大滝詠一、井上陽水、松本隆、筒美京平らのブレーンを務めるかたわら、「平井夏美」名義で『少年時代』(井上陽水と共作)、『瑠璃色の地球』(松田聖子)などを作曲。プロデューサーとして中森明菜の音源制作にも関わってきた川原伸司さんに、いまこの時代に聴きたい音楽についてうかがう新連載。Vol.2は中森明菜さんについての後編。歌謡曲好きライターの水原空気がインタビューします。
中森明菜を通じて知る日本のスタンダード!
いま再び聴きたい音楽の旅Vol.2 中森明菜 後編

中森明菜 『歌姫』シリーズ
水原 前回の最後で、アーティストとしての「こだわり」の話が出ましたが、川原さんはそれを他のスタッフやリスナーに伝えていくことこそ、自身の役目だと意識しているそうですね。
川原 私の本のタイトルにある「ジョージ・マーティン」とは、ビートルズのサウンドプロデューサーで「5人目のビートルズ」と言われた人なんです。たとえば大滝さんにしても京平さんにしてもみんな個性が強くて、放っておいたら色んな人とすぐにぶつかってしまう。でも、音楽に対する思いは誰より真っ直ぐなので、それを伝えていく「通訳」のような存在が大事。音楽制作の現場は、そういった異能の人の才能をつないでいきながら、みんなで面白がっていくことが大切だし、それが醍醐味なんです。そこから革新的なものが生まれていく。当然、制作進行など実務的なバックアップも必要で、ビートルズにとってのジョージ・マーティンもそんな存在だったと思うんです。
水原 『ジョージ・マーティンになりたくて』。ビートルズを愛する川原さんらしいタイトルです。そして前作『UNBALANCE +BALANCE』から半年後に明菜さんのカバーアルバム『歌姫』がリリースされます。これは、どんなきっかけで?
川原 日々打ち合わせを進めていくうちに、明菜さんが求めているのは「名曲」なんだと気づいて。そもそも『難破船』も加藤登紀子さんの曲のカバーだから、カバー曲でアルバムを作ったらいいんじゃないかと。明菜さんはプライベートでは松田聖子さんの『野ばらのエチュード』や石川さゆりさんの『天城越え』なども歌う。どんな曲も自分の世界に染めることができますから。

水原 タイトルはどんなふうに決まったんですか?
川原 アルバムのコンセプトを「そういう歌姫になったらいいんじゃないかな」と説明していたら、明菜さんが「歌姫っていいですね」と。ジャケットはご本人の希望もあって写真ではなく文字にしました。で、井上陽水さんの文字ってすごく味があるから、急遽お願いして書いてもらったんです。だからよく見ると右下に「井上」というハンコが押してある(笑)。
水原 陽水さんは明菜さんにデビュー当時から注目していましたよね。『飾りじゃないのよ涙は』もそうですが、陽水さんの曲と明菜さんは非常に相性がいい。『歌姫』の中の『ダンスはうまく踊れない』を聴いていると、とろけそうなほど心地いいです。
川原 筒美京平さんの言葉を借りるなら「あんなに絶望と退廃を歌える人、日本にはいない」。京平さんも明菜さんを大好きだったからね。でも京平さんの作品は不思議と明菜さんと合う曲が少なくて(笑)。
水原 稲垣潤一さんと2008年にデュエットした『ドラマティック・レイン』は素敵ですよ。
川原 あれはいい企画でしたね。あと『歌姫』の他の収録曲だと、岩崎宏美さんの『思秋記』はご本人の選曲で。奥村チヨさんの『終着駅』はMCAビクターのスタッフから、たっての希望があって。中尾ミエさんの『片想い』や園まりさんの『逢いたくて逢いたくて』は私の選曲。『愛染橋』は明菜さんが百恵さんの曲が歌いたいと言って、私も松本隆さんの作詞した曲を入れたかったから、ぜひそうしましょうと。
水原 個人的には由紀さおりさんの『生きがい』が好きです。松田聖子さんが子供のとき繰り返し聴いていたと、昔TBSの『テレビ探偵団』で話していたので私も聴くようになって。
川原 由紀さんの歌声も透明感がありますからね。まさにそんなふうに、いろんな方の思い入れがある、知る人ぞ知る名曲を集めたアルバムでした。
Text&Edit:Kuuki Mizuhara