世界中で愛される〈イソップ〉。確固たる美学のあるブランドながら、フレグランスでは調香師バーナベ・フィリオン、店舗デザインでは映画監督として知られるルカ・グァダニーノなど、外部のクリエイターとも柔軟にコラボしてきた。創業メンバーでCCOのスザーン・サントスに、新作フレグランスをはじめ、そのクリエイティブな共同作業について聞いた。
〈イソップ〉のフレグランスは「常にストーリーから始まる」。創業メンバーに聞くクリエイティブの秘密。

──2021年にスタートした、〈イソップ〉のフレグランス「アザートピアス」シリーズ。「ここではないどこか」というテーマを掲げていますが、このテーマはどのように生まれたのでしょうか?
〈イソップ〉の創業者デニス・パフィティスと調香師のバーナベ・フィリオンの共同作業でしたが、おもにデニスが率いていました。デニスはフレグランスの方向性について確固たる考えを持っていて、アザートピアスの場合で言えば、彼という人間の重要な部分を占めている「旅」のムードを表現したかったそうです。日々の生活において、その人自身を高めるような香りをと。
──新しく同シリーズに仲間入りした「グローム オードパルファム」は、芳醇なフローラルと温かなスパイスが溶け合う、フレッシュながらも丸みのある香りで、これからの季節にもぴったりです。スザーンさんご自身がこのフレグランスを最初に体験したとき、どんなことを思いましたか?
すごく人気が出そうだと思いました。新製品のトライアルは一人二役で臨まなければなりません。つまり主観的に考えるより、「世の中の人々はどう思うだろう?」という客観的な視点を持たないといけないのです。では、なぜ人々がグロームの香りを気に入ると思ったのか? それは、穏やかで優しく控えめなトーンを感じたからです。それと同時に、高揚感もたしかに感じられる。私は、誰かが朝起きてグロームを自分に吹きかけるや、高みに登ったような気分になるさまを想像しました。「こんな私になりたい」という精神状態になれるというか。
──〈イソップ〉の長年のフレグランス開発パートナーであるバーナベ・フィリオンは、当初は写真を志し、ビジュアルアーツからキャリアがスタートした方です。そのバックグラウンドを感じる瞬間はありますか?
バーナベは単に芸術が好きなだけでなく、プロの芸術家としてのキャリアを積んだ、いかにもクリエイティブな感性を持っている人です。そしてフレグランスを作るというのは、雲をつかむようにエーテル的な結論に到達するために、何かを築き上げ組み立てること。それは芸術に近しい行為なのです。
──バーナベとのコラボレーションにおいては、どんなふうにフレグランスを作っていくのでしょう?
まず〈イソップ〉側がストーリーボードを作ります。トレイの上に、雑誌から切り抜いた写真や何か意味を持つ葉っぱなど、こうあってほしいというノート(香調)を象徴するものを並べるのです。このストーリーボードが重要な役割を果たします。私たちのフレグランスは常にストーリーから始まります。
──そのあとが、調香師であるバーナベの出番ですね。
ええ。ストーリーボードが「コンセプト」だとすれば、そのコンセプトを実際に表現するための「テーマ」がアロマ。調香とは、素晴らしい音楽を作るようなものです。マフィンのように、レシピどおりに作ればできるわけではありません。いわば、クリエイティビティとサイエンスのマリアージュです。
香りの配合が決まるまで、何度もサンプルテストを行い、GOサインが出たりボツになったりを繰り返します。バーナベは修行僧のように黙々と作業しているわけではなく、あくまで〈イソップ〉との共同作業なのです。“私たちの香り”に行き着くまで試行錯誤が続きます。
──〈イソップ〉のフレグランスの香りはどうしてこんなにもユニークなんでしょう?
多くのメーカーのフレグランスはおそらく、「今年はこの感じが人気だから私たちもそうしよう」といった感じで、かなりマーケティングに縛られているのではないかと思います。これまで話してきたように、それとは制作フローがまったく異なるので、唯一無二のフレグランスが生まれるのは当然です。いかに精妙に、いかに他と違うことができるかを追求しています。メジャーな方法をとる以外にも、チャンスはたくさんあります。
──暗黙を意味する「タシット」や、地形を表す「カースト」など、〈イソップ〉のフレグランスはネーミングも詩的で素敵です。名づけるのは最後なんでしょうか?
