時代を超えて愛される歌謡曲「シン・カヨウキョク」を標榜する謎の覆面アーティストPii。2021年4月、楽曲「カキツバタ」とともに突如私たちの前に現れ、1人の女性の人生を物語る詞と、どこか懐かしさを覚えるメロディ、澄んだ歌声が注目を集めました。それから1年。今年4月に「ヒノキノキ」、7月には「花明かり」の2曲を新たに発表、ポップな楽曲と相まって、またも「Piiって誰?」が巷の話題に。トレードマークが青髪であることから、「もしかして?」と想像する人も多かったけれど、そう、PiiとはAwesome City ClubのボーカルPORINのソロプロジェクト。11月11日、初のデジタルEP「春が呼んでる」の収録曲「Baby Pink」の先行配信のタイミングで、ようやくその正体を明かしたPiiことPORINさんにお話を聞きました。
Piiの正体判明! PORINさんインタビュー Vol.1 デジタルEP「春が呼んでる」をたどる
──まず、Piiの始まりから教えてください。
実はすごく前から計画していたことだったんです。コロナ以前から。でも、曲を作るタイミングでコロナが始まってしまい、デビューするのは少し待とうと。で、2021年4月、本格的に始動しました。その間、Awesome City Clubの「勿忘」がヒットしたりということもあったので、私にとっては激動の何年間だったんです。
──Piiは「シン・カヨウキョク」がテーマです。なぜ、歌謡曲なんですか?
歌謡曲って、それを歌うアーティスト自身の心情を吐露する楽曲ではなく、風景を俯瞰した楽曲が多い印象なんです。特に80年代〜90年代の楽曲は。それを私もやってみたいなと思ったんです。自分が詞を書いたり曲を作ったりするのではなく、誰かに書いてもらおうと。私は歌手に徹しようと。今回、既に発表した3曲を含めた5曲入りのEP「春が呼んでる」をリリースしますが、全曲、違う作家さんたちに参加していただいていて。すごく面白かった。私自身、俯瞰して歌うことができますし、楽曲に余白ができるので、リスナーもそこに自分の想いを重ねやすい。ポップソングのあり方って、こういうことなんじゃないかなってすごく思いました。
──往年の歌謡曲をたくさん手がけた作詞家の松本隆さんは、例えば、松田聖子の曲であれば、松田聖子ってこういう女性じゃないかな、と想像を膨らませて詞を書いたとよくおっしゃっていますが、今回は、みなさんがそれぞれ「Pii」という女性についての想像を膨らませた?
そうなんです。そのほうが逆に自分ごとになる感じもあって。私はもちろん、それを聴いてくれる人たちも。それが大衆音楽の面白さだなって。ただ、テーマは全部統一しました。「春」がテーマです。というのも、コロナが明けていく様が、長い長い冬が明け、その先に春がある、幸せがその先にある、という感覚と近いなと思ったんです。あと私自身、子供の頃から春に対する思いやこだわりがあって。今回、ソロデビューするにあたり、私がどんな人間かという名刺代わりのEPにもなるので、「春」をテーマにお願いしました。私のルーツもお話しつつ。
──「春」にこだわりがある?
実家が造園業をやっていて、小さい頃から木や植物の表情を見て四季を感じながら育ったんです。ですから、春に特化した曲をそれぞれの方法で作ってください、とオーダーしました。
──では、1曲づつお話を聞かせてください。まず、「カキツバタ」について。これは「Yamanashi Ayumi & Sera Masumi」というコンビの作詞・作曲・編曲です。
この作家さんとはソロを始めようと思ったタイミングで出会い、せっかくだから曲を作ってもらうことになって。そこで、まず、私のルーツをお話したんです。実家の造園屋さんは祖父が創業したこと、現在は父がそれを継いでやっていること、部活は陸上部で足が速かったこと、大学は日本女子に通っていたこと、その頃から路上で弾き語りをしたりしていたこと、渋谷のホテルのガラス張りのDJブースでDJをやっていたこと、その当時日々思っていたこと……。だから、私のこれまでの歴史がこの1曲で語れる歌になっているんです。私の人生の曲(笑)
──なるほど〜!それでこういう歌詞なんですね!「ガラス張りの街の ガラス張りのDJブースに立つ」という出だし、不思議な詞だなと思っていたんです(笑)
でも、自分のことではあるけど、私が書いていないから、私小説ではないし、俯瞰し、普遍的な歌になっているのが面白いなって。あと、歌詞でいうと、「小一時間」という表現が好きですね。こんな言葉が出てくる歌ってほかにないし、そもそも普段からあんまり使わないじゃないですか。ちょっと古い言い回しというか。それがオーセンティックでいいなって。あと、最後のフレーズ、「どんなすごいレースでも走れるよ!と 父に言った昔と 子に語る未来と 今をゆく私を思う」という、過去・未来・現在が描かれている部分も大好きです。
──みなさんよく言われますが、「父が言った」という言葉が繰り返し出てくるのが印象的です。みんな「お母さん」のことは歌うけど、お父さんのことって、なかなか歌いませんから。
確かにそうなんです。自分では書かないし書けない詞だなって。私は、もちろん母のことも大好きなんですが、父のことをすごく尊敬していて。私にとってはスーパーマンなんです。父の弱い部分やダメなところを見たことがない。だから、父は私の憧れなんです。
──ところでお父さんはどんな造園をなさっているんですか?
