満島さんの回文に又吉さんがショートストーリーを添えたGINZA連載『まさかさかさま』に新たな内容も加え単行本『軽いノリノリのイルカ』が発売されました!言葉の魔力に導かれた前代未聞!?の本について語ります。
満島ひかり×又吉直樹 珠玉の回文小説集『軽いノリノリのイルカ』について語る
言葉のミューズ、ふたりの閃き
又吉 最初に満島さんの回文を見せてもらった時、こんなに長い文章が作れるのか!?とびっくりしました。上から読んでも下から読んでも同じというシステムから偶然に引っ張り出された言葉なので、本来なら満島さんが使わなさそうなことも含まれているのが面白かったです。
満島 今まで読んできた本や出会った人との会話、風景、色など、心にグッときたもののストックが無意識にあふれてきてしまうのも回文の魅力です。「私が書いた文字だけど、私が書いたわけじゃない」って大胆になれたり手放せる感じもまた楽しい!インタビューやエッセイだったら恥ずかしくて選べないワードも平気な感じ。
又吉 満島さんの回文は魔法的というか、神話っぽいのが多かったですね。
満島 何を書いても〝セイント〟さがあるのは、私の回文の特徴かもしれませんね。選ぶ言葉の語彙やリズムににじみ出てる気がします。〝ひかり〟っていう自分の名前への意識とか、何百年も前に書かれた戯曲や聖書を読むのが好きだった影響もあるのかも。又吉さんは、回文をお題にストーリーを考えるのは大変でしたか?
又吉 ふだん小説やコントをゼロから書き上げるよりもずっと短い時間で、わりと苦労せずに物語が思い浮かんでいました。詩のようにも受け取れる長めの回文の中にところどころ強い語彙が含まれていて、それだけで自然と話が立ち上がってきましたから。
満島 いちばん印象に残っているのはどれですか?
又吉 「寝たきりくつ下 しっくり来たね」につけた話かな。満島さんから送られてきた回文を読もうと、ちょうどノートパソコンを開いたら電話がかかってきて、祖父が亡くなったことを知らされたんです。翌日は仕事が入っていたのでおじいちゃんにお別れに行けないなぁと思って。それで、入院中のおじいさんを見舞いに行く男の話を書きました。1時間もかからず仕上げたと思います。「寝たきり」という言葉を含む回文があったからこそ思いついた物語でした。
満島 私たち、出来上がった作品をお互い送り合うだけで、ほとんど感想を交わしたりしなかったですよね。毎回、又吉さんから届くお話は、ゾワッとするぐらい見事に回文の深部を捉えていて。ふわっとした、意味をなすような、なさないような言葉の連続の中のある部分をキャッチして、こんなふうに膨らませるのかと意外に思ったり、ストーリーを読んだ後にもう一度回文を眺めると、それが急に魔法の言葉や何かのメッセージのように響いてきたり。
又吉 僕のストーリーはめっちゃ重いのが多かったですしね。
満島 「世の裏、我が子寝る 猫が笑うのよ」に添えられたのは、跳び箱で後ろ向きに回転したら世界の裏側に行ってしまった人のストーリーでした。話の筋はぶっ飛んでいるけれど、なんだかありえそうだなと思わされるのが怖い(笑)。寝起きの時、夢か現実かわからなくなる現象と似ている感じ。こちらとあちら、陰と陽が鏡合わせになっているような話の展開が多くて、それが上からも下からも読める構造の回文と重なり合っていて……恐ろしい(笑)!
又吉 「世の裏〜」は特に不穏な空気が漂っていますよね。
満島 不思議な出来事と〝隣り合わせの日常〟が、又吉さんの創作には頻繁に出てきます。
又吉 ある意味、僕の書いたものは幻想的なのかもしれません。でも、そもそも幻想小説って僕にとっては〝めちゃくちゃリアルな日常〟なんです。そう感じたのは中学生の頃。毎晩7キロのジョギングをしながら、その日の出来事をひとつひとつ思い返すのですが、例えば学校で友だちが言ったことに対してとっさに返せなかったとしても、記憶を再現する頭の中ではうまいコメントをスパーンと言い放つ自分を想像できますよね。で、同じようなシチュエーションが実際に1週間後にまた巡ってきて、自分が絶妙なタイミングで発言し爆笑をさらったりする。そんなことが往々にしてあるんです。だから妄想と現実は等価なのだという感覚が僕の中にあり、大人になってからもそれが続いているのかもしれません。今回のショートストーリーに怪獣や妖怪が出てくるのは僕にとってはむしろリアルで、日常的なことなのです。
満島 その不思議さや、論理では説明できない、よくわからない感じが、私の回文と又吉さんの文章と、写真が合体した三位一体に表れているといいなと連載中も思っていました。だから書籍化する際には本の手触りや装丁にもこだわって、活字のフォントや大きさを変えたり、真っ黒いページを挟んだり。真面目にならないよう、感性をなるべく泳がせました。
又吉 ひとつのまとまりが5〜6ページぐらいで読み切れるので、今まで読書って縁遠いと思っていた人にもおすすめです。
満島 この本を手にした人が「なんなの、これ!?」って奇妙に思ってくれたらうれしい。ほんとは著者名を伏せたいぐらい。記してあることにさほど意味がないのに、何かが急に心に刺さる。そんな奇跡に出合ってほしいな。
トップ画像_満島さん ベスト、パンツ*共に参考商品(共にステラ マッカートニー | ステラ マッカートニー カスタマーサービス)
Photo_Masafumi Sanai (top), Ryuta Mitsui (gallery) Styling_Babymix (top) Hair&Make-up_Kanako Hoshino(gallery), Toshihiko Shingu (top) Text_Mari Matsubara