大滝詠一、井上陽水、松本隆、筒美京平らのブレーンを務め、「平井夏美」名義で『少年時代』(井上陽水と共作)、『瑠璃色の地球』等を作曲。中森明菜の音源制作にも関わってきた川原伸司さんに、いまこの時代に聴きたい音楽についてうかがう連載。Vol.9は1986年発売のアルバム『SUPREME』について。作曲家としても関わった川原伸司さんに歌謡曲好きライターの水原空気がインタビューします。
1986年、名盤『SUPREME』が生まれた日。
いま再び聴きたい音楽の旅Vol.9 松本隆&松田聖子 前編
『SUPREME』1986年6月1日発売/松田聖子。全作詞&プロデュース・松本隆。同年「日本レコード大賞」のアルバム大賞も受賞した。作曲陣は松田聖子本人、安藤まさひろ、宮城伸一郎、久保田洋司、大沢誉志幸、玉置浩二、平井夏美など初提供も多く、非常に新鮮な仕上がりに。アイドルにとって結婚は障壁ではないことを示した。レコード、CD、カセットの累計でミリオンセラーに。
●松本隆/作詞家、1949年生まれ。1969年にドラマー・作詞担当として大滝詠一、細野晴臣、鈴木茂らとバンド「はっぴいえんど」を結成。解散後に作詞家に転向。大滝詠一からKinKi Kidsまで多くのヒット曲を生み出し続けているJ-POP界の巨匠。
●松田聖子/1980年デビュー。オリコン・シングルチャート24曲連続1位獲得。松本隆を軸にニューミュージックのアーティストとコラボした作品群は、J-POPの原点と言われている。
ライター水原 J-POPにおける松本隆さんの功績は非常に大きいと思うのですが、まず初めに、川原さんが考える松本さんのすごさとは?
川原さん(以下敬称略) やはり職業作詞家に徹して、日本の新しい音楽を作り続けてきたことですよね。70年代初めに「はっぴいえんど」のメンバーとして活躍していたのに、プロの作詞家に転向して、時代を切り拓いて来た。当時、ザ・フォーク・クルセダーズの北山修さんを筆頭に、井上陽水さんや荒井由実さんなど新時代を感じさせる詞を書く人たちが同時多発的に生まれ、あの頃ニューミュージックと呼ばれていましたが、互いに刺激を与えあいながら、みなさんオンステージでも活躍していた。そんななか松本さんは職業作詞家としてショウビズの中心で仕事をしながらも、芸能界とは一定の距離を取りつつ、歌謡曲とニューミュージックの境界を取り払っていく重要な役目も担ってきましたから。
水原 大滝詠一さんや南佳孝さんのようなアーティストに詞を書いて一緒にアルバムを制作したり。松任谷由実さんや財津和夫さん、細野晴臣さん、大滝さんや川原さんたちと松田聖子さんの世界を構築したり。作曲家・平井夏美としては松本さんにどんな印象をお持ちですか?
川原 やっぱりミュージシャンだから、曲全体のことがしっかり見えているんです。例えば僕がその歌手のイメージに寄せた曲を書くと、「それじゃ小筒美京平(こづつみ・きょうへい)だよ」と言って(笑)、「気を使うことはないから川原は川原らしい曲を書けばいい」と。作曲家のポテンシャルを見抜いて導く、いわばクリエイティブ・ディレクターなんです。
水原 松本さんの歌詞にはリズムがあるから、作曲家もメロディが自然と湧いてくると聞きました。
川原 まさにそうです。しかも一編の映画を観ているような歌詞で、「ドラマタイゼーション(ドラマを構築する)」という言葉があるけど、あれほどストーリー性のある詞はそれまでの日本になかった。太田裕美さんの『木綿のハンカチーフ』(1975年)も衝撃的でした。
水原 松本さん初の大ヒット曲ですよね。主語が男女入れ替わりながら、時制も変わっていく。
川原 詞先で、新進気鋭だった松本さんの詞に、京平さんが楽しみながらメロディを付けているのがよくわかる。太田裕美さんの声の魅力もしっかり引き出されて、詞と曲と歌が一体となった名作です。
水原 松本さんは文学や音楽的背景も広大ですよね。リッキー・ネルソンの『I Will Follow You』(米国1963年)を聴いて、聖子さんの『赤いスイートピー』(1982年)との繋がりを想像したり、『二十歳のエチュード』(1948年)という小説を知ると、『野ばらのエチュード』(1983年)にどんなメッセージが込められているのだろうかと深読みしたくなったり。そもそも『風立ちぬ』(1981年)も純文学のタイトルです。
川原 大滝さんも親しみを込めて「松本は白樺派だから」と言っていましたが。文学だけでなく様々なカルチャーに造詣が深く、『木綿のハンカチーフ』(1975年)もボブ・ディランの『北国の少女』(1963年)に通じる世界観が新しかった。意識下で様々なことを吸収しながら、プロの作詞家として、しっかり大衆性も持たせながら新しい日本の文化を生み出してきた人なので。
Photo(record)&Text: Kuuki Mizuhara