ふと考えてみた。ソースという言葉をいつ覚えたんだろう。
たぶん、あれ。
コロッケ、メンチカツ、とんかつ。からりと揚がったきつね色の衣に茶色のソースが染み込む場面を想像するだけで、口のなかがきゅうんとする。子どもの頃、初めて見たウスターソースの瓶にはなにかを牛耳る支配的な風情があった。
つぎに覚えたのは、小学校の家庭科の調理実習だった。六年生だったかな、あるときタルタルソースをつくったんです。「タルタル」の響きもすてきだったけれど、こんな妖精みたいな食べものが存在しているなんて、と感激したことを忘れない。ゆで卵を粗く潰し、みじん切りの玉ねぎを水にさらして布巾に包んできゅっと絞ったら、マヨネーズと和える。パセリのみじん切りも少し混ぜると、小学生がつくったとは思えないくらい美しい。思いがけず「タルタル」が簡単なことにびっくりしたけれど、もっと驚いたのは、その存在感の大きさだった。塩こしょうして焼いた白身魚にかけると、口のなかに大輪の花が咲いたよう。ただ焼いただけの魚が一転、華やかに変身して、どぎまぎしたものだ。
ソースは、そもそも劇的な存在なんだろう。
現れるだけで舞台の空気をぱあっと塗り替え、場面転換をもたらす。でも、ソースって手がかかりそうだし、面倒じゃないの?そんな声も聞こえてきます。
そこで勧めたいのが、野菜のヴィネグレットソース。何種類かの野菜を切って、さっと火を通すだけですよ。
初夏に出回る野菜なら、なんでもいい。私がよく使うのは、トマト、ズッキーニ、ピーマン、なす、甘長唐辛子、パプリカなど。決まりごとは、玉ねぎ以外に三、四種類ほど組み合わせること、同じ大きさに切り揃えること。さっと火を通すだけだけれど、ほら、ソースですもの、お洒落にいきたいじゃないですか。
【材料】二人分
玉ねぎ1/4個
トマト1個
ズッキーニ1/4本
パセリ2本
パプリカ1/4個
にんにく1片
酢大さじ2
オリーブオイル大さじ1〜
塩、こしょう
*あればタイム、フェンネルなどを刻んで加えると、いっそう風味が増す
【つくり方】
①玉ねぎ、トマト、ズッキーニ、パプリカは角切り、パセリとにんにくはみじん切り。
②フライパンにオリーブオイルと1の野菜を全部入れ、中火にかけて水気を飛ばしながら軽く火を入れ、全体をなじませる。
③酢、塩、こしょうを加えて味を調える。ハーブがあるときは、最後に加える。
野菜ごろごろ、酸味の利いたヴィネグレットソースは初夏になると恋しくなる。焼いただけの魚の切り身、いつものポークソテーやチキンソテー……シンプルな肉や魚のひと皿をドラマティックに変える様子を体験して欲しい。
最後に、私の大好物を紹介します。このヴィネグレットソースを目玉焼き(二個にしています)にたっぷりのせる。すると、アラ!目玉焼きが、食卓の主役に躍り出て、メインディッシュを張る展開に。ソースってすごい。目玉焼きがちょっと照れくさそうなところもイイ。