『ショック・ドゥ・フューチャー』の舞台は、〈ダフト・パンク〉などフレンチ・ハウスが世界を席巻するよりずっと前、1978年のパリ。“未来の音楽”であるエレクトロ・ミュージックに夢中な、女性ミュージシャンのある1日を描いています。この映画で監督デビューを果たしたのは、音楽プロジェクト〈ヌーヴェル・ヴァーグ〉で知られるミュージシャンのマーク・コリン。音楽愛に溢れていながら、女性をチアアップする映画でもある今作について聞きました。
映画『ショック・ドゥ・フューチャー』マーク・コリン監督インタビュー。未来に足を踏み入れた女性音楽家の物語

──今作の主人公は、1978年のパリで、いち早くエレクトロ・ミュージックに魅せられた女性ミュージシャンのアナ。アレハンドロ・ホドロフスキーの孫である、アルマ・ホドロフスキーが演じています。監督自身も元々ミュージシャンですが、女性を主人公にしたのはなぜですか?
この物語を女性目線で描けるなと思ったのには、二つの理由があって。一つは、女性ミュージシャンのインタビューを読むなどして、リサーチを重ねたこと。もう一つは、僕が2000年前後に音楽活動を始めてからの20年間、多くの女性ミュージシャンと仕事をする中で彼女たちから、女性が音楽業界でやっていくのがいかに大変かをよく聞いていたんです。
──リサーチ中は具体的にどういうものを読んだのでしょう?
インターネットや雑誌で、ローリー・シュピーゲル、エリアーヌ・ラディーグ、スザンヌ・チアーニなど、エレクトロ・ミュージックのパイオニアといわれる女性ミュージシャンたちに関する記事をたくさん読みました。あとはジャンルに関わらず、女性ミュージシャンの伝記もかなり読みましたね。たとえば、〈クリス&コージー〉や〈スロッビング・グリッスル〉のメンバーとして活動していた、コージー・ファニ・トゥッティの自伝『アート セックス ミュージック』とか。
──劇中、アナのCM作曲の仕事がなかなか終わらなくて、プロデューサーのジャン=ミがアナに「男なら締め切りに遅れない」と言い放ちます。今作にはそういった、ジェンダー差別に基づく台詞が多く登場しますね。
リサーチしたことからインスパイアされてああいう台詞を書きました。今、あんな差別的なことを口にする人に僕自身は会ったことがないですが、70年代はそれが当たり前。みんな思っていることをそのまま口に出していた時代だったんです。だからジャン=ミが特別、差別的なのではなくて。ああいうひどい言葉を吐いたのは、アナの作業が遅れている上、留守電を入れても返事をくれないから。それでイラついて「女っていうのは真面目に仕事しない」と、非常に短絡的なことを考えついたんだと設定しました。
──時代のせいでもあるとはいえ、女性に対して偏見がある男性キャラクターが多い中、弁護士のポールは紳士的です。だからアナと恋に落ちるかと思いきや、落ちません。
アーティストには、性別に関係なく必ずぶち当たる、“自分自身との戦い”があります。魂を込めた作品を作り出したい、そして、アーティストとして認められたいということで頭がいっぱいなんです。だから恋をしてる場合じゃないと思うこともあるわけで。もちろんポールはアナのことが好きですが、彼女の頭の中は自分の作りたい音楽でいっぱいで、ポールが目に入らないんです。
──今作では、アナがある曲を作曲・宅録して完成させるまでの1日が描かれています。そんな物語の思い切ったミニマルさには、どんな意図がありましたか?
