テレビや映画と違い、観始めたら止められない、止まらない理由ってあるのだろうか?動画配信に夢中になってしまうその仕組みを、精神科医の星野概念さんに聞きました。
キーワードは“カタルシス”。人はなぜ、海外ドラマにハマるのかを精神科医が解説

シーズン10を超えるドラマにおそろしく時間を費やしてしまったり。次の1話の待ちきれなさを重ねて、気がついたら朝になっていたり。我に返りハッとするほど、人を熱狂させる海外ドラマ。そこには、多くの人を引きつけて離さない特別な何かがあるのだろうか。精神科医の星野概念さんも、過去に『LOST』や『glee』、『トッケビ』などの海外ドラマにハマった経験があるという。
「ただただ平坦な田園風景の映像なら、退屈で誰もそんなにはハマりませんよね。そうでなく海外ドラマには、1話ごとになんとなくワクワクしたり、なるほどと膝を打つようなことがあったり、次はどうなるのかと思わせるポイントがある。何かしら観ることによる喜びや満足感、“快(カタルシス)”といったものを得られるように作られていると思うんです」
ゲームだって、プレイしていて何も起こらなかったらずっと続けようとは思い難い。インターネットも、求めていた情報を見ることができるから依存する。何かしらの喜びが得られるから駆り立てられる、そういった快の仕組みが、海外ドラマを止められなくなることにも関係があるという。
「お酒もそうです。飲むとふわっとして気持ちがよくなる。それがひとつの快となり、また飲みたくさせる。海外ドラマでも、面白いシーンを観ることで快が得られます。1話ずつ観る度にその体験が繰り返されると、やっぱり面白い!が続き、観ること=快を得られる行為だと思い始めるんです。すると脳は、次の快を期待するようになる。ワクワクしてドーパミンも出ます。期待に基づいて、快を再体験しようと、それに向けた行動をおこす。そこでまた観る、また快が得られる。期待通りに快が得られると、脳内麻薬様物質が出て、さらに気持ちがよくなります。これが報酬系と言われる脳のメカニズムです。このループが続くと、さらにどんどん癖になって止められなくなっていきます。海外ドラマは観ても快が得られなかったということがないように面白く作られているし、お酒と違って続けていても体がボロボロになったりしない。気づけば何時間も費やしてしまった、と少し反省するくらいで、離脱する要因になるようなネガティブな要素がないからハマりやすいんですよね」
たとえば、競馬やパチンコでビギナーズラックで儲けても、次から何度も当たらなくて損をすることが続くと次第に足が遠のく。それと同じように、快の再体験に向けて行動しても、快が得られないことを繰り返すと依存し難くなるというが、海外ドラマはそうではない。毎回、必ずと言っていいほど快の期待に応えてくれる。しかも、観るために待つとか、 どこかまで行くといった面倒な足かせもない。
「かつて固定電話しかなかった時代は、日中に恋人に連絡したくても手段がない。だから仕方なく我慢をしていました。でも今は、携帯やメールでいつでも自由に連絡できる。そのせいで仕事中もLINEを見てしまったり、SNSに没入してしまう人は多いと思います。ストリーミングのドラマも、観たいものがいつでもどこでも観られて、続きのDVDが貸出中だったり、テレビドラマの次回の放送まであと1週間あったりと、仕方なくあきらめなくていい。待つ期間があるとその間に少し熱が冷めたりしますが、ずっと観られると、どんどん頂戴!になる。しかも、いくらおかわりしてもおなかがいっぱいになるわけではないから、ハマっていってしまう。そういう意味でも、テレビドラマや映画より、望んだ快楽をすぐに提供してくれる海外ドラマの快のループの方が、より癖になりやすいと言えるのかもしれません」
ストリーミングでいつでも好きな時に自由に楽しめる気軽さは、ハマりやすさのひとつの要因とも言える。それとともに、いくらでも、というコンテンツのボリューム感も快を加速している。
「週1回のテレビドラマを楽しみにしていたような時代なら、残った他の時間は本を読んだりラジオを聞いたりして埋めたりしていたかもしれません。それと違ってネットには、観切れないほどたくさんの動画が上がっているから、自分が観たいものにずっとハマっていることもできます。海外ドラマではありませんが、僕はNBAが好きでYouTubeでバスケットの動画ばかり観てしまうんです。昔はバスケ雑誌がふたつくらいしかなかったから、趣味のバスケに費やしたくても費やせる時間は少なかったけれど、今は新しい試合の動画がどんどん上がるから常にいくらでもバスケ欲を満たせる。そうすると他の事柄には興味が行きにくくなる。ネットの存在によってひとつのことにより深くハマる環境ができあがっているのかなと思います。便利さが人をバカにするようなところがありますね」
ハマったのが違法なものなら、それがひとつの抑止力にもなるが、そうでない場合、自分を律することができる人でないと、快のループから抜け出すのはなかなか難しい。海外ドラマの観たさと、うまく付き合うにはどうしたらいいか。
「ハマったら3日間くらい捨てても、早く全部観てしまうのがいいんじゃないでしょうか(笑)。観終わって一区切りしたら、もう観なくて済みますから。観たい気持ちが強すぎてやらなければならない仕事をやらないとか、会社に行かずにズル休みを続けるなど、社会的に支障をきたせば病的なドラマ依存の状態と言えますが、そうでないなら、それくらい夢中になれるものがあった方がいいですよ。人って合理的に生きようとする一方で、そういうものにハマるから面白いんだと思います。観れば知識も話題も増える。タイムマネージメントをしっかり、みたいな話より『ゲットダウン』のあの赤いスニーカーが欲しいんだよね、って話の方が楽しくないですか?」
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星野概念
ほしの・がいねん>> 病院に勤務しながら、ウェブや雑誌媒体への執筆を行う。星野概念実験室や□□□でのライブなど音楽活動も。バンド仲間で患者と医師としての関係でもある、いとうせいこうとの共著『ラブという薬』が話題。
Illustration: Minoru Tanibata Text: Asuka Ochi