2021年の今観ても斬新な『犬神家の一族』(76)。推理作家・横溝正史による傑作ミステリーを、巨匠・市川崑監督が映画化。アバンギャルドな映像表現ながら、観客をワクワクさせるエンタメ性もたっぷりで、公開当時メガヒットを記録しました。そんな本作の4Kデジタル修復版が、11/19より開催の「角川映画祭」で上映されます。
名家・犬神家の三女である梅子を演じたのは、草笛光子さんです。草笛さんといえば、おしゃれ上級者として有名。スタイルブック『草笛光子のクローゼット』では、ニナ・リッチのペイズリー柄シルクドレスのリメイクから、ユニクロの白シャツの着回しまで、自由自在な着こなしを見せています。実は、着こなしのセンスを習得したきっかけの一つが、『犬神家の一族』をはじめ、市川監督との仕事なのだそうです。
草笛光子さんにインタビュー。昭和の伝説作『犬神家の一族』梅子のモダンガールスタイルがかっこいい! 名女優に聞いた、映画衣装のこと
──草笛さんのご出演作『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>が、いよいよ角川映画祭で上映されますね。
この間試写室で観て、懐かしかった。いい映画ですね。あんなにずっしりとした映画は久しぶりでした。出演者にせよ、画作りにせよ、音声にせよ、細部にわたって力がある映画なので、観終わったら体がガチガチになっていました。やっぱりいい映画というのは、観ている方も(集中するので)緊張するものなんだなって。
──市川崑監督は、美意識が高い方ですよね。美術や衣装にも圧倒されます。
撮影初日は、犬神家当主の佐兵衛(三國連太郎)が死ぬシーン。全員が位置について、では始めます、というときに、市川先生が突然「今日これでおしまい! みんな帰って!」と。どうしたのかしらと思ったら、バックの襖に塗られた金銀の塗料が光っていなくて、本物に見えないから今日はやめるとおっしゃった。「襖を塗り替えるから、このシーンは明日やり直します。今日は帰って!」って。そのときに、「ああ、素敵だな」と思いました。
──一切妥協がないんですね。草笛さんが演じられたのは、犬神家の三女・梅子です。松子(高峰三枝子)、竹子(三条美紀)、梅子、三姉妹揃っての着物姿が、ゴージャスで色っぽくて素敵でした。
市川先生と、洋裁店をやっていた私のマネージャーの母と一緒に、浅草の反物屋さんへ行って、みんなの分の反物を選んだんです。もともと第1回の衣装合わせで、反物を見繕って持ってきていただいて、どの役にどの柄を選ぼうかと話し合っていたけれど、そのうち市川先生が「この中にはあんまりいいものがないから、どこか店を見に行こう」っておっしゃって。
──役者陣から、草笛さんだけが浅草へ一緒に行かれた。それは着物についてよくご存知なのを、市川監督も知っていらしたから?
どんな役に見せようかというときは、やっぱり装いが大事ですから一緒に行きました。三姉妹の性格の違いも、着物の柄を分けないと伝えるのが難しいと思うんです。たとえば(名家の長女として威厳のある)松子が陰険に、暗く死んでいくクライマックスシーン。最初、市川先生はピンク色の入った柄を選ぼうとしていたから、私は「それは違うと思います。松子さんらしくないです」と提案したら、受け入れてくださいました。
──実際のクライマックスシーンで、松子は暗い色の着物を着ていました。では一方で、ご自身が演じられた梅子の衣装はどう選ばれましたか?
梅子の髪型は、ほかの姉妹二人がきっちりと結い上げている中、一人だけ(ボブヘアで)切りっぱなし。「先生、昭和初期の設定なのに、こんな髪型の女性っておかしくないですか?」とうかがったら、市川先生は「梅子はこれでいいの!」の一点張り。だから私は(冒頭と、クライマックスシーンの衣装として)、あえてグリーンやオレンジなど、油絵みたいに色が混じり合った、着物には珍しい柄を着ました。あまり着物だという意識をせず選んだんです。
──衣装一つとっても、市川監督とフランクに意見を交わし合っていたんですね。
市川先生と出会って、私は映画に出ることが面白くなりました。それまではそんな風に思わなかった(※草笛さんは松竹歌劇団出身で、舞台からキャリアをスタートした)。映画の役の作り方とか、崩し方とか、先生とのお仕事で覚えました。
──崩し方、ですか?