デビュー作だからあまり大がかりなことはしないでシンプルにしようと思った部分もありますが、一番は僕らアーティストの日常を見せたかったんです。僕らは作詞するにせよ作曲するにせよ、1日中家にいることがよくあって。つまりアーティストが世界に出て行くんじゃなくて、世界がアーティストの部屋にやって来る。それが、芸術なんです。だから今作でも、アナが暮らしている小さな象牙の塔のような部屋を、親密なかたちで描くのがいいと思いました。
──アナが一人で、部屋にあるシンセサイザーを使って作曲する中盤のシーンで、シンセのダイヤルやノブを愛でるようなカメラワークも見どころです。
ジム・ジャームッシュの映画『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』に、吸血鬼のミュージシャンがギターやドラムを弾いて録音し、マシンでロックの曲を作るシーンがあるんです。僕はそれを、シンセを使ったエレクトロ・ミュージックでやりたいと思ったんですよね。で、どう撮るかを考えたときに、シンセにはロボットのような冷たいイメージがある。だからあえて太陽光で輝く姿をクローズアップで見せることで、シンセの温かみや人間性みたいなものを表現しました。
──それからアナは女性シンガーのクララと偶然出会い、一緒に即興で曲を完成させていきます。本当に曲作りに立ち会っているかのようなリアルさがありました。
エレクトロ・ミュージックを作るのは実際、孤独な作業です。クララとのシーンが、アナにとって唯一のコラボレーションの瞬間なんですよね。ずっと一人で悶々としていたのが、誰かと一緒にやることでインスピレーションがもたらされ、作曲が急に進み出すこともあるということを見せたかったんです。このシーンを演じてくれた二人は、本当にすごかった。演技指導という意味での演出はほとんどしていません。テイク数はわずか3回で済み、編集段階でのカットもほとんど要らなかったほどです。
──アナを演じたアルマ・ホドロフスキーは、『アデル、ブルーは熱い色』にも出演していたので、日本の映画ファンにも顔が知られている存在です。
『アデル、ブルーは熱い色』は大好きな作品なんだけど、実は彼女が出ていたのに気づいていなかったんです(笑)。ただ、彼女がデュオグループ〈バーニング・ピーコックス〉のシンガーであることは知っていました。アナ役には演技ができて、音楽的な感性も持っている女優を探していたので、アルマはぴったりだと思ってオファーしたらすぐ引き受けてくれて。彼女が素晴らしいのは、はかなさと強さを併せ持っているところ。今作でも、そういうところを見事に表現してくれたと思います。
──一方で、キーパーソンのクララを演じたクララ・ルチアーニは本業もシンガーです。2018年、『La grenade』という曲がヒットして一躍有名になりました。
撮影当時は、クララがまだ有名になる前だったんです。彼女のことは元々よく知っていました。18歳の頃、僕の音楽プロジェクトの〈ヌーヴェル・ヴァーグ〉や〈ブリストル〉に参加してもらったことがあって。クララというキャラクターは彼女に当て書きしたんです。完成したシナリオを見せたら、「演技したことないけど、実はやりたかったことなの」と快諾してくれました。ただ僕は彼女の演技が素晴らしかったと思うんだけど、映画が完成しても、彼女は頑なに「スクリーンで自分の姿なんか絶対観たくない!」って(笑)。実際の彼女はあんな服装もメイクもしないですしね。
──今服装の話がありましたが、アナはグラフィカルなTシャツにパンツというラフなスタイルで、クララはジェーン・バーキンのようなクラシカルなスタイル。対照的な服装でしたよね。
アナの服装は、物語が進むにつれて進化しているんです。最初のTシャツとパンツルックで見せたかったのは、彼女が服装に無頓着だということ。それが最後、パーティのシーンになると、グッと変身しますよね。ばっちりメイクをして、メタリックなレザーのミニスカート、白いシャツ、ネクタイを身につけて。あれはもう80年代のスタイルなんです。アナは音楽も服装も、未来に足を踏み込んでいるというわけです。一方でクララは70年代のヒッピー風の服装に留まっていて、やっている音楽もギターで弾き語るフォーク。ジェーン・バーキンもそうですが、どちらかというとダイアン・キートンをイメージしました。
──レトロフューチャーなアナの部屋も見ていて楽しかったです。
