夏の夕暮れは、他のどの季節よりも切ない顔をしている。この感傷を紐解きたくて、音楽によって日本のド真ん中に〝切なさ〟を届け続けてきた小林武史さんを訪ねた。
小林武史さんに聞く〝切なさ〟と音楽 2.切なさ〟を生み出すメロディ

95年にはMY LITTLE LOVERの「Hello, Again〜昔からある場所〜」(*1)をリリース。〝切なさ〟マジックをかけられた名曲がまたひとつ、日本のポップミュージックシーンに送り出された。その頃には、岩井俊二監督との運命的な出会いを経て、小林さんが音楽監督を務めた映画『スワロウテイル』(96)(*2)が公開。架空の都市・円都(YEN TOWN)を舞台に繰り広げられる幻想的な映像と音楽との共振がセンセーショナルであり、若者から大きな反響を呼んだ。CHARA演じるグリコがヴォーカルを務める架空のバンドYEN TOWN BANDがフランク・シナトラのカヴァー 「My Way」を演奏するシーンは印象的で、主題歌「Swallowtail Butterfly〜あいのうた〜」(96)も大ヒットを記録した。
「僕はアレンジをする時、メロディや歌に対して、さらにもうひとつ、主にストリングスなんかを使って別のメロディを絡めていきます。これをカウンターラインっていうんですけど、この2つの線を編んで生み出す工程が、先ほどの『切ないけれど、前に進む』を演出していると言えるかもしれません。さかのぼればそれは、バッハの対位法(*3)が近いです。ニューヨークのスタジオで、日本人アーティストの曲を現地のエンジニアと録ることも多いんだけど、この〝切なさ〟はなかなか言葉では伝わらなくて。そういう時に、バッハやドビュッシー、彼らに影響を受けたビートルズの曲なんかを媒介にして、伝えていました。バッハやドビュッシーのピアノのアレンジの音って、実は湿気のある映像の世界にものすごくマッチするんですよね。たとえば僕が音楽を担当した『リリイ・シュシュのすべて』(01)(*4)という作品。この中では、ドビュッシーの楽曲を多く使用しています。岩井俊二さんの映像や、アジアで撮られた映画作品に通底するのは湿度だと思うんです。日本の梅雨から夏にかけての湿気って独特でしょう?その湿気がいつのまにか乾いてしまっているというところまで含めて、〝切ない〟音楽にしっくりくるんです」
*1
Hello Again〜昔からある場所〜 MY LITTLE LOVER
(1995/トイズファクトリー)
akkoがヴォーカルを務めるMY LITTLE LOVERの3rdシングル。 ドラマ『終らない夏』の主題歌。
*2
スワロウテイル(96)
監督:岩井俊二/DVD発売中(ポニーキャニオン)
三上博史、CHARA、伊藤歩が主演を務め、 劇中の架空のバンド「YEN TOWN BAND」も話題に。
*3
バッハの対位法
複数の旋律を調和させる理論「対位法」を バッハは生涯研究し続け、集大成が『フーガの技法』。
*4
リリイ・シュシュのすべて(01)
監督:岩井俊二/Blu-ray(ノーマンズ・ノーズ)
地方都市の少年が抱える闇を、 学生生活やインターネットの掲示板でのやりとりを通して描いた。 リリイ・シュシュ役は歌手のSalyu。
【小林武史さんに聞く“切なさ”と音楽】1.共感を呼ぶJ-POPの要素
2.“切なさ”を生み出すメロディ
3. 季節は移ろい水は流れる
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小林武史
80年代より数多くのアーティストの音楽プロデュースや映画音楽を手がける。2003年にMr.Childrenの桜井和寿氏、音楽家・坂本龍一氏と非営利団体「ap bank」を設立。自然エネルギーや食の循環を目指す活動を行う。