これから生まれてくる我が子には、誰よりも勇気があって賢い子になってほしい。そう願う反面、子どもを狙った凄惨な事件が起こるこの世界を憂う――まだ見ぬ我が子と自分たちの未来に、たくさんの期待と不安を抱える若い夫婦を描いた『かしこくて勇気ある子ども』の連載が、漫画サイト〈トーチ〉と〈ginzamag.com〉で同時にスタートする。この物語を描くのは、作家として創作活動をしながら、自身の母校でもある〈筑波大学芸術専門学群〉で助教を務める山本美希さん。女性の心の機微に寄り添う、物語ができるまでをインタビュー。
連載漫画『かしこくて勇気ある子ども』の著者・山本美希インタビュー
山本さんが、これまでに上梓したのは三作品。思春期を迎えた中学生の少女を、言葉を使わずに描いた処女作『爆弾にリボン』。「自由でいられなくなるくらいなら、家族も家もいらない」と、定住地を持たずに車上生活を続ける女性を主人公にした『Sunny Sunny Ann!』。そして、日本人の夫に蒸発され、しだいに壊れていく外国人女性を描いた『ハウアーユー?』。異なるバックグラウンドを持つ、女性の生きる姿を描き続ける山本さんは、幼少期に両親から漫画を禁止されていたという。
「小学校の終わりくらいからは、親の言いつけをあんまり守らなくなって(笑)。おこづかいで漫画を買うようになりました。絵を描くのが好きだったので中学高校では美術部に入って、大学は油絵で受験をして、筑波大学の芸術専門学群に入学しました。でも、そのころは〝いつか絵を仕事にしたいな〟くらいにしか思っていなかったんです。当時、大学で漫画を教えている先生がすでにいらっしゃって、魚喃キリコさんや大島弓子さんなど、授業を通して大人の女性向けの名作にたくさん出会いました。なかでも一番大きく影響を受けたのは、岡崎京子さん。自分が描きたかったテーマで、すでにこんなにもたくさんの作品がある世界に驚いたし、自分もこの分野で作品をつないでいきたいと、徐々に漫画家を志すようになりました。親から漫画を禁止されていたという反抗の気持ちも、どこかで職業選択に関わっている気はしますね(笑)」
山本さんが学生時代、特に興味を持って研究していたのは〝言葉のない絵本〟。卒業制作として発表した作品を再構成し、デビュー作となった『爆弾にリボン』がそれにあたる。大胆かつ個性的な筆致で繊細な少女を描き〝サイレント・グラフィック・ノベル(無声漫画)〟として大きな話題を呼んだ。
「思春期の女の子が大人になっていくときの身体の変化に気持ちがついていかないという、実際に自分も体験した葛藤をテーマにした作品。思春期のそういう悩みって親であっても相談しにくいし、他人に口で説明することも難しくて絶対にできないと思っていました。そんな言葉にしがたい気持ちをどうにか表現したいと思っていたときに、海外の〝言葉のない絵本〟をいくつか見る機会がありました」
そのとき、2つの作品に出会ったという。ひとつは、捨てられてしまった犬がさまよいながら歩き続ける姿を描いた『アンジュール』。言葉を発しない生き物の気持ちを絵だけで雄弁に語った作品で、読者の想像力を掻き立てる。もうひとつは『アライバル』。言語のわからない国へ移住し、異文化での生活に苦労しながらも、その土地に馴染んでいく移民の物語。
「言葉を奪われてしまった状況を、読者も言葉がない状態で読むので、主人公の〝追体験〟をするようなおもしろさがあるなと思いました。わたしが描きたかった言葉にしづらい〝身体〟というテーマを、この手法だったらうまくすくいあげて形にできるかもしれないと、すごく興味がわきました。作家として、技術面から見ても絵だけでどこまで表現できるか、どういう可能性が絵のなかにあるだろうと考えるのも、実験的でおもしろいスタイルだなと思いました」
伝えたい内容と、それをどう描くか。表現方法とその物語がうまく結びついていることが、よい漫画の条件であると山本さんは考える。だから、同じ題材で描いたとしても、作者によってまったく違う作品が生まれてくる。
