かつて宮家の邸宅として建てられた、アール・デコの粋を集めた建築。広大な庭園を進んだ先、静寂の中でアートを堪能できる一軒へと向かいました。
かつて宮家の邸宅として建てられた、アール・デコの粋を集めた建築「東京都庭園美術館」
東京ケンチク物語 vol.45
東京都庭園美術館
TOKYO METROPOLITAN TEIEN ART MUSEUM

白金台駅と目黒駅のちょうど中間辺り。1万坪あまりの敷地に、日本庭園と西洋庭園、青々とした芝生の庭が広がる美しい場所がある。季節ごとに移ろう木々を、ゆっくりとした歩みで楽しむ人も見えるこの敷地に建つのが「東京都庭園美術館」だ。地上3階、地下1階の建物は、平な屋根を載せた白い箱型。ずらりと並ぶ縦長の窓が、シンプルな印象の外観にリズムを添える。中へ足を踏み入れると、目をみはるようなアール・デコ空間が広がる。1933年完成のこちらは、元は明治末に創立された旧宮家・朝香宮鳩彦王と明治天皇の第8皇女・允子内親王の邸宅。フランス留学中の鳩彦王が大事故に遭い、允子内親王も看病のために渡欧。2人は一時期パリに住んだ。折しも当時=1920年代半ばは、近代化の波に乗ってアール・デコがヨーロッパを席巻した頃。2人も博覧会などでその美に触れて感銘を受け、帰国後に建てる新居をこの様式で統一すると決めたという。悲しく大きな事故だったというが、パリでの時間がなければ実現しえなかった空間でもあるのだ。
パリで始まり、アメリカで大きく花開いてエンパイア・ステート・ビルやクライスラー・ビルといった現在も続くマンハッタンの景色を形作った「アール・デコ」は、直線的な造形、幾何学モチーフの繰り返しによる装飾が特徴的な様式。合成樹脂、鉄筋コンクリート、強化ガラスなどの新素材や、大量生産体制が整うことで生まれた、機能的ながら装飾美も兼ね備えたスタイルだ。この邸宅の設計には朝香宮夫妻が積極的に参加。アール・デコを代表する1人、アンリ・ラパンをはじめとする一流アーティストたちの協力も取りつけ、宮内省(現在の宮内庁)のエリート職人集団・内匠寮が図面を引いた。大広間や食堂、居室やバルコニー、階段……と、どの空間もディテールも美しいが、ラパンがインテリアデザインを手がけた大客室(サロン)はわけても圧巻。ルネ・ラリックによる照明や、美しい装飾の施された扉のガラスなど、当時フランスで活躍していたアーティストたちが腕をふるっている。発祥の地から遠く離れた東京の緑の中に今も残る、アール・デコのきわみのような一軒だ。
Illustration_Hattaro Shinano Text_Sawako Akune Edit_Kazumi Yamamoto