梅子は着物の着方がグズグズでしょ? 私が着物をきちんと着ていると、市川先生が後ろにスッといらして、襟を引っ張って崩しちゃうの。「何するんですか!?」って言うとね、「いいの、これで! お人形はみんなこうなってるでしょ? あれだよ」って。日本人形のようにグズグズに着ることで、色気が出るんだと教えてくださった。それに崩せば、服も人間も生きて見えるのよね。ピシッと着ちゃうとだめね、人間味が死んじゃう。とはいえ、着物はそうしょっちゅう崩していられないけれど、『犬神家の一族』にはそれがぴったりでした。
──市川監督とのやりとりの中で、役の説得力を高めるための衣装の着方を学んだと。
「崩す」ってつまり、衣装に“着られない”こと。私たちが衣装を“着る”の。役者なら、そうならなきゃいけないんだなって。和服だけじゃなく、洋服にだって同じことが言えます。私は舞台で外国人を演じる機会も多いけれど、どんな伯爵夫人役でも公爵夫人役でもどこか崩しています。たとえばロングドレスなんかは、(身を硬くして、姿勢よく座り直し)こうすると服に着られてしまって、日本的な着物のように見えちゃうけど、(わざと足を組み、ドカッと沈むように座り直し)こういう風に動いちゃえば、外国人らしく見えるでしょう? 洋服に着られまいとして、あえて崩す。そういう意識が生まれたのもきっと、市川先生のおかげだと思います。
──「何」を「どう」着るか、今もご自分で考えていらっしゃるんですね。
そうですね。あと、眉も大事。眉一つで、役が上つ方(※「うえつがた」と読む。身分の高い人)なのか、そうじゃないのか、身分がバレますから。それを全部考えるのが役者だと思っています。だから私、絶対に自分でメイクするの。もちろんヘアメイクさんはうまいけれど、役一人一人の顔を作るのはなかなか難しい。そこはもう、役者の責任だと思っています。たとえば今、私にとって11本目の大河ドラマ(※『鎌倉殿の13人』)で、源頼朝(大泉洋)の乳母・比企尼役を演じていますが、ほとんど素顔に見えるように、眉は何気な〜く描いています。素顔風に見せるのが一番難しいわね。しっかり描いちゃう方が楽なのよ(笑)。
──メイクもセルフだったとは。草笛さんはスタイルブックも出版されていて、おしゃれなことで有名です。ファッションやメイクはずっとお好きでしたか?
それは、役者ですから。普通の人は別にいいのよ、いつも自分の素顔でいて。私は仕事柄、“何野何子さん”にならなきゃいけない。役の装いを作り込んでいくのが好きなだけなの。
──ではお仕事を別にすれば、草笛さんにとってファッションは必ずしも重要ではない。
服と聞いて思い出すのは、むしろ戦後、母の洋裁店のお手伝いをしていた頃のことです。それでもらったお小遣いで、松竹歌劇団の養成学校に通っていました。ミシンなんてうまいわよ、今もジャケットくらいは縫えます。当時は今みたいにいろんな材料がなかったから、なんでもない布から服を作ったり、男ものの服を女ものに作り替えたり。きれいな赤色の、女ものの着物の雨コートを崩して、洋服に作り替えたこともありました。細やかな作り方をすれば、(古布や古着が)いろんな風に化けるのね。
──とてもクリエイティブに思えます。では最後に、草笛さんが「素敵だな」と感じられるのは、どんな人ですか?
今年、『週刊文春』で始まった私の連載のタイトルは、「きれいに生きましょうね」。これ、外側のことじゃないのよ。芸能界って大変な世界でしょ、いろいろ苦労したことがあったときに母から「光子ちゃん、きれいに生きましょうね。人を蹴落とすような、汚い生き方はしちゃいけないわよ」と言われて、それが母との約束なの。スタイルブックを読んだイメージで誤解されると困るのよね。私が言いたいのは、「きれいに装いましょうね」じゃない。「きれいな心で生きましょうね」っていうことなの。そういう生き方をしている人を素敵な人だと思っています。
傑作30本超を一挙上映!
「角川映画祭」
すべてが伝説、すべてが常識外――ただただ観客を楽しませるため、エンタテインメントに徹し、パワー溢れる傑作を送り出した、伝説の「角川映画」。
1976年、低迷していた日本映画界に突如彗星のごとく現れ、「読んでから見るか、見てから読むか。」をコピーとした出版界との連動や、当時は画期的だったテレビを使った宣伝など、大規模なメディアミックス展開を行ない、絶えず時代をリードし続けてきた角川映画。その誕生から45年を記念し、角川映画第1弾として巨匠・市川崑がメガホンをとった『犬神家の一族』の4Kデジタル修復版をはじめ、ベテランの深作欣二や大林宣彦から、当時はまだ新人だった相米慎二や森田芳光まで、日本を代表するクリエーターたちが結集し、日本映画の歴史を変えた傑作を一挙上映!
配給: KADOKAWA
テアトル新宿、EJアニメシアター新宿ほかにて 11/19(金)から全国順次開催!
『犬神家の一族』<4Kデジタル修復版>
原作は横溝正史の傑作ミステリー。犬神製薬当主が残した不可解な遺言状を発端として起きる連続殺人事件に、二枚目俳優・石坂浩二演じる名探偵・金田一耕助が挑む。角川映画第1弾作品としてメガヒットを記録した。
監督・脚本: 市川崑
原作: 横溝正史
脚本: 長田紀生、日高真也
撮影: 長谷川清
美術: 阿久根巌
音楽: 大野雄二
出演: 石坂浩二、島田陽子、あおい輝彦、高峰三枝子、三条美紀(三條美紀)、地井武男、草笛光子
1976年/カラー/146分/1:1.5ワイド
©KADOKAWA1976
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草笛光子
1933年生まれ、神奈川県出身。1950年松竹歌劇団入団。1953年に女優デビュー。舞台、映画、テレビと幅広く活躍し、映画では成瀬巳喜男、川島雄三、市川崑、森田芳光といった錚々たる監督の作品に出演。市川監督作品は『ぼんち』(60)、『火の鳥』(78)ほか、金田一耕助シリーズ6作に参加。芸術祭優秀賞、読売演劇大賞優秀女優賞、紀伊國屋演劇賞・個人賞ほか受賞多数。2020年、主演舞台『ドライビング・ミス・デイジー』で毎日芸術賞受賞。2021年は映画『老後の資金がありません!』、2022年は大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出演。1999年に紫綬褒章、2005年に旭日小綬章を受章。
Text&Edit: Milli Kawaguchi