FROM EDITORS 編アシにこ散歩、今日も一服 vol.2

最近、つげ義春の『貧困旅行記』を読んでいる。日常から離れ蒸発したいと間借りしていた部屋もそのままにして、こっそり東京を旅立つところから始まるのだが、その話で私が旅先で人ごみに疲れどこかに身を潜めたいと思った時のことを思い出した。
何をどう探し出したのか。数年前、私が京都で見つけ出した隠れ家はコーヒー屋さん。「エレファントファクトリーコーヒー」を初めて訪れた時、タイムスリップしたのではないかという感覚に陥った。扉を開けると、静かな店内にひとりで座っている文学青年が数人。みんなサイドにはコーヒーを、手元には本を広げ黙々と読んでいる。これはもしかして60年代?アポロが月に着陸したとか学生運動だとかそういう時代なんじゃない?スマートフォンなんてない時代に来てしまったのではとひとりワクワクしながら席に着いた。
そんな場所が近くにもあれば…と思っていたら姉妹店が東京にもあった!これは行くしかないと本を携え向かった。
姉妹店「ムーンファクトリーコーヒー」があるのは三軒茶屋駅。呑み屋さんが並ぶ軒下や入り組んだ細かい道は、なんとなく歩いていたら探していた場所に着くという具合。わざと迷い込みたい感じがする。
そういう街だから「ムーンファクトリー」もよほど見つけにくい路地裏のそのまた奥なのだろうと予想し隙間ばかり探していた。が、三茶にしては拓けた場所に佇んでいる建物の二階にあった。看板に注意していなければ気づかなかっただろう。なぜお店は京都でも東京でも見つけにくい場所にあるのか。店長の尾崎さんに聞いてみた。
「”どこへ行くかお客さんがお店探しをするところからはじまっているんだよ”というのがうちのオーナーの言葉のひとつで。あのお店に行こうと思って見つけた時の喜びまで考えて場所を決めています」お店に訪れたことのある人ならこの答えを聞いてとてもしっくりくることだろう。
店内は窓から射す斜陽がプリズムを通過。所々に虹のかけらがあるよう。
ちなみに両店ともホームページもSNSアカウントもない。この場所に実際に来て、食べて、過ごして、感じて帰ってほしいという思いから自らインターネットでの発信はしなかったという。お店を開いた当初お客さんがなかなか来なかった中でも口コミで広がり、雑誌掲載などを得て今に至るというのはそう簡単なことではないだろう。
「エレファントファクトリーコーヒー」の店名の由来でもある作家・村上春樹さんの著書『象工場のハッピーエンド』。個人的にこの装丁がドストライクだったためいくつか書店を巡ったが見つからず…(未だ探し中)。
京都のお店「エレファントファクトリーコーヒー」は村上春樹さんの著書『象工場のハッピーエンド』の『あとがきにて』が由来だというが東京のお店の名前はどこからきたのか。直訳すると「月工場」というなんともロマンチックな名前。「オーナーが”ファクトリーコーヒーの頭に好きなワードを選んでいいよ”とオープン当初の店長に言ったところ、彼女が月に思い入れがあったみたいで”ムーン”になったと聞いています」と話してくれた。なるほど、ロマンがある人が決めた名前であるが故お店とマッチしているのかと合点がいく。
自家製ミニチーズケーキ(¥550)と深煎りブレンド(¥700*チョコレート3粒もついてくる)。コーヒー豆は京都のお店開店当初から北海道美幌の福井さんにお願いしているという。
私のおすすめは自家製ミニチーズケーキ。好きな深煎りブレンドと一緒にゆっくり味わうのが至福の時間だ。このチーズケーキのまたクリーミーなことと言ったら…。スタッフの方に伺ったところお店に入って最初に教わるのはケーキの切り方だそう。「価値を感じながら切る」という尾崎さんの教えは包丁に湯煎をかけることよりも重要なことかもしれない。それを聞いた瞬間とても尊い一切れに感じた。
「“喫茶店ではないし、カフェでもないし、コーヒー屋さん”というのがうちのコンセプトで。書物を置いているのもコーヒーと親和性が強いものを考えた時に本だと思ったのがはじまりです。でも、お客さんにはそんなことは関係なく好きなものを頼んでこの場所でぼーっとしてくれたらいいんです」
もしかしたら、時間を提供してくれるお店なのかもしれない。
逃避行したくなったらここへ来よう、と帰り道に思った。
「MOON FACTORY COFFEE」
住: 東京都世田谷区三軒茶屋2-15-3 寺尾ビル2F
☎: 03-3487-4192
営: 13:00-25:00
休: 木曜日
Photo & Text: nico.A