あの部屋は偶然に見つけたんです。パリにヴィンテージもののシンセのコレクターがいて、その人の部屋を訪ねたところ、70年代の照明器具や音楽のポスターで溢れ、まるで当時で時が止まっているような感じでした。それで「シンセと一緒に、70年代のグッズも貸してもらえませんか?」と頼んだら、「じゃあうちで撮影したらいいよ」ととんとん拍子に話が進んで。だから美術の仕事としては、部屋にレコードを持ち込んだり、アナらしい雰囲気を出すためのアレンジをするだけでよかったんです。
──パティ・スミスやブライアン・イーノらのレコードの数々はもちろん、ジャン=リュック・ゴダールの映画『パート2』のポスターも意味ありげに感じました。
あのポスターは僕のです。『パート2』は、ゴダールにしてはあまり知られていない作品なんだけど、僕はすごく好きでVHSも持っていて。劇中で見えるかわからないけど、あのポスターには「ねえピエロ、わかるでしょ、料理、子ども、セックス、多過ぎるけど足りないの……」という謎めいたキャッチコピーが書かれています。ピエロは『気狂いピエロ』の主人公のことですが、このコピーがどういう意味なのかは、作品を観た人にさえわからない。ミステリアスさが気に入っていて登場させました。
──衣装や美術に至るまで、監督のこだわりが全面的に反映されているんですね。
ええ、全部にこだわりました。ポスターもレコードも僕のだし、シンセも大部分が僕のだし。でも、それが監督の仕事なんじゃないかなと思うんです。一つの世界を作り出すために、衣装や美術も含め、自分のアイデアを自分で具現化するというのが、監督の仕事だと思っています。
『ショック・ドゥ・フューチャー』
1978年、パリ。若⼿ミュージシャンのアナは、部屋ごと貸してもらったシンセサイザーで、依頼されたCMの作曲にとりかかっていたものの、納得のいく曲が書けずにいた。すでにプロデューサーと約束した締め切りは過ぎ、翌日の朝クライアントに提出しなければならない。なのにシンセサイザーの機材が壊れ、修理を呼ぶ羽目に。しかし、修理に来た技術者が持っていた日本製のリズムマシン(ROLAND CR-78)に魅せられたアナは、「これがあれば、ものすごい曲を作れる」と頼み込んで貸してもらう。そこへCM曲の収録用に依頼されていたシンガーのクララが現れ、話しているうちにアイデアが浮かんだ2人は即興で曲を作り始めた。果たして、大物プロデューサーも参加するはずの今夜のパーティまでに、アナは“未来の音楽”を完成させることができるのか──。
監督: マーク・コリン
脚本: マーク・コリン、エリーナ・ガク・ゴンバ
出演: アルマ・ホドロフスキー、フィリップ・ルボ、ジェフリー・キャリー、クララ・ルチアーニ、コリーヌ
配給: アット エンタテインメント
2019年/フランス/78分/シネスコサイズ/原題:Le choc du futur/PG-12
8月27日(金)より新宿シネマカリテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
©️2019 Nebo Productions – The Perfect Kiss Films – Sogni Vera Films chocfuturjp.com
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Marc Collin
国際的に活躍する音楽ユニット〈ヌーヴェル・ヴァーグ〉のプロデューサー。フランスのイヴリーヌ県・ヴェルサイユ郡で生まれ育つ。10 代の頃に音楽ユニット〈エール〉のニコラ・ゴダンや、ダンス系の楽曲を手がける音楽プロデューサーのアレックス・ゴファーらと音楽活動を始めた。2003年にポストパンクの名作をボサノヴァやレゲエなどで再構成する革新的なアイデアを得て、2004 年にオリヴィエ・リボーと共に〈ヌーヴェル・ヴァーグ〉として初めてのアルバム『ヌーヴェル・ヴァーグ』をリリース。その後マーティン・ゴア(デペッシュ・モード)、テリー・ホール(スペシャルズ)、ヴァネッサ・パラディ、ジュリアン・ドレ、チャーリー・ウィンストンなどの多くのゲストが参加して、4 枚のアルバムをリリース。映画音楽も数多く手がけ、ジュリー・デルピー監督・主演の『パリ、恋人たちの 2 日間』のサントラにも参加。今作で監督デビュー。自らの映画製作会社も持ち、会社名は〈ニュー・オーダー〉の有名な楽曲から「Perfect Kiss」と名付けた。