夏の夕暮れは、他のどの季節よりも切ない顔をしている。この感傷を紐解きたくて、音楽によって日本のド真ん中に〝切なさ〟を届け続けてきた小林武史さんを訪ねた。
小林武史さんに聞く〝切なさ〟と音楽 1.共感を呼ぶJ-POPの要素

「夕暮れの海に ほほを染めた君が 誰よりも 何よりも 一番好きだった」という歌い出しから始まるMr.Childrenのデビューシングル「君がいた夏」(92)は、夏の〝切なさ〟がふんだんに詰め込まれた一曲。歌の中の僕は「君」と出会い、海ではしゃいだ夢のような時間は過ぎ、夏の終わりが2人を引き離してしまう。恋のキラキラと儚さを併せ持つ夏のラブソングは、何度聴いても胸が締めつけられる。
Mr.Childrenやレミオロメンをはじめ、日本を代表するミュージシャンをプロデュースし、恋や人生のやり切れなさを多くの名曲にのせてきたあの人なら、〝切なさ〟の正体を知っているに違いない。そう考えた私たちは、音楽プロデューサー小林武史さんのもとを訪れた。〝切なさ〟って、一体なんなんでしょう。小林さんがこの感情を意識するきっかけとなったという一曲から、話は始まった。
「92年のデビューから一緒に歩むことになったMr.Childrenと僕にとって、間違いなく分岐点となったのは、5枚目のシングル『innocent world』(94)(*1)でした。その前に出した『CROSS ROAD』(93)までは客観的だった詞の世界から一歩踏み込んで、『近頃じゃ夕食の話題でさえ仕事に汚染されていて』みたいな、桜井和寿の日常に潜んでいた痛みが詞に出てきたんですよ。曲が完成した時、日本の音楽シーンを変えるひとつの答えに導かれたように感じたのを覚えています。それが〝切ない、だけど、前に進んでいく〟という感覚でした。自分の青さと決別し、進もうとするパワーを含みながらも、結局それが消えることはない。みんな、きっと何かしら割り切れない想いみたいなものを持っていて、それと戦おうとしているんですよね」
どうにかしたいけどどうにもならない〝切なさ〟と、それでも前に進もうとする姿勢。この2つの要素を併せ持つ曲が、日本の多くの人の共感を得るという発見にたどり着く。同時に、それまで西洋の音楽に大きく影響を受けてきた小林さんが、音楽プロデューサーとして抱いていた「日本人が求めている音楽には、もっと何か必要な要素があるのではないか」という疑問への答えが明確になり、一気に視界が開けたのだという。
「20代の頃、僕にとってYMO(YELLOW MAGIC ORCHESTRA)の3人はとても大きな存在で、彼らやその周りの人と音楽の仕事をしながら、しばらくの間〝ニッポンと世界〟みたいな関係性を学んでいたような気がします。『真夏の果実』(*2)や『希望の轍』(共に90)をはじめ、いくつかの楽曲に関わることになった桑田佳祐さんの中にも、日本と、ビートルズを中心とした西洋の多様な音楽が流れていて、彼は1人でその化学反応を起こせるような人でした。彼と一緒に音楽を作った経験が、今の僕の基礎になっていることは確かです」
*1
innocent world Mr.Children
(1994/トイズファクトリー)
Mr.Childrenの5thシングル。ミリオンセラーを記録し、94年の日本レコード大賞で大賞を受賞。
*2
真夏の果実 サザンオールスターズ
(1990/ビクターエンタテインメント)
桑田佳祐が監督を務めた映画『稲村ジェーン』の主題歌であり、サザンを代表する夏の名曲。
【小林武史さんに聞く“切なさ”と音楽】1.共感を呼ぶJ-POPの要素
2.“切なさ”を生み出すメロディ
3. 季節は移ろい水は流れる
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小林武史
80年代より数多くのアーティストの音楽プロデュースや映画音楽を手がける。2003年にMr.Childrenの桜井和寿氏、音楽家・坂本龍一氏と非営利団体「ap bank」を設立。自然エネルギーや食の循環を目指す活動を行う。