個人宅のお庭も作りますが、公園を造ったり、動物園の猿山を造ったりもするんです。母はめちゃくちゃガーデニング好き。植物に関しては母が詳しいんです。だから、実家は森みたいなんです。植物であふれていて。基本は日本庭園なので、枯山水的なものもあったりするんですが。私が後を継ぎたい! って父に言ったら、「お前には無理」って一蹴されました(笑)
シャツ ¥64,900、ニットフード ¥42,900 (共にアンスクリア|アマン Tel: 03-6805-0527)/パンツ ¥35,200 (ヨウヘイオオノ Tel: 03-5760-6039)/ブーツ¥74,800 (フミエ タナカ|ドール Tel: 03-4361-8240)
──2曲目は「ヒノキノキ」。作詞・作曲したmeiyoさんはTikTokに投稿した「なにやってもうまくいかない」で注目され、メジャーデビューしたアーティストです。
「カキツバタ」をリリースしたあと、歌い手と作家のコラボレーションプロジェクト「MAISONdes」にPiiとして参加したんです。それで出会ったのがmeiyoくん。初めて会ったとき、人見知りの激しい人なので、目を見て話さない感じだったんです。ああ、この人最高だな、仲良くなれそうだなって(笑)。レコード会社の会議室でのミーティングだったんですが、全然会話が弾まないないんです。会話のラリーが続かなくて。文化圏がまったく違う2人が出会って話をしてる、みたいな。で、唯一の共通点として「卓球部だった」ということが最後の最後にわかって(笑)。それで「ラリー、ラリー」という楽曲を作ったんです。そこから仲良くなって、プライベートでもご飯に行ったりするようになって。それで、そうだ、次の曲はmeiyoくんにお願いしよう、と。作家としてすごく尊敬しているので。
──「シンカヨウキョク」というコンセプトにぴったりの楽曲ですよね。
矢野顕子さんの「春先小紅」が昔から大好きで、そういう曲をいま作ったらどうなるんだろうと。化粧品のCMソングをイメージして作ってほしいと言いました(注:1981年発売の「春先小紅」はカネボウ化粧品のキャンペーンソングだった。作詞は糸井重里、作曲は矢野顕子)。あと、私は昔から檜が大好きで。母の実家が檜原村という東京都唯一の村(注:島しょ部をのぞく)で檜がたくさんあるんです。それで、檜という言葉が入った曲ってないなと思って、「檜を入れて」ってムチャ振りもしました(笑)。
──どことなく、90年代のアニメ番組のオープニング曲みたいな、キラキラポップでもありますよね。
彼、すごく早いんです、作るのが。1週間くらいでデモがあがってきたと思います。しかも、詞の言葉遊びが秀逸。「タトツンタンテン」とか「タケテとマルマ」とか。「タケテとマルマ」って何だかわかります? 「タケテ」というと角張った模様を連想して、「マルマ」というと丸っこい模様を想像する、つまり言葉の音によってイメージするものに影響する、音象徴のことなんです。彼、YouTubeを観るのが好きみたいで、そういうところから面白い言葉をいろいろ仕入れてると言ってました。
──面白いですね。「その手の代わり握ったのは通信用デバイス」とか「馳せたら思いもデータになって消えた」とか、言葉のチョイスが独特です。どこか未来的ではあるけれど、「月に叢雲花に風」なんていう古いことわざが出てきたり。
未来からきた子、をすごく意識してるみたいなんです。「MAISONdes」のときもそうでしたが、私の声がそういうイメージにつながってるのかなって。とにかく、彼は本当に天才だなって思います。
──ちなみに、「カキツバタ」のビジュアルはタムくんことウィスット・ポンニミットさんが描いていましたが、「ヒノキノキ」は『らんま1/2』を彷彿する絵ですね。
高橋留美子さん、ではないんですよ。ノスタルックという70年代〜90年代風のアニメ表現を得意とするアニメーションチームに描いてもらいました。彼らは、デュア・リパのアニメMVを手がけていて、それがすごくかわいかったのでお願いしました。
──3曲目「花明かり」は、「真生活」がバイラルヒットしたボカロP案山子さんの作詞・作曲です。どことなく、松任谷由実さんの「春よ、来い」を彷彿させる世界観です。
案山子さんも言葉がとっても面白いんです。「麗らか(うららか) 熱に触れ 気更来(きらさぎ) 溶ける氷柱(つらら)」とか。感性が自由。こんな表現があるんだなって。しかも、会いたい、恋しい、という切ない気持ちを、情景で描いているのが素晴らしく、まるで映画を観るよう。
──ビジュアルはいままでの漫画・アニメ路線とは違う、繊細なタッチの少女漫画風。ちょっとナウシカっぽくもあります。肩にテトを乗せて(笑)。
はなさきたるさんに描いていただきました。ナウシカっぽく描いてほしい、とお願いして。私、ナウシカが大好きなんです。アニメはもちろんですが、安田成美さんが歌う「風の谷のナウシカ」も大好き。作詞は松本隆さん、作曲は細野晴臣さん。いつかPiiでカバーしたい!
──4曲目は新曲「Baby Pink」。作詞・作曲のMega Shinnosukeさんとはどんな方でしょうか?
通称メガシンくん。2000年生まれの22歳で、いままで1枚もCDを買ったことがないという(笑)、若い世代を象徴する作家です。彼にお願いしたいと思ったのは、菅田将暉さんの「星を仰ぐ」という曲を作ったのが彼だったから。すっごくいい曲で大好きなんです。普段彼がやってるのは、おしゃれでカルチャーの匂いがするようなシティポップだったりするんですが、菅田さんの曲を聴いたときに、ああ、こういうオーセンティックな曲も書けるんだなって。それでオーダーしたんです。すると、「僕、メロディメーカーなんでいくらでも書けますよ」って(笑)。今回のEPは、この曲をリード曲に選びました。自己肯定ソングだと思ったんです。「今の私も好き」というフレーズが繰り返し出てくるんですが、その言葉がすごく好き。今の自分が好きだからこそ、人も愛せる、そんなメッセージのある曲だなって。
──制作はスムーズにいきましたか?
打ち合わせをして、イメージボードを見せて、「わかりました〜!」って、すぐできました(笑)。 ギター1本のデモでしたが、詞もメロディも素晴らしくて。アレンジは、スナックひよこさんにお願いしました。ひよこさんのことも昔から大好き。レコーディングの前日、メガシンくんが最後のバースを新たに加え、違う展開になって少々焦りましたが(笑)、彼にもここを一緒に歌ってもらっているんです。メガシンくんはすごく元気な人。アニメとかに出てきそうなキャラの人(笑)。ずっとおしゃべりしています。『マツコ会議』に出たこともあるんです。
──10歳近く離れていると思いますが、話は合いますか?
彼には彼の宇宙があって、私には私の宇宙がある、そんな感じかな(笑)。あるとき、朝まで一緒に飲んだんです。レコードバーで。メガシンくんが「最近、すごくいい曲みつけました!」って言うから、どんな曲を紹介してくれるんだろうと思ってたら、2015年辺りに流行ったビーチ・ハウス(注:アメリカのドリームポップバンド)の曲が流れてきて。「いやいやそれ知ってるから!」って(笑)。私にとって懐かしいと思う曲が彼にとっては新鮮みたい。90年代に人気だったバンド、スーパーカーが大好きだったり。私、スーパーカーがすっごく好きだったんで、そこはぐるっと回って一緒でした(笑)。
──そして、EPのメインビジュアルは写真。ここでようやく種明かし、という感じですね。
丸の中にあるポートレイトは実家の庭で撮りました。しかもこの丸、家紋などに使われるときの、日本独特の丸なんです。まんまるじゃなくて、ちょっとだけタテに長い「和の丸」。デザインはペリメトロンにお願いしました。
──「春が呼んでる」というタイトルにピッタリです。というか「呼んでる」んですね、「来る」のではなく。
春って必ずやって来るものじゃないですか。自分が行くのではなく、春が呼んでくれてるよって。いまを乗り越えれば、春は必ず来るよって。そういう意味を込めているんです。
──このメッセージは、「Pii=PORIN」を知ることで、より強く響いてきます。次回は、これまでPiiであることを伏せていた理由、そしてミュージシャン以外の幅広い活動についてお聞かせください。
Pii 「春が呼んでる」
発売日: 2022年11月30日
形態: デジタルEP
[ TRACK LIST]
01. カキツバタ
02. Baby Pink
03. ヒノキノキ
04. 花明かり
05. 雲雀
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PORIN
2013年東京にて結成した男女ツインヴォーカルの3人グループ、Awesome City Club のメンバー。透き通るような高音が魅力の歌声と、青い髪のキュートなルックスで人気。22年11月11日、「Baby Pink」配信のタイミングで「Pii=PORIN」であることを公表。11月30日、デジタルEP『春が呼んでる』をリリース。18年にPORIN自身がディレクションを務めるアパレルブランドを立ち上げ、年に2回コレクションを発表している。22年11月2日、Awesome City Clubはドラマ『モダンラブ・東京』のインスパイアソング「ユメ ユメ ユメ」をリリース。
Photo: Wataru Kitao Text: Izumi Krashima Styling: Masaaki Ida Krashima Hair&Make-up: Kuji Megumi (L&Co.)