。区内在住作家などの作品調査や研究、収集と展示にも注力してきた。前年に完成した建物の設計は、1933年生まれで、昭和後期から平成にかけて活躍した内井昭蔵が手がけている。
公園内の美術館ならではの建築とは何か。内井はそれを強く意識して設計にあたった。周辺の自然に溶け込むよう、建物は園内の木々より低い地上2階、地下1階に。そうして元からあったクヌギの大木をL字に囲むように複数の小さな棟を配置して回廊でつないでいる。この回廊や公園との境目部分に展開するパーゴラ(植物棚)を印象づけるのが、大きな逆三角形をしたコンクリートの支柱だ。こうした構造体がテラス部分の屋根や、室内の天井を支えながら居並ぶ列柱空間は圧巻。まるで古代の遺跡のような重厚な空気感をたたえる。さらにコンクリートの外壁にショットブラスト(表面に細かい砂や鋼製の球を打ち当てて細かなへこみをつくる手法)を施したり、穴あきの正方形のタイルで彩ったりといったディテールも、その印象を重ね塗りしていく。荘厳な感覚の一方で、閉塞感とは無縁なのも美術館の大きな特徴だろう。建物のボリュームを細かく分け、風や視線が通り抜ける回廊でつないでいるから、館へのアプローチが多方向から容易なのだ。公園で遊んでいるうちにいつの間にかアートの世界へと迷い込むような、たくみな動線が仕込まれている。
光天井が美しいエントランスホールに刻まれたラテン語「ARS CUM NATURA AD SALUTEM CONSPIRAT」の文字は、"芸術と自然は秘かに協力して、人間を健全に導く"との意味だとか。それを体現するように、この建築の中では世田谷の自然と芸術が、ぎゅっと固く手を結ぶ。
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世田谷美術館
公園の景色に開かれたレストラン「ル・ジャルダン」や、地下中庭から建築を愛でることのできる「SeTaBi Café」も併設。11月17日まで『生誕130年記念 北川民次展─メキシコから日本へ』を開催中。1894年生まれで20歳で渡米し、1920年代には革命後の壁画運動に沸くメキシコで新進の画家として活動して帰国した異色の画家だ。10月14日までミュージアム コレクションⅠ『アートディレクターの仕事─大貫卓也と花森安治』展も開催中。
住所_東京都世田谷区砧公園1-2
Tel_03-3415-6011
開館時間_10:00〜18:00
定休日_月
観覧料は展示によって異なる。
東急田園都市線用賀駅より美術館行きバスを運行。用賀駅より徒歩17分。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto