2018年より『anan』で不定期連載されていた加藤シゲアキの小説『ミアキス・シンフォニー』が、この2月に刊行された。著者自身が出版までの7年を振り返りながら、テーマに据えた「愛とは何か」について語る。
小説家でアイドル。加藤シゲアキが「愛とは何か」について語る

やっぱり行動することが
愛だと思う
「引き受けたとき、『anan』で一回掲載される短編だと勘違いしていたんですね。長編は特にプロットを練ってから書き始めるので、連載だったとわかってちょっと焦りました。でも毎週載るわけじゃないのなら、長編でできないことを実験的に、いまの自分には何が書けるだろうとそのつど考えていくのも挑戦として面白そうだったし、これはと思うアイデアが浮かんだら書くくらいでいいかと気負いみたいなものもあまりなかったですね。最初に決めたのは、同じ場所にいても全然違うことを考えている者同士の、A面B面のような物語がいいかな、その回だけ読んでも楽しめるものにしたいな、くらいです」
気づけば『ミアキス・シンフォニー』は、加藤シゲアキにとって過去最長の連載に。
「僕は本にするまでに何度も手直しする方なんですね。この作品も自分史上いちばん手を入れたかも、と思うくらい直しました。校正のために7年ぶりに読み返していたら、『若い書き方だな』と感じる箇所もあったり、あちこち気にはなったんです。でも一から書き直してしまうと、7年前の加藤シゲアキは何がしたかったのかが見えなくなってしまう。いまの自分ならやらないような試みも多かったけれど、だからこそこのアンバランスなバランスができたというか。潔く、この中で生まれた謎の魅力みたいなものがきっとあると信じて、『このときの作家の意思を尊重する』という編集者的視点で手を入れていきました」
本書は、さまざまな場面が二視点から描かれる群像劇だ。ぬいぐるみと話せるという二十歳のあや、あやの同級生のまりな、女優の波定テツ子を大叔母に持つ彰人、女の子と気軽につき合う涼太、テツ子が通う料理屋の大将・橋本、涼太の身に起きた事故を元カノに知らせた涼太の兄・忠……、登場人物たちの関係性が入り交じり、思いが交錯していく。
「書き始めてすぐに、これはかなりの人数が出てくる話になる、シンフォニー的な構造になっていきそうだ、そんな感触はあったんですね。登場人物が代わる代わる主人公になるけれど、やがて中心的存在が生まれてくる。その人は身勝手なところもあって、ふつうに見たら意味のわからないことをしでかすからキライだと思った読者もいたと思うし、なんなら僕自身も書いている途中まで、出てくるたびにめっちゃ腹を立てていたりして(笑)。けれど、誰かの行動が何かに影響して大なり小なり現実が変わっていくさまを、できれば希望となるようなつながりとして描きたいと思っていたので、意地悪さや冷酷さの奥にも『本当はこういう行動原理があったのか』と、読者に腑に落ちてもらわないといけない。最終的に、針の穴に糸を通すようなことができた気がします」
そこで描かれるのは、無邪気な愛、臆病な愛、掛け違えた愛、歪んだ愛、一途な愛……登場人物たちの奏でる愛のメロディだ。物語に登場するエーリッヒ・フロムの名著『愛するということ』は、本書の底流をなすテーマにもなっている。
「僕も感銘を受けたフロムの一冊です。最終章の主人公は、最初の頃は自分といちばん遠い存在だった気がしていたんです。けれど、その人の一人称になったときにフロムの言葉があると理解がしやすいし、自分の中で大切にしてきたものと登場人物の好きなものがシンクロしていた方が感情移入もできて書いていることにウソがなくなるかなと思ったんですよね」
やがて本書の最重要人物はフロムの数々の言葉をよりどころに、愛のために突き進んでいく。
「現代の人たちって他者に踏み込むのを恐れているけれど、しない理由って簡単に見つかるんですよね。ボランティアとかも『行っても迷惑かも』『しなくても誰かがやる』とかね。愛とは言わなくても、他者と関わることや社会で行動することは大事で、もっと身近で言えば、落ち込んだ友達から電話がかかってきたときに、そいつのところに行けるかどうか。『見守るのも愛だ』とか言うけれど、関わるのが面倒くさくてごまかしてるだけじゃないのかと。僕も10代のころから仕事をしてきて、手をこまねいていることもあったけれど、トラブル回避のために密かに調整役をやれたときとかは、自分を誇らしく思えた。僕もできないことも多いし、できても限界もあるし、悶々とするからこそ余計に思うのかもしれないけれど、やっぱり、見返りを求めず自分のことも二の次で、衝動的に行動する人の方が、行動しない人より愛にあふれてるかもな、と思うんです。愛って言葉は、あまりにも便利でしょ。何かを簡単にくくったりするのに『それって愛だよねー』と自分も割と使ってしまう。真正面から向き合うのが恥ずかしいから、逆に小説の中で考えてみたかったのかもしれません」
愛に傷つき、愛を信用できず、愛を求めて模索する彼らに、読者もまた共鳴するはずだ。
Photo_Yuichi Akagi Styling_Yukihiro Yoshida Hair&Make-up_KEIKO (Sublimation) Text_Asako Miura