世の中には、働くことに幸せを見出し、必要な稼ぎを得て毎日を生きている人たちがいる。一方で、自分の夢が見つからない。やりたいことがない。何のために働くのかわからない―。そんな疑問や迷いを胸に抱きつつ、毎日を過ごす人たちもいる。いったいこの差は何なのか? 働くって何なのか? 労働時間、適正な賃金、コンプライアンス…… 「働き方」が問われる今、職種も生き方も異なる6人の中に、その答えを探ってみることにした。
働くって何? ホームレス 小谷真理さんに聞く。大事なのは人柄と恩 1日「50円」という働き方
Revolution: 05
ホームレス
小谷真理
こたに・まこと≫ 1983年、兵庫県出身。お笑い芸人だったが、4年前から1日50円で自分を売りながら生きるホームレスになる。家も金もないのに、なぜか欲しいものは必ず手に入る、世界一ハッピーなホームレス。
大事なのは人柄と恩 1日「50円」という働き方
1日50円で自分を売って生きている男がいる。
ホームレス・小谷真理さん(34)。ネットショップで自分の1日を商品にして売っている。買うと小谷さんが現地に来て何でも依頼を引き受けてくれる。掃除、草むしり、悩み相談、一緒に富士山に登ってほしいとの依頼まで。いわば何でも屋。月収は毎日売っても50円×30日=最高1500円。お金はないが、依頼されればどこへでも行く。
「この間はヨーロッパ、その後は米子、群馬、そんで今日が東京。地球だったらどこでもいいです。僕、地球が家なんすよ、はは」
小谷さんは力の抜けた声で笑った。
元は大阪のお笑い芸人だった。10年続けても売れず、一念発起して4年前に上京。縁があり漫才コンビ「キングコング」の西野亮廣さんの家に転がり込んだ。ところが家賃を滞納してわずか2カ月で追い出される。その時、西野さんにこう言われた。
「お前、今日からホームレスになりな。その方が絶対にうまくいくから」
理由はわからなかった。が、その一言に突き動かされ、小谷さんはホームレスになり、その様子を毎日ネット配信するようになった。
この日の依頼は「新宿御苑で一緒にお花見をしてほしい」というもの。
お地蔵さんのお供えもののように、小谷さんの前に食べ物が置かれる。
携帯電話2台とポケットWi-Fiを所持。誰かがくれたそう。
いざ50円で依頼をこなすと、不思議なことに依頼主が小谷さんのために飯をおごったり、家に泊めさせてあげたりした。ほぼ見返りを求めない〝50円〟という数字に対して依頼内容が釣り合わないので、依頼主は感じた〝恩〟を違う形にして返そうとするのだ。
完全に恩だけで生きていたら4年で20キロ太っていた。これまで衣食住に困ったことはないと言う。
「50円っていうのはネットショップの価格設定が最低50円からなんです。本当は別に0円でもええんすよ。誰かと一緒になんかやってたらいいんです。僕は見返りを求めてないし、何かもらえなくてもいい。お茶したでも富士山登ったでもいい。小学校の時にみんなでなんかやった思い出って忘れんでしょ。そういうのめっちゃ好きなんです。〝いくら払ったからこれだけやる〟みたいな関係って忘れる気がする」
小谷さんはお金を持っていないが、手に入らないものはないという。
「言っといたら叶うんです、だいたい。寿司食いたかったら寿司食いたいって。そしたらあいつ寿司食いたいって言ってたよな、誘ってみようか、みたいな感じ。今は『来年ダライ・ラマに会いたい』ってみんなに言ってます。言っといたら必ず会えるんです。あ、ちょっと柚子ティー頼んでもいいすか?」
取材中にもカフェで欲しいものを手に入れてみせる小谷さん。なぜこんな生活が続けられるのか?
小谷さんは「地蔵になりたい」と話す。地蔵は何もせずただそこにいるだけ。だからこそ話を聞いてほしい、一緒に何かやりたいという人たちが集まってくる。小谷さんは意識してないかもしれないが、実際、50円以上のものを与えているのではないだろうか。小谷さんのネットショップはもはやビジネスとは言い難い。にもかかわらず本人は人生の楽しみと必要な糧を得ながら生きている。大事なのは人柄と恩。お金を介さない働き方の形が、ここにある。
この日は小谷さんの誕生日直後。依頼者から特製チロルチョコのプレゼント。
新宿御苑に入るやいなや知り合いに遭遇! なにかのご縁とみんなでお花見。
地球上どこでも携帯電話で連絡をとる。