そうです。すべて社内のクリエイティブチームが名づけています。
──今回のグロームは日本語だと「たそがれ」という意味ですよね? 香りにぴったりだと思いました。
面白い指摘ですね。夕暮れの光には平穏があり、ほとんどの人が心地よく感じます。それから、夕空の色彩はもはやシュールな美しさです。その両面を捉えようとしました。
フレグランスの名前というものは、その周りにある生活を作り出すと思うのです。それがやがて、その人の個性になる。人は相手の外見を案外ちゃんとは見ていないものですが、香りはよく覚えています。フレグランスはあなたが誰かに残す記憶の一部です。だからこそ、その香りに名前があることは重要な気がします。
──〈イソップ〉は世界各地の店舗を作る上で、インテリアを統一せず、お店ごとにさまざまな設計事務所や建築家にデザインを頼んできました。彼らとはどのようにコミュニケーションをとっていますか?
ある意味、フレグランスにおけるバーナベとのコミュニケーションと似ています。どちらもアイデアのエンジニアリングであり、私たちから生まれたコンセプトを、コラボレーションによって具現化するのです。
──今日伺った渋谷店はトラフ建築設計事務所が内外装を手がけています。
渋谷店ができたのはパンデミックの前で、当時から街のあちこちで再開発の工事が行われていました。その変化し続けているところを渋谷のキャラクターとして捉え、渋谷店は既存のものと新しいものが共存する空間にしようということになりました。たとえば建物の歴史を尊重し、あえてコンクリートの壁をそのまま生かすなどしています。
渋谷店には何度も足を運んでいます。東京の中でも大きな店舗で、落ち着いた音楽と照明のもとでゆったりとアイテムを見たり、座ってお茶を飲んだりできる。私たちの店舗はすべてお客様に楽しんでもらえるように設計されていますが、渋谷店はその好例だと思います。
──2019年にローマのサン・ロレンツォ広場にオープンした店舗のデザインは、映画『君の名前で僕を呼んで』(17)の監督として知られるルカ・グァダニーノと彼のデザインスタジオが手がけたと聞いて驚きました。彼とのコラボレーションで、印象的だったことを教えてください。
ローマ店のことで彼とやりとりしていたのはデニスです。でも、私も何度か一緒にインタビューを受けましたし、ローマ店のオープン記念のディナーでも会いました。デニスと性格も美的感覚もよく似ていて、だから二人は意気投合したのだと思います。二人とも求めるものが高く、とても美しい店舗を作り上げました。ローマ店の姉妹店であるロンドンのピカデリー・アーケード店も最高に美しい店舗です。
──〈イソップ〉は1987年に創業し、2022年で35周年を迎えました。その間に変わったこと、また変わらないことを教えてください。
何も変わっていません。〈イソップ〉は少しずつ成長してきましたが、それでも変化しないことが重要です。哲学を変え続けるようでは、ブランドとは言えません。
──変わらないってすごく大変だと思います。どのようにそれをキープしていますか?
ポジティブな意味で、人の言うことにあまり耳を傾けない(笑)。また安易に他のブランドに目を向けず、自分たちの哲学を大切にすることでしょうか。
──今後の〈イソップ〉のビジョンを教えてください。
私たちが期待するのは、より多くの人々が〈イソップ〉を知ることです。ここ数年で、人々は思慮深くなったし、思いやりを持つようになった気もします。彼らが〈イソップ〉を知るための場所として、店舗はますます重要になっています。世界各地でパンデミックが終わりを迎えると、店舗にやってきたお客さんたちがみんな感激していることに驚きました。「人生が再び始まるような気がする」と、あらゆる言語でそう言ってくれました。
未来に何を想像するかというと、そんな体験をしたいと思う人がもっともっと増えることです。人生は大変だけれど、誰かがあなたの話を聞いてくれて、賢明なアドバイスをくれて、楽しい体験ができる。そんな場所に行くことを、より多くの人が求めているのではないかと思います。
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Suzanne Santos
1987年の〈イソップ〉設立当初からの創業メンバー。CCO(チーフカスタマーオフィサー)として世界中を回り新規市場参入を推し進め、またコンサルタント(ショップスタッフ)に製品知識や接客を指導し、各店舗で得られるユニークな顧客体験を維持・向上してきた。
Photo: Yuka Uesawa Text&Edit: Milli Kawaguchi