宝塚歌劇団在団中、役柄の心情を丁寧に掘り下げた演技と、クリアな歌声、そして観客を惹き付けるスター性で、高い人気を誇った元花組トップスターの明日海りおさん。退団から約1年半。舞台のみならず映像の世界にも進出し、新たな魅力を開花させ続けています。その明日海さんが衣食住や美にまつわる“半歩上”の知識やテクニックを学んでいく、初の冠バラエティ、Huluオリジナル『明日海りおのアトリエ』がスタート。舞台での凛とした雰囲気とはまた違う、穏やかでほんわかした明日海さんの素顔に迫ります。
元宝塚トップスター・明日海りおさんにインタビュー。ハンサムな彼女の、もの柔らかな素顔
──宝塚歌劇団を退団されてから約1年半。この期間は明日海さんにとってどんな時間でしたか?
在団中は、自分が一番大好きなのが宝塚の世界で、そこに飛び込んだからには絶対に後悔したくないと思って、ずっと自らを磨き上げることを突き詰めてきたんですね。本当に無我夢中でやってきたんですが、応援してくださるファンの方々をはじめ、周りのいろんな方の支えがあってのこと。それがどれだけ幸せなことだったのかということを、あらためて実感した1年半でした。
それまで舞台だけだったのが、映像の世界も加わって、違う表現を求められることが増え、最初は不安が大きかったです。宝塚から離れて、ひとりの人間として1日1日が勝負の日々。でも、まだ経験していないことがこんなに溢れていて、可能性がこんなに広がるんだということを感じる毎日でもあり、今は、そのことをとてもありがたく受け止めています。
──宝塚時代のように“男役”として突き詰めるものがなくなった今、女優として目指す形はありますか?
男役をしてきたからこそのものって、これからも持っていていいんじゃないかと思っています。トップ(「トップスター」の略。宝塚各組の主演男役)として組を率いるとか、組のみんなを守るとか、主演として作品を背負う立場にいて、度胸とかそういうものが身についたと思いますし、女性でも、生き方とか物事への取り組み方は男前でいいですよね。
男役をやっていた時、ひとつの理想像を追求するというより、今回はこういう男性、次はこういう男性って、幅を広げていくような感覚でした。今はそこに女性役が加わり、範囲が倍になったというか。外見的にも髪が伸び、女性的な身なりに変化していくなかで、「こういうスタイリングをするとこんな気分になるのね」とか、新しい発見の連続。ドラマのお仕事でも、いただく役ごとに、こうやってみたら面白く見えるんじゃないかとか、「オッ!」と言ってもらえるんじゃないかとか、そういうワクワクを発見しながら、深堀りしていきたいなと思っています。
──退団後、とくに印象的だった現場はありますか?
やはり最初に携わらせていただいた『おちょやん』(NHK連続テレビ小説)じゃないでしょうか。それまでずっと舞台が一番素晴らしい場所で、宝塚ほど全員が同じ志をもって組を愛して作品を愛している場所は他にはないぞって思ってきたんです。今も私にとって宝塚は特別だし、その思いに変わりはありません。
でも、『おちょやん』の現場にも大勢のスタッフさんがいて、みなさんが作品を愛して、その世界観を作り上げるために職人技を発揮していたんですよね。役者さんも、本当に鶴亀家庭劇(主人公の竹井千代や、明日海さん演じる高峰ルリ子が所属する劇団)の座員のような、家族みたいな感覚で収録に参加されていて、宝塚と違わないんだなって心から思えたんです。むしろ、撮影期間中しか一緒にいられないぶん、集まる時間をより大切にしている感じもあって。そういう現場にいられたことが、何より大きな経験になりました。
──在団中は公演が終われば次の公演と、めまぐるしい日々をおくられていたと思います。今、生活が変わり、どんなことを感じていらっしゃいますか?
退団して東京に引っ越してきたタイミングでコロナの時代に突入しました。ステイホームの期間、ずっと家にいて、1日ってこんなに時間があったんだと気付いたし、時間をどう使うか、すべて自分に委ねられているんだと実感したんです。気持ちを落ち着かせるために使うのでもいいし、こんなんじゃダメだって自分を鍛えるために使うのでもいい。気持ち次第で、どういう方向にも自分を変えることができるんだなって、あらためて気付いた感じです。
──今は、どんな時間の使い方をされることが多いですか?
