RADWIMPSの『人間開花』、ソロユニットであるillionの『P.Y.L』、さらに映画『君の名は。』のサウンドトラック。2016年に野田洋次郎さんが手がけた作品は、音楽性もそれぞれ異なり、同じミュージシャンが一年で手がけたとは思えないあものばかりだ。
「特にリリースの予定や締め切りがなくても、日々作曲をしているんです。『人間開花』の楽曲は、前作『×と◯と罪と』(13年)の後から作っていたものもあるので、厳密な制作期間なんてわからないくらい、ずっとやっていました。14年の夏くらいに『君の名は。』のお話をいただき、年末から15年の頭にかけて結構作って。ビルドアップしながら、1年半くらいかけて完成したのかな。その反対にillionは空いた1カ月でスタジオに入って一気に作って。それぞれ制作のスタイルが違いますね」
アジアやヨーロッパに続き、今春から『君の名は。』は全米でも公開。サウンドトラック盤も世界発売された。映画の音楽(劇伴)を制作するのは初めてだったという野田さん。シーンをより深く印象づけた音楽は、どのように制作されたのだろうか。
「アニメの場合、公開直前にならないと映像を見ることができないんですよ。最初は脚本しかなく、それを読みながらシーンのイメージを膨らませ、音の断片を作っていきました。それから途中、新海(誠)監督が作ったビデオコンテがあったのかな。白い紙に絵が描かれ、少しだけセリフや声を入れてくれているようなムービーが送られてきました。これは個人の勝手なイメージだけど、通常、実写映画の劇伴の制作工程は、映像に合わせて音楽家が曲を書き、それを監督たちが編集する時にシーンにあてていくものだと思います。でも、新海さんは違っていて、監督とミュージシャンという関係ではなく、僕らをチームに迎え入れてくれたと感じた。〝一緒に映画を作ろう〟と言ってくれている気がしたんですよね。実際に声優さんがセリフを入れたものも、曲の歌詞を聴かせたいということでカットになっていたりして。音楽を聴かせたいから、シーンを伸ばしたり、セリフをカットした場面もあったみたいで。衝突もありましたが、完成した映画を見て、すべてを納得しましたね」
『君の名は。』の劇伴を制作するうち、RADWIMPSの『人間開花』の制作も佳境に突入。名曲「前前前世」誕生秘話を聞いた。
「確か14年の終わりだったと思うんだけど、監督から脚本を渡され『これを読んで、一番最初に浮かんだイメージを曲にしてくれませんか?』と言われたんです。映画のストーリーでは、前世のことなんか全然触れていないけど、あの2人が持っているエネルギーや求め合う力など、人間の根底にあるものを感じたんです。それで、まず『前前前世』と『スパークル』ができて。脚本を直接的になぞったり、影響を受けたわけではないんだけど、あの2人の眩しさをもらって、自分なりの物語を新たに作ってみようという感じで書きました」
また「前前前世」はサウンドトラックの世界発売に合わせ、英語ヴァージョンとして、再びレコーディングされている。
「少し前、劇伴に入っている主題歌4曲の英語ヴァージョンを録り直したんです。日本語と同じ譜割りの中に英語を入れるのは、単純に、まず技術的に難しかった。日本語の場合1小節で言えることが、英語だと2拍で終わっちゃう。だから、新たな物語を足していきましたね。そんな作業をしている時、〝この曲は2年くらい前に作ったものなんだけど、ずっと横で流れているんだ〟と思ったんです。2年間に起きたことを振り返っているうち、なんだか2年前の自分に見られている気分になってきたんです。そんな不思議な感覚は初めてでしたね」
『人間開花』と『君の名は。』は、制作のプロセスは異なりながらも響き合い、影響し合ったのかもしれない。
「確かに『君の名は。』を制作している途中で、ラブソングを書く感覚を、久しぶりに思い出したところがあるんです。ここ数年、ラブソングを積極的に歌おうとしない自分がいて、実はどういう風に書くのかも、あんまり覚えていなかった。それが映画の世界から、いろいろなものをもらって、〝また歌えるかもしれない〟というモードになっていった。それで『人間開花』の曲作りも進んでいったかもしれません」
クリエイティブ面において放出した分、疲弊したのではないだろうか。しかし、野田さんは飄々とした表情で「長くやっていたことが昨年形になっただけ」と語る。
「昔から、死ぬ時がきたら、自分の持っているものをゼロにして、何も残したくないと言ってきました。友達から〝あんなに働いたら、今年は休むんでしょ?〟と言われるけど、今は特に物作りが楽しくて、いつも次はなにをやろうか考えています。毎日やりたいことが3つ4つ出てくるけど、体はひとつだし、時間は流れていくから、形にできるのはひとつくらい。そこに切迫感を持っています。今年は正月明けからずっとレコーディングしているんですよね。自分で何の制作をしているかわからなくなる時もある(笑)」
スタジオでのレコーディング時はもちろん、ツアーに出かけたステージでも、洋服に助けられることが結構あるんだとか。
「人の日常は一定ではないので、その日に必要な服があると思っているんですよね。録音する曲の種類によっても、気分が全然違う。単純にボトムの太い細いで音の感覚も違うし。結構気に入った洋服に、気持ちをアゲてもらったりすることも多い。逆に、全然合わない格好だと、気持ち悪くて帰りたくなる。着替えに帰るまではいかないけど、スタッフの人にお願いして、カーディガンを取りにいってもらったことはあるかな(笑)。ツアーへ出かける時は、前の方が荷物は多かったな。今は旅に慣れたこともあり、随分〝すんっ〟と身軽になったと思います」