何度も観返しているもの、生き方の指針になっているもの。面白い作品はたくさんあるけど、「マイ・ベスト」は? 柄本佑さんに、愛してやまない一本を教えてもらいました。
駅馬車
ジョン・フォード | 1939年 | アメリカ | 99分
何度も観返しているもの、生き方の指針になっているもの。面白い作品はたくさんあるけど、「マイ・ベスト」は? 柄本佑さんに、愛してやまない一本を教えてもらいました。
駅馬車
ジョン・フォード | 1939年 | アメリカ | 99分
映画という大きな“嘘”に包まれた瞬間 涙が出てしまうんです
冒頭、荒野をたくさんの馬が駆け抜けて、音楽が流れる。開始1分でジョン・フォードの雄大さを感じてボロ泣きですね。ジョン・ウェイン演じるリンゴ・キッドが銃を回しながら登場するシーン。あのズームイン。カッコいいですもん。酒飲みのブーン医師も、カーリー保安官の芝居もたまらない。最初から最後まで無駄なシーンがなくてストンと楽しめる。スクリーンを見上げながら、僕はいま映画にやられちゃってんだなって感じる作品です。
初めて『駅馬車』を観たのは小学生だったと思います。その頃は、西部劇があまりに単純明快すぎて、正直どこが名画なのかさっぱりわからなくて。でもそれは僕に観る力が無かっただけでした。まっすぐな作品に満足できない時期ってあるじゃないですか。もっと複雑で難解なヌーヴェルヴァーグとか、斜に構えた方がカッコいいみたいな。そこから多くの作品を観ていくと、実はシンプルであることが一番難しいと気づきました。何年か後に映画館でジョン・フォードの作品が上映されているのを観た時、「うわ、こんなにすげーんだ!」と驚きました。ヌーヴェルヴァーグがそういう親から生まれてきた子どもであって、それを愛する僕らも映画反抗期だったんですよね。反抗期を経れば、お父さんたちのすばらしい映画をリスペクトできる。親のありがたみを知り、最終的に『駅馬車』にたどり着く。そんな感じです(笑)。
うちの家族は、映画を観てないと会話ができなかったんです。親父は「ザ・役者」な人。演劇が中心だったので、仕事でいないことも多くて、家にいても母親と映画の話をしてるか、役者の話をしてるか。無言でいるのが平気な人で、映画を観ておけばやっと会話ができる。それで中学生の頃に映画館に通うようになりました。トリュフォーとかゴダールにハマって、もうね、終わって出る頃にはジャン=ポール・ベルモンドでしたから。タバコもないのに(笑)。あとはリヴェット、シャブロル、大島渚、相米慎二…挙げたらキリがないですが、気づいたら映画好きになっていました。はじめて『フレンチ・カンカン』(54)を文芸坐で観た体験は忘れられません。映画の喜びを知るというか。この豊かな気持ちを味わうために僕は映画館に通っていたんだ、と思うくらい衝撃でしたね。親父に勧められたロメールの『緑の光線』(86)も、VHSで観た時は何も感じなかったけど、後にスクリーンで観たら面白くて。名画と呼ばれるものは特に、映画館でファーストインプレッションを受けたいな、と思うようになりました。
僕は映画というおおらかな嘘に包み込まれると、瞬間的に涙が出てしまうんです。青春とか、戦いとか、日常では起こりえない大きな嘘に出合えるから映画館に行くんだろうなあ。アドレナリン出まくりで、外に出た時って、街の景色が変わって見えませんか。同時に生活が迫ってくるんだけど、日常を頑張ろうって思えるし、目の前の景色を少し変えてくれる。映画はそれくらいの力がある気がします。
ジョン・フォード | 1939年 | アメリカ | 99分
映画史に残る、西部劇の金字塔。ジョン・ウェインにとっては不遇時代を経た主演作であり、以降ジョン・フォード作品の看板俳優となる。(東北新社/¥2,500)
>> 2019年は数々の映画祭で主演男優賞を受賞。7月には映画『アルキメデスの大戦』、8月に『火口のふたり』が公開。