初めて経験するお仕事だったり、初めて一緒にお仕事する方たちとの現場だったりが多く、まだまだ緊張することばかりです。慣れない現場でずっとアンテナを張り巡らせていますから、家に帰った時には、できるだけリラックスできるように、でしょうか。しっかりリフレッシュして、翌日のお仕事に気持ちよく取り組むためにも自分のご機嫌をとるよう意識しています。
──今、ご自分のご機嫌が一番取れるものって?
ぼーっとする時間と、美味しいものを食べることです。
──『明日海りおのアトリエ』では、土鍋でお米を炊くのに挑戦していましたけれど、どんなものを召し上がることが多いですか?
美味しいものならなんでも好きです。野菜もお肉もお魚も好きだし、炭水化物も大好き。理想はいろんなものをバランスよく、です。
──ちなみに、番組の企画内容はどうやって決まっていったんでしょうか。明日海さんご自身の希望も入っています?
アトリエで私がやりたいことに挑戦していく、という大枠は当初からあり、「どんなことに興味がありますか? 何がしたいですか?」と聞いてくださった感じです。それでたしか……最初に30、追加で30、合計60ほどのアイデアを挙げた気がします。番組スタッフのみなさんは、私のやりたいことをなるべくたくさん叶えようと、実は1回の放送のなかにも3〜4つくらい、入れてくださっています。また、各回のテーマにちなんだインタビューもしていただいて、宝塚時代や、子供の頃の思い出を振り返ることができたのも楽しかったです。
──そういえば、初回のインタビューのなかで、「トップスターを目指していたわけではなかった」とおっしゃっていましたよね。ただ、宝塚という場所でトップスターにまで上り詰めるまでいくには、どこかで上を目指すことに自覚的にならなければいけなかったと思いますが……。
そうですね……下級生の頃から、男役としてより素敵になっていきたいという思いは強くありました。お芝居が面白いと思ってもらいたいし、作品に必要な役者だと思ってもらいたい。たくさんお芝居がしたいし、大好きな歌をいっぱい歌いたい。スポットライトを浴びたいし、より豪華な衣装が着られるのが嬉しい。そういう思いを突き詰めていくと、最初は入団7年目までの下級生だけで上演する新人公演、次は宝塚バウホールという宝塚大劇場の隣の小劇場での公演と、必然的に毎回、出番の多い主役を目指すことになるわけです。
そうしていくなかで、もともと配属された月組から、花組に組替え(異動)すると言われた時、月組の後継者でいたかったなという気持ちが湧き上がってきたんです。それはイコール、「月組でトップになりたかった」っていうことで、初めてそれを自覚したんですよね。宝塚は組ごとに特色があるので、組替え後は、まずは花組にふさわしい男役にならねばと必死でしたが……。
──芸を追求していく先にトップスターがあったんですね。
下級生の頃の自分からしたら、トップさんって信じられないくらい素晴らしい芸を持っている方々で、新人公演を経験すればするほど、そのすごさを身近に感じるようになるんです。そこから学年が上がって、自分が直接トップさんを支える立場になると、こんなに大変なことをしていたのかと思うようになるし……。知れば知るほど、迂闊に「トップになりたいです」と言えるようなものではなくなるというか。
──でも明日海さんは、その大変なトップスターという重責を5年半務めたわけです。普段のほんわかした雰囲気からは想像がつかないほど、芸に対してはストイックで強い意志をお持ちで、そのギャップに驚かされます。
舞台上のことに関しては、異様にこだわりが強いと思います。頑固すぎるし(笑)。とくに自分が主役を張る時は、絶対にここはこうしたい、という思いが強くあって、立場的に周りに遠慮してはしていられない。いろんな人の意見に耳を傾けることも大事ですが、最終的に自分はどうしていきたいか、私が方向性を示すことで周りは動きやすくなるので、わりとしっかり伝えるようにしていました。やっぱり、自分がちゃんと舞台をやって、そこに説得力があれば、下級生も自然とついてきてくれるし、スタッフの方もこちらの要望を受け入れてくださいます。
ただ、そういうものを作っている時って、どうしてもキリキリしてしまう。でも素の私は、みんなに好かれたいというか、嫌われたくない人。トップだからといって学年の離れた下級生に、近寄りがたいと思われたり遠慮されたりする感じではなく、家族のような存在でいたいと、舞台以外ではできるだけリラックスしているようにしました。たしかに、そこのオンオフはあったと思います。
──“男役・明日海りお”と、“女優・明日海りお”、そして“本名のご自分”との違いはありますか?
