小さな料理 大きな味 40
味噌漬けで回収
レジェンド的な存在のシンガーソングライターが言っていた。
「バッグに少しの着替えだけ入れてぷらりと空港に行って、飛行機のフライトボードを眺めて行き先を決め、そこでチケットを買ってどこかに向かう。そんな旅をするのが夢だな」
インタビュー番組だったか、MVだったか。ごく短い言葉を思い出したのは、海を越える旅ができなくなってから一年半も過ぎたからかもしれない。行き先が寒くても暑くても構わない、着いた先で服を買えばいいんだからというのを聞いて、本当にそうだ、予定のない旅ほど贅沢なものはないと強く思った。
毎日とかく予定で縛られがち。いや、予定やスケジュールに縛ってもらわなければ物事が進まないときもしょっちゅうあるし、 逆に、予定を立てていたのにズレることもたびたび。明日は夏用に買った麻生地のロングスカートにTシャツ、コンバースと決めていたのに、朝起きたら強い雨が降っているから、あわてて路線変更。歯医者に入れなきゃいけない予約の電話。受け取りが遅れているクリーニングの仕上がり。小さな予定がたびたびズレる。そんなの日常茶飯だからあまり気にしなくても。自分で自分を慰めながら、やっぱりもやもやする。
買い物をしたあと、予定通りにいかないこともよくある。
数日忙しくなりそうだから、買い置きしておいた肉に手が伸ばせていないとき。せっかく買ったのだから無駄にはしたくないし、冷蔵庫のなかの存在がチラチラ気になる。
そんなとき、いい手があります。たとえば、味噌漬け。肉が残りそうになったときの回収策として、「冷凍する」「塩をまぶしておく」などの手があるけれど、「味噌だれに漬ける」のもひとつの手。保存のために塩をまぶすところを、おなじく塩分濃度の高い味噌に置き換えてみるのだが、味噌の風味が染みる味の変化のおまけがついてくるところが、ちょっとうれしい先回り。
手元に鶏もも肉が一枚、あるとしましょう。裏と表、つまり肉の部分と皮目に包丁の先かフォークをまんべんなく突き刺し、味噌だれをまぶしてラップでぴちっと包む。
【材料 鶏もも肉一枚300グラム見当の場合】
味噌大さじ2 醬油大さじ1/2 みりん大さじ1 酒大さじ1/2
使う味噌の塩分濃度によって醤油の量は自在にプラスマイナスしてください。焼くときのポイントは、あらかじめ味噌だれをキッチンペーパーなどできれいに取っておくこと。たれがついたままだと、肉に火が通る前にまわりが焦げてしまうから。
もちろん、「今日は鶏もも肉の味噌漬けをつくろう」という日にも、ぜひ。三時間もあれば味は染みる。「ひと晩漬けて明日のお楽しみ」という予定にもきっちり応えてくれる。