「ほかの人の作品から学ぶことってすごく多いので、わたしはたくさん読むほうだと思います。昨年は、カナダのケベック州で行われる〝モントリオール・コミック・アート・フェスティバル〟に、たくさんの海外作品を見に行きました。フランス語圏であるケベック州は、北米にありながらもヨーロッパの影響を大きく受けている不思議な文化圏の街。そこでみんなが好き勝手に生き生きと描くインディペンデントな漫画がおもしろくて。また、先週までニュージーランドに行ってきたので、そこでもコミックショップに立ち寄って言葉のないサイレント漫画を探してみたら結構たくさん見つかったんですよね。実際に5、6冊買って帰ってきました」
漫画作品以外に、実在した人物からも多くの影響を受けていることが、山本さんの作品から感じられる。
「画家のフリーダ・カーロも大好きですね。彼女はバスの事故に遭い、子どもを産めない体になってしまって、いろいろな油絵作品で自分の体を描いていました。ケガをして病院にいるときの写真が残っているんですけど、自分のお腹に巻かれたコルセットに絵を描いている姿が印象的で。自分の体に絵を描くという行為が、自分自身を勇気づけることになる。彼女のその行動をヒントにして、人の身体に絵を描くモチーフを描くようになりました」
このたび連載がはじまる『かしこくて勇気ある子ども』は、これから生まれてくる我が子を想う、若い夫婦の物語。これまで、女性を主人公に描くことが多かったところに加えて、子どもにも関心が出てきたという。その手描き原稿の表紙には、〈マリエル・フランコ〉〈ダフネ・カルーアナ・ガリジア〉と、2人の実在した人物の名前の走り書きがあった。
「それは、女性ジャーナリストのお名前で。賢くて勇気ある子どもが大きくなったら、そういう人になるのかなっていうイメージをメモしました。今回の作品は、マララ・ユスフザイさんの悲劇的で恐ろしい事件をベースにしています。物語の構想を始めた当時は世界的にテロが頻発していて、同時に女性のジャーナリストが殺される事件が続いたんです。さらに、フランスではシャルリエブドの事件が起きたり。それまではあまり意識してこなかったんですが、京都アニメーションの事件もあったように、ある意見を表明した人や、何か表現した作品に対して、極端な方法で黙らせようとする流れが強く感じられるようになって。だからといって、黙ってしまいたくもなくて」
自分ひとりが生きていくだけでも、いろいろな問題や困難が日々訪れるこの時代に、子どもができることを考えるとさらに不安になることもある。賢くて勇気がある子に育っても、この不条理な社会のなかで痛い目に遭ってしまうかもしれない。そんな、答えが出ない不安を問いとして考えるために、この作品は描かれた。
「自分もまだ経験がないので、子どもを産むことは不安の方が大きいです。いまから子どもができたとして幸せになれるんだろうかと思ってしまうところもあるので、そこをいっしょに考えられるような内容にできたらなと。実際の出産に向けてなにをしなきゃいけないか、なにが起こるかもはじめはぜんぜんイメージがわきませんでした。必要なことを調べてみると、こんなものまでいるんだっていうのがわかってきたり。なので、出産の準備についてもちょっとした勉強ができる内容になっていると思います。子どもを持っている人にも、持っていない人にも、いろんな方に読んでいただいて、もっと住みやすい世界に変わっていくことを、みんなで考えられるきっかけになるといいなと願っています」
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山本美希
1986年、富山県生まれ。漫画作家、筑波大学助教。大学の卒業制作『爆弾とリボン』で「MITSUBISHI SHEMICAL JUNIOR DESIGHNER AWARD 2009」日比野克彦賞、『Sunny Sunny Ann!』で第17回手塚治虫文化賞「新生賞」を受賞。漫画制作を中心に、イラストレーション、絵本、挿絵、グラフィックノベル、カートゥーンなど、さまざまな手法で物語と表現手法の関係性を模索し、制作・研究・指導を行っている。
8月16日〜9月7日に「山本美希個展 JUNGLE(密林地帯)」がマンガナイトbooks(文京区春日2-14-9 SPICE1F)にて開催。
営業時間: 14:30-22:00
休: 日月祝定休
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