本名だけで過ごした期間より、芸名で生きている期間の方が長過ぎて、本名の部分は極めて少ない気がします。どこか芸名と一緒に育ってきた感覚があるんですよね。それだけ、宝塚にいる間、あまり無理して自分を作ってこなかったということなんだと思います。優しいファンの方々と周りの環境のおかげで、男役然としているのは舞台の時だけで、それ以外の時は普段の自分らしくいられましたし。ただ、家にいる時の自分は“ダメ人間”ですけどね(苦笑)。なかなかお風呂に入れないとか、洗いものをしなきゃいけないのに腰が重い、とか。
逆に、男役を卒業して、今女優として挑戦させていただいていることの多くが初めてで、そっちに違和感を感じることのほうが多いです。ときにすごく緊張してしまったりして、そんな自分にガックリします。ついこの間まで、自分が周りを落ち着かせる役割で、「私に任せとけ」みたいな思いで舞台に出て行ってたのにって。もっともっと勉強しないとと思うし、勉強してからお目にかけたい、と思うことも多いです。
──今目指している女優像、女性像はありますか?
宝塚を辞めて、いろんな方に会う機会が増えました。どこの現場でも、お会いする女優さんたちはみなさん独特のオーラがあって、身近で演技をされている姿に魅了されます。周りのスタッフさんにも、いろんな年代のいろんなプロフェッショナルな方がいて、その仕事ぶりや生き方に感化されることも多いです。そういう素敵な方々に刺激を受けながら、たくさんのことを経験して、厚みのある人間になっていけたらと思っています。
Huluオリジナル「明日海りおのアトリエ」
元宝塚花組トップスター・明日海りお初の冠番組。明日海が日常の小さな楽しみを発見しながら、秘密基地である“真っ白いアトリエ”を自分色に染め上げていく。「自分らしく過ごせる心地いいインテリアのヒント」、「コーヒーの美味しい淹れ方」、「プロに教わる蕎麦打ち」など、思わず真似したり挑戦したりしたくなる暮らしのテクニックをたっぷり紹介。また宝塚退団後、新たな一歩を踏み出した明日海自身の素直な思いも知ることができる。前向きな気持ちをくれるドキュメント・バラエティ。
出演: 明日海りお
5月22日からHuluで毎週土曜、1エピソードずつ独占配信中(全8回)
©HJホールディングス
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明日海りお
1985年生まれ、静岡県出身。2003年に宝塚歌劇団に入団し、月組に配属。演技や歌の実力と舞台上での華で早くから注目され、08年には小劇場ワークショップ公演主演のほか、『ME AND MY GIRL』新人公演初主演を務める。その後も数々の重要な役を務めた後、13年に花組に組替えし、14年に花組トップスターに就任。『エリザベート -愛と死の輪舞-』、『ME AND MY GIRL』、『仮面のロマネスク』、『ポーの一族』などさまざまな作品に主演。19年には、タカラジェンヌとして初めて横浜アリーナでコンサート『恋スルARENA』を開催。同年に退団した後は、NHK連続テレビ小説『おちょやん』、『青のSP―学校内警察・嶋田隆平―』、『コントが始まる』など映像作品にも進出。2021年1月には、宝塚時代に大きな話題を呼んだ『ポーの一族』のエドガー役を再び演じた。秋には主演ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』が控える。
Photo: Eriko Nemoto Stylist: Kozue Onuma(eleven.) Hair&Makeup: Keiko Yamashita(KOHL) Text: Lisa Mochizuki Edit: Milli Kawaguchi