三菱一号館美術館にて、展覧会「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」が開催中だ。およそ一年半の長期休館を経てリニューアルオープンした館が、画家ロートレックの作品を並べるとともにフランスを代表する現代アーティスト、ソフィ・カルを招聘。彼女が今回の展示で見せるものとは?本人インタビューをお届けする。
ソフィ・カルに新個展についてインタビュー
展覧会『不在』に込めた思いと、新作について
制作活動を始めた1979年以来、自伝的作品『本当の話』(1994年)や自身の失恋体験を主題とした『限局性激痛』(1999年)など、テキストや写真、映像を組み合わせた作品を多く発表してきた。ソフィ・カルの仕事は、ときにセンセーショナルでときに奇抜にも見える。けれど根底には常に他者とのつながりの形を追究する視点があり、ユニークな発想とともに鑑賞者の心をとらえていく。イスタンブールで初めて海を見る人々の姿を捉えた『海を見る』(2011)や、パリ「ピカソ美術館」の休館中に保護されたピカソ作品を撮影した『監禁されたピカソ』(2023)などの近年の作品においても、さまざまな「当たり前」を軽妙に問い直す手法が冴え渡っている。
──三菱一号館美術館からこの企画が持ち上がったとき、「不在」をテーマにしようと仰ったのはソフィさんだと伺いました。
もちろん、「不在」というのはもうずっと前から私の重要な主題ですから。今回展示される2017年の『自伝』シリーズでも、亡くなった両親のことを描いています。
──『本当の話』の時点で、このテーマが現れていると感じました。ジャン・ボードリヤールもあなたの本に寄せた文章で「不在」に言及していますね。
そうなんですか?ボードリヤールは確かに私が大学でついていた先生で、寄稿もしてもらいましたが、読んでいないかも。いえ、読んだでしょうけど、内容を覚えていません。
──これはあなたがヴェネチアまである男性を追いかけ、現地で尾行する様子を描いた本ですが、尾行という行為について、ボードリヤールは「他者の網の目は、あなた自身が不在になるための手段として利用される。あなたは他者の足跡のうちにしか存在しないのだが、ただし向こうは気づいていない」と書いています。
おもしろいですね。彼がそんなことを書いてくれていたとは。
──「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」では、新作も披露されています。19世紀フランスの画家オディロン・ルドンの『グラン・ブーケ(大きな花束)』に着想を得たと聞きましたが…。
コロナ前に初めて三菱一号館美術館を訪れたんです。そこで、とても立派な作品が一年のうちほとんど壁の裏側に収蔵されていると聞いて、それを主題にしたいと思いました。巨大な絵画作品が、展示室から「不在」となっているというところにおもしろさを感じたのです。そこで、美術館のスタッフに話を聞くことにしました。それぞれに作品のことを描写してもらうと、立場によって語りの種類が全く異なる。学芸員は絵の中身を話すし、運搬を担う人は絵画のフラジャイルさや手入れのしやすさといったことを話すんです。
──ソフィさんのクリエイション全体について気になっているのですが、ご自分の私生活と制作活動はどのくらい地続きですか?というのも、作品を見ているとかなりインティメイトな部分をアートに昇華しているように思えて。
それは少し違いますね。私はあまり自分自身のことは話しませんし、作品は作品。確かに夫や恋人のことをしばしば引用していますが、実際には、私が関係を持った相手で作品に出てこない人も大勢います。そういう意味でプライベートと作家としての生活は全く別だと思っています。
──では、たとえばですが、ソフィさんにとって「ありふれた一日」とはどんなものですか?
あなたの一日と同じだと思いますよ。起きて、顔を洗って、友人と会って、ワインを飲んで…。日常のなかからアート作品にできるものを見つけることは、そんなに多くありません。一年に一回、二年に一回、出合えばいい方。
──写真そのものより先に説明するテキストを読ませる『なぜなら』シリーズもとても好きです。今回の展覧会にも2018年制作のものが展示されますね。テキストとイメージの微妙な関係性を直視し、疑問を投げかける点も、とてもソフィ・カルらしいと勝手に考えています。その上で、ざっくりとした質問で恐縮なのですが、芸術とくに現代芸術において、文脈を知っておくことはやはり重要だと思いますか。
作品に依るのではないでしょうか。ただ、確かに、ある程度の学習は必要だと思います。私の場合は、幸いにもパリという文化にあふれた街に生まれ、父親はアートの蒐集家でした。そうした環境で育ったからこそ、自然と身についたものもある。その意味で、アートとは外国語のようなものといえるかもしれません。
「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」では、カルが三菱一号館美術館で働く人たちに聞き取りして制作した新作『グラン・ブーケ』の横に、建築家フランク・ゲーリーから贈られた花をモチーフにした作品も展示。花を描いた画家、花を贈った人の不在の中でブーケはどんな横顔を見せるのか。そのほか、『海を見る』(2011)、『北極(なぜならシリーズより)』(2018)、『監禁されたピカソ』(2023)なども展覧されている。
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「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」
会期_開催中〜2025年1月26日(日)
会場_三菱一号館美術館
住所_東京都千代田区丸の内2-6-2
開館時間_10:00〜18:00(金曜日と会期最終平日、第二水曜日は〜20:00)
*月曜休館。
*12月31日(火)、1月1日(水)休館。
入館料_2,300円(一般)、1,300円(大学生)、1,000円(高校生)
Photo_Naoto Usami Text&Edit_Motoko KUROKI