さまざまなフィールドで活躍する、新進気鋭のクリエイターにインタビュー。その独創的な発想力と、人を惹きつける魅力とは?創造の源に迫る。
アーティスト、村上 亘にインタビュー
シーンを塗り替える表現者たちvol.03
村上 亘
アーティスト、フォトグラファー
すべてを静物として捉え
写真と絵画を往来したい
室内の一角をとらえた何気ない写真だが、テーブルの上のオブジェや壁に飾られたものだけが鮮やかな色のクレヨンで塗りつぶされている。かと思えば、さまざまに彩色された幾何学形のコンポジションだと思っていたものが、実は手を加えられた静物写真だったり。これは絵なのか、それとも?そんなふうに見る側を一瞬戸惑わせるのが、村上亘さんの[Still Life Tracing]シリーズだ。
「もともとは画家になりたくてドイツに渡ったのですが、入学したカールスルーエ造形大学にはいわゆる油彩学科がなく、写真とメディアアートを学ぶことになりました。自分は絵画というよりヴィジュアルアート全般に興味があるのだと気づき、教授にも『絵画と写真を両方続けながら制作していけばいい、どういう作品を作りたいのかというコンセプトが先にあってそこからメディアを選ぶべき』と言われたのがきっかけになりました」
[Still Life Tracing]はその名の通り、静物写真に写されたオブジェの輪郭を半透明の紙にトレースしたり、デジタル上で部分的に塗りつぶしたものを元の写真に重ねてもう一度撮影したりしている。フォトグラフとペインティングがレイヤーになっているのだ。
「絵画におけるひとつのジャンルである〝静物〟にずっと関心があり、絵筆をとるのではなくカメラで身のまわりのオブジェを毎日、それこそ日記のように撮り続けていました。そのうち、自分が何に興味を持ち、どんな構図で撮ろうとしているのかについて考えるようになったんです。たとえばテーブルの上の瓶を撮影する際には、画角のどこに瓶を配置しどう切り取るか。被写体との距離感や光の当て方、ピントや絞りなど、多くの選択と決断の末にシャッターを切るわけですが、そのプロセスを振り返りたい。そこで被写体の一部に色を塗ったり、輪郭をなぞったりすることで配置やフレーミングの思考が浮き彫りになるのです」
その結果、写真に収められたポットや本といったオブジェの具象性は薄らぎ、色の塊だけが配された抽象画のようにも見えてくる。
「画家を志していた頃は抽象画の色の置き方に惹かれていました。写真は具象ですが、無意識に撮るスナップでさえ画角のどこにどんな色を取り込むかを一瞬で決めているわけで、そこと通底しているなと感じました」
だから村上さんは常に絵画と写真を行き来し、両者のあわいを漂っている。2023年夏には東京都美術館で同世代の画家二人と一緒にグループ展を行ったが、壁面に展示された絵画とは対照的に、大きく引き伸ばされた写真が会場のレンガ床にじかに置かれ、鑑賞者がその合間を縫うように歩く光景が印象的だった。
「写真に構図があるのと同様に、空間の中に自分の作品をどう並べるか。そして建築家・前川國男が設計した美術館の歴史的文脈も考え合わせてこのような展示方法にしました。結果、サイトスペシフィックな意味合いも帯びたと思います」
19年からは、東京オリンピックを軸に東京の街の変容を捉えた[In Search of Colors]に取り組んだ。写真で捉えた建設中の新国立競技場や、立ちはだかるビル群が視界を遮る品川の街角には温度も照度も感じられず、すべてがニュートラルだ。
「都市という空間を静物として捉えられないかなと考えたのが出発点です。海外で長いこと過ごしてきた自分のアイデンティティを探求する目的もありました。東京は平和で清潔ですが、その特色は茫漠としてつかみきれず、不思議な街だと思いました。ただ、今回はさまざまな専門家にインタビューをした映像も作品の一部になっています。変わりゆく都市に対する多様な視点が僕の撮影にも影響を与えました。そのことがすごくよかったと感じています。自分は作品をひとりで制作するだけでなく、他者との協働作業もふまえて進めていくアーティストなので。来年には書籍にまとめて、できれば展覧会で発表したいと考えています。写真と絵画を行ったり来たりするのが僕のスタイルなので、これからも写真をツールとして創作していきたいですね」
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村上 亘
むらかみ・わたる>> 愛媛県出身。上智大学比較文化学部卒業後渡独。カールスルーエ造形大学で写真とメディアアートを専攻。『都美セレクション グループ展 2023 イメージの痕跡—記憶とリアリティのあわい』に出品。現在ベルリン在住。
Photo: Wataru Murakami Text: Mari Matsubara